東日本大震災からもうじき6年を迎える。甚大な被害を受けた東北地方の鉄道の一部は復旧し、一部はバス化(BRT)され、一部はまだ復旧途上である。

この6年間、JRの復旧の進み具合や方法にはおかしいと思うことがしばしばあった。それに、震災以外にも台風などの土砂災害で不通になったローカル線が復旧されずに廃止されたケースもあった。




この本は震災から約半年後に刊行され、私はすぐに読んだ。6年前に書かれたことなので、各路線の復旧状況はこの本を読んでもわからない。最新の情報や今後の見通しなどはネットで調べた方が早い。それでもこの本を再読したのは、近年、長期運休のローカル線に対するJRの方針に疑問や不信が募っているからだ。

著者は震災後の三陸鉄道を訪ね、切符を大量に購入したり、メディアに支援を呼びかけたりする。総じて地方の中小私鉄を応援する一方、JRに対して、特に大企業のJR東日本を厳しく批判している。







被災したローカル線の復興が進まないのは、JR東日本という巨大な企業・組織が硬直化しているせいなのかもしれません。自社の利益を最優先に考えれば、赤字のローカル線を復旧させても新たな赤字を垂れ流すだけ。それならいっそのこと、復旧のための努力を諦めて、このまま廃止への道を歩めばいい。鉄道のない生活が長く続けば、住民もいつしかそうした生活に慣れてこざるを得ないだろう――もし万が一、JR上層部がこんな考えを持っているとしたら、由々しきことだと思います。(2章)







私は鉄道旅行が好きで、飛行機より新幹線、高速バスより特急列車というように、どこへ旅行するにもできるだけJRに乗るようにしてきた。特段にJRを擁護するつもりもないが、長年の親しみもあって、JRの公式発表をそのまま受け入れる習慣が身についてしまっている。被災したローカル線の復旧には莫大な金がかかり、その路線は年々利用客が減っているから復旧は無理です、などとJRが公式発表すると、それもそうだなと思ってしまう。でも、この本をはじめ原武史氏の本を読み、さらにツイッターも見はじめてから考えが変わってきた。

JRが誕生して今年の4月で30年になる。この間、新幹線と大都市の通勤路線に人員と投資が集中し、日本の鉄道はずいぶんいびつな形になってきた。大都市の路線と地方のローカル線に公平なサービスを要求しても、株式会社としての使命を最優先するJRに期待するのは無理なのかもしれない。

新聞やテレビでは新幹線やリニアなど華々しい話題を取り上げ、在来線の第3セクター化やローカル線の廃止は取り上げることがあっても、それはJRへの批判ではない場合が多い。整備新幹線の建設はこれからも進み、リニアもいよいよ着工された。自然災害で不通のローカル線の復旧が遅々としている今、原氏のように巨大企業のJR東日本、東海に辛辣な批判をする人は少ない。








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原武史「震災と鉄道」

(朝日新書)201110月初版








小田原から大雄山線に乗り大雄山へ。線内は駅間が短く、ちょっと走ってすぐ止まっての繰り返し。天気が良かったので、手前の山の向こうに雪の積もった富士山の頭がちょっと見えた。次第に勾配がきつくなり、富士山が隠れてしまうと、終点の大雄山駅が前方に見えてきた。

201612月末撮影。










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大雄山駅の駅舎

シンプルな三角屋根

大雄山最乗寺が駅名の由来










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正面から三角屋根駅舎を見る

こういう駅舎も最近は少なくなった










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駅舎内には自動改札機が並ぶ

ICカードでも乗車できる

ホームは頭端式の構造










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ホームにある駅名標










小田原駅。

この駅には2004年から06年頃、新幹線撮影のため何度も行った。ちょうどデジタル一眼レフカメラを購入して本格的に鉄道写真を撮り始めた時期で、当時は500系のぞみが走っていた。外へ出て駅舎も見ることもなく、ひたすら新幹線撮影に夢中になっていた。

数年後、500系が東海道区間から撤退すると、わざわざ小田原まで行って撮影する意欲もなくなり、小田原詣でもぱったり止まってしまった。あれほど通った小田原駅もいつしか忘れた。だが近年、自分の趣味が撮り鉄から乗り鉄に転向し、小田原から出ている伊豆箱根鉄道大雄山線が未乗であることに気付いた。新幹線撮影に夢中だった頃、見向きもしなかった大雄山線に乗るため、201612月、久しぶりに小田原駅に下車した。










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JR東海道線の改札口は明るく広々とした空間

アーチ型の高い天井から太陽光が射し込む










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ちょっと角度を変えて見る

メイン通路は小田急線や新幹線とつながっている










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改札の真上に大きな提灯がぶら下がっている










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改札口に昔の小田原駅の写真がある

「相州小田原停車場」

昔の駅舎は三角屋根だった

久しぶりに下車して小田原駅にも見どころがあると思った










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大雄山線のりばはJR改札からやや離れた所にあった

10数年来、小田原駅に下車していながらこの改札へ来たのは初めて










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改札口の頭上には天狗が睨みを利かせている










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大雄山線のホームは頭端式

この電車に乗って大雄山へ行く








伊豆急行線は東京から特急が直通する比較的便利な路線で、あまり遠い印象は持っていなかったが、なぜかこれまで訪ねたことがなかった。そもそも、伊豆半島にはJR伊東線で伊東まで往復しただけで、伊東から先は車やバスでも訪ねたことがない未踏の地だった。

ようやく2016年の大晦日、伊豆急行線に乗って伊豆急下田まで往復した。熱海から直通の普通列車に乗り下田まで約1時間半。変則的な座席配置の車内に戸惑いつつも、やはり海の眺めは良かった。伊豆急行は海岸鉄道というイメージを抱いていたが、予想以上に山が多く、山岳鉄道というイメージもちょっと感じられた。







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終点、伊豆急下田駅

冬とは思えない明るい雰囲気

この日は穏やかに晴れ暖かかった










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下田といえば黒船

駅前に黒船の模型が展示されていた










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改札口は黒船を模したラッチと

「伊豆下田関所」のゲートが目を引く

鉄道の駅ではないような作り










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ホーム側から改札(出口)を見る










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行き止まり式の櫛形ホーム

終着駅らしい雰囲気がある

伊豆急行線を走る車両は個性豊か








今年最後の更新です。

今年、当ブログは更新が極端に少なくなってしまい、一時は閉鎖も考えました。記事のネタは探せばいくらでもありますが、編集している時間がないからです。でも、低迷する時期はあっても、長く続けることに意味があるだろうと思い、来年もやることにします。

さて、年末に久しぶりに東京駅の夜景を見てきたので、その時の画像を載せます。この日は都内のあるカメラ屋で長年使っていたズームレンズを下取りに出して、中古品のズームレンズで美品のものを購入したので、そのテスト撮影でもありました。










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ライトアップされた赤レンガの駅舎










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ドーム屋根が紫色に染まりいい雰囲気










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3年ぶりに東京駅の駅舎を見た

やはりいいと思う










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丸の内南口のドーム内部