しなの鉄道北しなの線の黒姫駅。JR信越本線から第3セクターに移行してから12か月後、この駅に下車した。

昔は特急と急行が停車する駅だったが、今では普通列車のみ停車する駅となってしまった。黒姫駅には歌碑や彫刻など見学すべきものは多く、待合室には地方の駅には貴重なそば屋も営業している。










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黒姫駅の駅舎

鋭角の屋根が目を引く

後方の山は黒姫山










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ホーム側から駅舎を見る

北しなの線になってからも落ち着いた佇まい










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構内は23

北陸新幹線の長野開業前まで

特急「あさま」と「白山」が停車した










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ホームの下部はレンガ積み

上部はコンクリート

長い歴史の年輪のようだ











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長野方面に向かう1番線

現在の列車はすべて長野止まりだが

国鉄時代は長距離列車が発着した










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跨線橋で見つけた国鉄時代の銘板











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駅舎入口の駅名板

実に堂々とした書体










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待合室にはナウマンゾウが展示されている

大昔、野尻湖に生息していた











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駅前には俳人小林一茶の句が刻まれている











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ホームにも一茶の句碑がある











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出入り口近くにある「コフキサルノコシカケ」

一瞬何かと思ったがキノコの一種

木の幹に生える大きなキノコのようだ

「猿の腰掛」という意味にも読める










えちごトキめき鉄道の妙高高原駅。

JR信越本線時代は中間の駅だったが、長野-直江津間が第3セクターになってから、しなの鉄道北しなの線とトキてつ妙高はねうまラインの境界駅となった。

この駅にはJR時代に一度も乗り降りしたことがなかったが、第3セクターになってから初めて両線に乗った際、列車の乗り換えときっぷの買い替えのため下車した。20165月撮影。










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妙高高原駅の駅舎

国鉄時代から続く平屋の構造

トキてつの駅名板以外は変わらない










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改札口と1番ホーム

JR時代は直江津方面の列車が発着していた

かつて特急「あさま」や「白山」などが停車していた










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1986年の信越本線時刻表

妙高高原駅は多彩な特急と急行が発着していた

同駅始発の「あさま」、「しなの」

さらに「ユーロライナー赤倉」もあった

スキー場や温泉へ行く人がこの駅を利用していた










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改札からやや離れてゲートがある

荷物の運搬か団体客専用の出入口だろう

特急と急行が多かった時代の名残り










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跨線橋から直江津方面を見る

長い編成の特急と急行に対応した長いホーム

今では普通列車4両が最長

この辺りは豪雪地帯










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古い跨線橋










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両線の乗り換えを考慮して

基本的に北しなの線が2番線

はねうまラインが3番線に発着










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妙高山を描いた駅名標

妙高山麓にふさわしいデザイン










信越本線と北陸本線が合流していた直江津駅は国鉄時代からすべての特急、急行列車が停車する駅だった。もっとも本数が多かった「はくたか」を筆頭に、「雷鳥」、「白鳥」、「北越」、「白山」、「あさま」、「日本海」、「北陸」、「能登」、「きたぐに」、「妙高」、「とがくし」など・・数え上げればキリがないほどたくさんの優等列車が発着していた。

しかし、北陸新幹線は直江津を経由することなく、今、直江津駅を発着する特急列車は「しらゆき」のみとなってしまった。北陸方面の鉄道が大きく変化した20153月以来、直江津駅はどうなったのか気になっていた。

20165月撮影。










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直江津駅の駅舎

建物は変わらないが「JR東日本」の表示が消えた

現在はえちごトキめき鉄道が管理している










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改札口はトキてつとJRが共通

改札内も会社別の乗り換え改札はない

改札の近くには駅弁売り場が健在だった










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駅名標はトキてつのデザインに変わった










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特急「しらゆき」の乗車口案内札が風にゆれる

新幹線の停車駅に昇格しなかった悲哀が漂う

かつて特急列車の案内札がズラリと並んでいた










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直江津駅のホームはどれも大変長い

今発着する列車は3両か4

長いホームを持て余しているようだ










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古い観光案内版を見つけた

周遊指定地という言葉も懐かしい










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自由通路の丸窓から構内を俯瞰する










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新潟の鉄道は直江津から始まった

0キロポストが残る










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12番ホームには変わらぬ風情が残っていた










しなの鉄道の坂城駅には懐かしい車両が保存されている。

国鉄時代に急行列車として活躍し、しなの鉄道開業後は普通列車で信州の地を走り続けた169系。普通や急行列車の中でも思い入れのある車両だ。

引退後は坂城駅に静態保存されたことは知っていたが、遅ればせながら20165月、坂城駅を訪ねた。










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坂城駅の駅舎

この駅に下車するのは2度目

169系の末期、臨時急行「さかき」に乗った










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木製の古い駅名板










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ホームは12線の島式










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坂城はしなの鉄道で唯一貨物が発着する










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駅のはずれに169系は保存されている

国鉄時代から何度も乗った車両

間近に見ると感慨深い










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今は音もなく静かに眠っているが

床下から伝わるモーター音を思い出す










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駅舎の中に169系の車輪が展示されている








芝山千代田駅の次は東成田に下車してみた。

東成田駅は現在の成田空港駅が開業するまで「成田空港駅」を名乗っていたことは知っている。行く前にネットで調べると異様な雰囲気の画像ばかり見られた。ホームも通路も階段もあらゆるものが、月並みな言い方をすれば、時代から取り残されたというか、時間が止まってしまったような感じだ。

当ブログと同様に駅を訪問された方のブログ記事を拝見した中で、東成田駅のことを旧ソ連をはじめ共産主義国の駅や空港などの公共施設に見られる殺風景な様相という表現が気にかかっていた。私は共産圏の国々を訪ねたことはないので想像するしかないが、今時の日本でそんな駅があるのが不思議である。

20167月撮影。










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ガラガラの電車を降りて誰もいないホームに立つ

ベンチも古いものがそのまま残っている










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手前にあるのは手洗いだろうか

よくこんなものが残っている










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現在のホームの向かい側に旧ホームがある

薄暗い中に「なりたくうこう」と書かれた駅名標も見える

確かにこの場所が初代「成田空港駅」だったことがわかる










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改札を出てガランとした広場へ出る

私が訪ねた時は日曜日の午後4時頃

見かけた人は3人だけ










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エスカレーターは停止中だったので階段を上り地上へ

巨大な空港の敷地のどの辺りなのかさっぱりわからない

あちこち見物したいが監視カメラが多いので気がひける










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東成田駅から空港第2ビル駅を結ぶ通路

帰りはJRに乗る予定なのでこの通路を歩くことにした










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しかし、無味乾燥な通路で圧迫感がある

閉所恐怖症の人には相当怖いだろう

この通路と東成田駅は薄気味悪い

一度行けばもうたくさんだった