2025年12月下旬、JR八高線に投入された新型車両HB-E220系に乗車した。従来のキハ110が引退する前にもう一度乗っておこうと出かけたところ、偶然、新型のHB-E220系がやってきた。旧型に乗りたかったのに、新型に乗ることになったのは幸か不幸かわからないが、ともあれピカピカの新型車両に乗車して思ったことをまとめてみたい。
 

 

 

 

高崎駅3番線に14時56分発児玉行きが入線。

HB-E220系を初めて見て、角ばった顔という印象を受けた。車両側面の窓の配置も不揃いで最初は違和感がある。ドアが3つになったのもキハ110との大きな変更点だ。

 

 

電車orプリウス?


2両のうち、先頭の高麗川方の車両に乗った。乗客は座席がすべて埋まるくらいの人数。車内には新車特有のにおいがする。発車前から気付いたのは、床下からディーゼルエンジンの音が聞こえないことだ。キハ110は停車中もエンジン音が絶え間なく響いていたが、HB-E220系はきわめて静かだ。
列車は定刻に発車。あまりに静かで、滑るように動いていく。キハ110は発車時に「ガクン」と衝撃が伝わった。いかにも動き始めたという体感的な特徴があったが、HB-E220系の発車時は衝撃がなく澄ました感じだ。10秒後くらいに、床下からエンジン音が聞こえる。それもキハ110より控え目な音に聞こえた。ポイントを渡り本線に入るとエンジン音がさらに響き渡り、滑らかに加速する。いかにもハイブリッド車らしい。かつて自分の愛車だったトヨタの「プリウス」に似ていると思った。


変則的な座席配置

HB-E220系の座席はすべてロングシートになった。キハ110の前、国鉄時代のキハ35もロングシートだった。八高線は約30年を経てロングシートに戻ったと言える。もっとも座席の座り心地は昔の車両より格段に良くなっている。

 

 

 

 


HB-E220系の車内で違和感があるのはロングシートを分断する壁である。これはハイブリッド車ゆえに特殊な機器を収納するスペースが必要だからこのような構造なのか。座席が少ないのは欠点だし、窓が少なく、閉塞感がある。

 

 

 

 

 


高崎方の車両には車いす用の広い空間があり、トイレが設置されている。狭くなってしまったのはやむを得ない。

 


外観は見る位置によって違和感あり

15時22分、終点・児玉着。折り返し、高崎行きとなる。発車までのひと時、HB-E220系の外観を観察する。

 

 

 

 


停車中のHB-E220系。停車中といってもエンジン音が響いていないのできわめて静かだ。別の言い方をすれば、エンジン音は八高線の日常風景だったが、それが消えてしまった。ずいぶん大きな変化である。耳を澄ますと、床下から電気系統の音がわずかに聞こえるが、やはり静かである。

 

 

 

 


高崎方の車両側面。トイレと機器室を配置したため窓が少ない。

 

 

 

 


見る角度によっては検測車両のような雰囲気がする。

 

 

 

 


跨線橋からHB-E220系を見下ろす。

 


郷愁より効率優先


児玉発15時34分、高崎行きのHB-E220系は発車。静かに、滑るように、動き出す。

 

 

 

 


丹荘を出て、神流川の鉄橋を渡る。車両は新型になっても、このあたりの風景はあまり変わらない。ただ、ボックス席ではないので、体の向きを変えて外を眺めなくてはならない。空いていればいいが、座席が埋まっている時は遠慮せざるを得ない。


HB-E220系は技術的にはおもしろい車両だが、気楽に旅の気分を味わえた八高線のささやかな魅力は失われた。郷愁を求めて八高線に乗ることはもうないだろう。
 

 

(過去の記事を加筆、再構成して掲載します)
 

「ムーミン」の愛称で親しまれたEF55-1。
2009年1月、JR信越線高崎-横川間のラストランの記録をまとめた。




冬晴れの下、信越線安中-磯部間をゆっくり走るEF55-1。
12系客車6両を牽引。最後部には折り返し用のDD51が連結されている。

 

 

 

 

 


同じ列車を後追いで撮影。
妙義山をバックに走り去る。

 

 

 

 

 


EF55-1の車体側面。高崎駅にて。

 

 

 

 

 


秩父鉄道から蒸気機関車C58がお目見えし、引退の花道を飾った。
EF55-1が発車すると、C58も汽笛を鳴らした。高崎駅にて。

 

 

 

 


最終運転を終え、横川から高崎へ回送されるEF55-1。
これが見納めとなった。
 

 

(以前、アクセス数が多かった記事を加筆、再構成して掲載します)


2013年2月、引退が迫っている上越新幹線200系に乗車した。

1982年に開業以来、200系には何度も乗ったが、おそらく今回が最後になるだろう。

 

 

 

 


高崎始発9時20分、「たにがわ476号」東京行き。
ホームは11番線。通常11番線は下りの長野(北陸)新幹線が発着するが、朝の高崎始発の「たにがわ」は11番線から発車する。



高崎始発の始まり


1986年、国鉄時代の末期、上越新幹線で高崎始発の列車が登場した。当時は上野が起点で、朝の高崎始発上野行き1本、夜の上野発高崎行き1本が設定された。それぞれ、「おはようライナー」、「おやすみライナー」と命名された。

 

 

 

