2026年春にJR八高線のキハ110は新型車両に置き換わるそうだ。引退前にこれまで沿線で撮影したキハ110を振り返ってみたい。四季の風景を背景にしたキハ110や、記録を重視してキハ110の編成をとらえたものなど、数回に分けてまとめる。
今回はJR八高線の丹荘-群馬藤岡間。この区間には神流川にかかる長い鉄橋があり、その前後の広々した田園地帯は撮影に適してる。

うららかな春のひととき。線路際に咲いた菜の花を横目にキハ110が軽快に走り去る。
2006年4月撮影。

風薫る季節。沿線の田んぼでは田植えの準備が始まっていた。
みずみずしい色彩の中をキハ110が行く。この頃は3両編成の列車もあった。
2005年5月撮影。

神流川の鉄橋を渡るキハ110。
河原の土手の散歩道で何気なく撮った1枚。
ありふれた日常の一コマが意外と心に残る。
2015年11月撮影。
(続く)
何気なく撮った1枚が貴重な記録になることがある。
2013年、JR八高線の高麗川駅に下車した。当時の八高線には国鉄時代の面影を残す古い木造駅舎があちこちに残存していた。今でもこんな古い駅舎があるのかと思いつつ軽い気持ちでカメラを向けた。
高麗川駅は2024年12月から新駅舎となったそうだが、まったく知らなかった。今回は枚数が少ないが、高麗川駅の旧駅舎をまとめた。

高麗川駅の旧駅舎。2013年1月撮影。
小ぢんまりした駅舎だが、鮮やかな赤い屋根瓦が印象に残る。
昔の情緒が感じられるとはいえ、駅の出入りが1ヵ所だけでは不便だ。駅の東西を結ぶ橋上駅舎に建て替えられるのは必然的な流れといえる。

跨線橋から八王子方面に向かって駅構内を見下ろす。
右側に見えるのは旧駅舎。停車中の列車は高崎行きのキハ110。
駅舎が先に生まれ変わり、キハ110も2026年春には新型車両に換わる。見慣れた光景が刻々と変わっていく。

2番線に停車中のキハ110。
ディーゼルエンジンの単調な音が構内に響き渡る。
後方の跨線橋は比較的新しい。

駅構内の東側には留置線がいくつもあり、広々としている。
貨物列車が発着していた頃の名残といえる。
この上を橋上駅舎が跨ぐような形で設置されると景観が大きく変わるだろう。

跨線橋から駅構内の北側を望む。
八高線は高麗川を境に南側が電化され、川越線と直通運転をしている。実質的に八王子-高麗川-川越間が一体となっている。高麗川より北側は非電化のままでローカル色が増す。
JR八高線のキハ110が2026年春に新型車両に置き換わるという知らせを聞いた。あらゆる車両が世代交代を余儀なくされるのは必然的な流れとはいえ、キハ110は慣れ親しんだ車両の一つなので、引退前にもう一度乗っておきたいと思う。それも名残り乗車で混雑する前の日常的な雰囲気が望ましい。
八高線キハ110の運転区間は高崎-高麗川間だが、まず手始めに高崎-児玉間の区間列車に1往復した。たったそれだけと思われるかもしれないが、なにより空いている時間帯に気兼ねなく乗ってみたかった。
2025年11月下旬。高崎発14時56分児玉行きに乗る。

キハ110の車内。この車両の座席配置の特徴であり、魅力でもある。予想通り空いているので二人掛けボックス席に座る。
この席は進行左手で、南に向かう列車の東側に位置する。逆に、進行右側は西側になり西日が当たる。相客がいたらカーテンを閉められ外が見えなくなる。長年の経験から時間帯によってどっちに座ればよいか自然と身についている。

初冬の午後、西日が差し込む中、八高線キハ110は定刻に高崎を発車した。
(写真は2018年1月撮影)
やがて左手に車両基地が広がり、八高線の新型車両が留置されていた。新型といえば聞こえはいいが、車内はすべてロングシートで窓が小さいという。吉と出るか凶と出るか。
倉賀野を出て、烏川の鉄橋を渡り、高崎線から枝分かれして北藤岡に停車。路線としての八高線は倉賀野から分岐するが、線路の配線からいうと北藤岡が始まり、または終わりといえる。
大動脈の高崎線から単線非電化の八高線に歩みを進めると途端にローカル色が増してくる。床下から伝わる車輪の音が明らかに違う。ディーゼルエンジンの響きといい、久しく忘れていた感覚がよみがえり、ちょっと懐かしい気分になる。
群馬藤岡で乗客の大半が下車。ガラガラになった。藤岡の町を抜けると大きなカーブがある。

2013年にこの付近で撮影した八高線キハ110(下り列車)。冬の西日に輝きながら大きなカーブを軽快に走る。
築堤を駆け上がると神流川の鉄橋を渡る。このあたりの広々とした風景は昔とあまり変わらない。河原の木々は赤や黄色に色づき、西日が差し込んで実際の色以上に鮮やかに映える。河原の向こうには澄んだ青空の下に赤城山のすそ野を望む。鉄橋を渡るわずか10数秒、北関東の初冬の風景が広がる。

丹荘に到着。駅舎が建て替えられた。かつてこの駅は古い木造駅舎があり、列車交換もあった。今では駅らしい風情は消え、バスの停留所と変わらない。
これは2015年10月の丹荘駅構内の様子。
片方のレールは途中で分断されていた。後方に跨線橋が残っているが、これも撤去された。

児玉駅もかつて立派な屋根瓦のある駅舎だったが、簡素で小ぢんまりした駅舎に建て替えられた。おまけに駅員もおらず、券売機もない。スイカの読み取り機があるだけ。カードがない人は乗車証明書を取って事後清算となる。近年のJRは効率化を急ぎ過ぎていると思う。

発車まで時間があるので、色々な角度からキハ110を撮影する。

非電化路線は電線など障害になるものがないのですっきりした写真が撮れる。
折り返し、15時34分高崎行きはガラガラで発車。

丹荘を出ると広々とした田園地帯を走る。(2010年1月撮影)
先とは逆のパターンで群馬藤岡で乗客が増える。

16時00分、高崎到着。
ささやかな乗車記録だが、何気ない日常の一コマとして記憶にとどめておきたい。
(2025.12.26写真追加、記事加筆)
2013年12月、岐阜からJR高山線の普通列車に乗り富山へ向った。
長い道中、高山で列車を乗り継ぐ合間に途中下車した。
その後、高山駅は新駅舎に生まれ変わったそうだが、まったく知らなかった。
かつて撮影した高山駅の旧駅舎を見て懐かしさが込み上げてきた。

高山駅の旧駅舎。2013年12月撮影。
取り立てて美しい建物ではないが、無駄を省いた素朴な造りに親しみを感じる。国鉄時代の面影が感じられる。

画像右側は駅舎と1番線ホーム、左側が2番、3番ホーム。地下道でつながっていた。
後方に見えるのは建設が始まった新駅舎だろうか。

駅名標と並んで「海抜573m 岐阜より136.4k」という案内板がある。
岐阜を出て、幾度も山を越え、川を遡り、たくさんの駅に止まって高山にたどり着いたので、実際の距離以上に遠くへ来たという実感がこもる。
蒸気機関車時代の名残。汽車の時代を想像する。

2013年当時の高山線普通列車は国鉄型気動車の改良型が主流だった。
今では普通も特急も新型車両に置き換わり、駅舎も橋上駅となった。
何気なく撮った1枚が貴重になった。