その誕生記念に発売されたオレンジカードとともに撮影。


ちなみにオレンジカードという言葉は今では死語になっているだろう。オレンジカードとは、1980年代半ば、当時の国鉄が発売した磁気カードの名称で、券売機で切符が買えるのをセールスポイントにしていた。ICカードやスマホで自動改札機を通る現在からすれば、切符が買えるだけで、残額チャージもできない使い捨てカードは骨董品といえる。とはいえ、当時はテレフォンカードも流行していて、中学生の私にはオレンジカードが宝物のように感じられた。


200系の思い出
 

1984年8月、小学6年生の時、200系に初めて乗った。言い方を変えると、新幹線に初めて乗ったとも言える。夏休みに家族で新潟県柏崎市へ海水浴に出かけ、その帰りに上越新幹線の長岡-高崎間に乗車した。
北海道から九州まで新幹線が走る現代と違い、当時は新幹線は特別な乗り物という意識が世間的にも大きかったと思う。それに憧れの新幹線に乗れるという子供心も加わり、興奮気味だったことを今でも覚えている。


翌1985年1月には、大宮-高崎間に同級生と一緒に乗車した。この時は、上野駅で特急列車や寝台列車を撮影し、その帰りだった。当時、東北・上越新幹線は大宮始発で、上野-大宮間には「新幹線リレー」号が運転されていた。
大人になってから東北新幹線の200系にも何度も乗ったが、あまりよく覚えていない。何度も乗っているうちに移動手段の一つくらいにしか感じられなくなるのは自然な成り行きだろう。


車内を観察
 

先頭車両の1号車に乗車。曜日のせいか、思いのほか空いていた。今ではどの新幹線も座席が進行方向に向いているのは当たり前だが、初期の200系は3人掛け座席が回転しなかった。車内の中央を境に、半分が新潟あるいは盛岡方面に固定され、残り半分が大宮方面に固定されていた。もちろん不評だった。

 

 

 

 

これはリニューアル後の車内。3人掛け座席も回転できるようになった。

 

 

 

 


先頭車両のデッキから運転室がちょっと見える。今の新幹線にはない構造だ。古い設計ならではの温かみが感じられる。「MOTORMAN」という表記も渋い感じがする。


200系の運転室といえば、思い出話がある。1980年代、友人と一緒に高崎駅で新幹線を見物していた時、偶然、200系の回送列車が入ってきた。長い停車中に運転士がホームに降りてきて、「運転室を見せてあげるよ」と声をかけられ、中に入れてもらったことがある。おおらかな時代だった。

列車は高崎を定刻に出発した。乗り慣れた車両で、特に見るべき風景もなく、感慨深くなるわけでもない。乗れる時に乗っておく。ただ、それだけのことである。

 

 

 

 


9時54分、大宮に到着。この日、鉄道趣味とは別の用事があるため大宮で下車した。終点・東京まで乗らずに途中で降りるのは名残惜しい。

 

 

2026年春、JR八高線のキハ110が引退し、新型車両に置き換わるのを前に、これまで撮影したキハ110の画像を振り返ってみたい。
今回は「キハ38カラー」のキハ110をまとめた。ハードディスクに保存した画像の中から、すっかり忘れていた画像が出てきて、こんな頃もあったなあと懐かしくなった。

 

 

 

 


2014年、八高線全線開業80周年を記念した限定カラーのキハ110。
これは国鉄時代の八高線で運行されていたキハ38の塗装をイメージした。

高崎線倉賀野付近にて、2015年4月撮影。

 

 

 

 

 


高崎駅に到着する限定カラーのキハ110。
見慣れた白地の緑の配色と異なり、赤いラインが新鮮に見える。

2015年5月。

 

 

 

 

 


高崎駅近くの車両基地に停車中の「キハ38復刻カラー」のキハ110。

2014年10月。

 

 

 

 

 


正面左下には全線開業80周年記念のステッカーがついている。
後方に見えるのは107系電車。

2014年10月。

 

 

 

 


ともすれば新型車両と勘違いしそうだ。

2014年10月。

 

 

 

 

 


車両側面には、80th Hachiko Lineのロゴがついている。

2014年10月。
 

 

撮影した時は平凡だと思っていた鉄道車両が、引退が近くなると意外と価値があるように見える。振り返ると、古い車両の引退やローカル線が廃止されるたびにこのような経験を繰り返してきた。
JR八高線のキハ110が引退が近づいている。また同じパターンだなと思いつつ、せっかく撮影したものを放置しておくのはもったいない。そこで今回は記録を重視して撮影したキハ110の編成写真をまとめた。

写真はすべて2010年2月撮影。

 

 

 

 


丹荘駅の近くには広々とした田園地帯があり自由自在に撮影できる。
これは実に単純な構図だが、撮影には意外と苦労した。
なぜなら、非電化区間は線路に沿って架線柱がないので、列車の長さを予測するのが難しい。電車の撮影と同じ感覚でカメラを構えると失敗する。
実はこの撮影の前に失敗した画像を参考にして構図を修正した。

 

 

 

 

 


青空を強調すべく、広角レンズを使い、ローアングルで撮影。
3両編成のキハ110が冬晴れの下を快走する。

 

 

 

 

 


午後は日の向きが変わり、下り列車が順光になる。

 

 

 

 

 


夕方、西日に照らされながら走り去るキハ110。

 

 

 

 

 


日没間際のほのかな明るさの中を走り去る。


(続く)