(2015年3月、特急「はくたか」が引退する直前の直江津駅の様子をまとめた記事を加筆修正して再掲載します)

お別れ乗車した特急「はくたか」を見送り、帰りの列車に乗るまで、直江津駅を発着する列車を眺めていた。
 
 

 

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 15時32分、「北越5号」新潟行きが到着した。長らく北陸本線を走ってきた「北越」も「はくたか」とともにもうじき引退する。485系の中でもヘッドマークが電光タイプの編成はあまり好きではないが、もう見られなくなるので撮っておく。

 

 

 

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 次は、北陸本線と信越本線の普通列車。413系と115系。JR西日本とJR東日本の車両が並ぶのは会社境界駅の直江津らしい光景だ。今までは別段気に留めることもなかったが、第3セクターに移行される日が近づいてくると貴重なシーンに見える。

 

 


 

 

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 特急「はくたか」の乗車口案内札と直江津駅の駅名板。これも見納め。

 

 
 

 

 
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 北陸本線上り富山方面の発車時刻表。
一目瞭然、普通列車より特急列車の方が圧倒的に本数が多い。北陸本線の主役は特急列車である。それが北陸新幹線開業後はすべて消えてしまう。
 
 
 

 

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 改札を出て自由通路を歩いてみると、特急「はくたか」と「北越」のさよならポスターがあった。
 
「翼は消えず 生まれ変わる 46年間見続けた日本海よ、さらば」
「列車は去れど、思いは消えず、いつまでも」
 
どちらもいいポスターだ。
 


 

 

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 再びホームに戻りほどなく、485系国鉄色の快速「くびきの2号」が到着した。快速列車とはいえ、外観だけ比較すれば先ほどの「北越」よりこちらの方が貫録がある。久しく見なかった国鉄色の485系を最後に見ることが出来て幸運だった。

 

 

 

 

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 続いて、2番線から16時02分発、特急「はくたか17号」越後湯沢行きが発車してゆく。
画像左に写っているのは直江津駅0キロポスト。直江津駅は信越本線の途中駅なのに「0キロ」はおかしいと思うが、いろいろな経緯があるようだ。
 

 

 

 

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 長野新幹線が開業する前、信越本線は高崎から長野、直江津、長岡を経て新潟に至る路線だったが、起点の高崎から通算したキロポストは直江津駅に存在していなかったそうだ。信越本線のキロポストは直江津でいったん打ち切られ、直江津-新潟間は直江津を起点にキロポストが設置されたという。
ご存知のように、信越本線は1997年9月末、横川-軽井沢間が廃線となり、軽井沢-篠ノ井間はしなの鉄道に移行された。そして、この春、長野-直江津間75.0キロは北しなの線と妙高はねうまラインとなる。信越本線は高崎-横川、篠ノ井-長野、直江津-新潟の三つに分断され、極めていびつな形態となる。
 
(つづく)

 

 
(※2015年3月、北陸新幹線開業の直前に、新潟県のほくほく線を走る特急「はくたか」にお別れ乗車した時の記事を加筆修正して再掲載します)

北陸新幹線開業と特急「はくたか」、「北越」の廃止など、2015年3月ダイヤ改正がいよいよ目前に迫ってきた。3月になってからバタバタと駆け巡るのは避けようと、昨年12月から1月初めにかけて、北陸本線と信越本線で廃止される列車にお別れ乗車をしてきた。廃止される列車への惜別の気持ちは何回訪ねても気がすむものではなく、また行きたいと思うこともあるが、そうかといって何度も通い続けていてはキリがないし、ダイヤ改正前にもう一度訪ねて、それでおしまいにしようと思っていた。

3月1日、日曜日。高崎発12時22分発水上行きに乗った。この日に出かけたのは特別な理由はない。単に自分の休暇であり、大雪でダイヤが乱れそうにないからで、昼過ぎのやや遅い列車に乗ったのは、夜勤残業の疲れで早起きが出来なかったからである。
水上で長岡行きに乗り換え、越後湯沢着14時17分。
 
 

 

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越後湯沢駅の1番線に、14時39分発、特急「はくたか14号」が発車を待っていた。681系9両編成。白い車体は雪解け水や雨しぶきで汚れが目立ちやすく、黄ばんで見えることもあるが、この編成は洗車したばかりなのだろうか、とてもきれいだった。
 
 
 

 

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先頭車両を見ると塗装が所々剥がれている。遠目にはきれいに見える車体も近寄ってつぶさに観察すると、だいぶ使い込んでいる車両であることがわかる。豪雪地帯と日本海沿いの厳しい気象条件の下を走り続けてきた証しでもある。

 
 

 

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越後湯沢駅の乗車案内札。2週間後には取り外されているだろう。

 

 

 

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「はくたか」が発着する1番線ホーム。臨時列車を除き、「はくたか」はすべて1番線から発着する。もともと1番線は上越線の下り本線だが、新幹線改札にいちばん近いため、このホームが「はくたか」専用になっている。
ちなみにこの日の「はくたか14号」は車体の帯の色が、青と黄色だった。1997年のデビュー以来、「はくたか」はずいぶん見てきたが、この色の編成を見たのは初めてだ。681系の全編成の事までわからないが、青と黄色の帯は北陸本線の「サンダーバード」や「しらさぎ」の編成ではないかと思う。「はくたか」もJR西日本の車両だから、何かの都合で混在するのだろうか。

撮影を一通り済ませ、接続する新幹線が到着する前に6号車自由席に乗り込み、進行右手の窓側の席に坐る。9両のうち、自由席は6号車と7号車の2両しかない。やがて新幹線からの乗り換え客が続々と車内に乗り込んできて、たちまち満席になった。
「はくたか14号」は越後湯沢を定刻に発車。次の石打までは下り勾配が続き、カーブも連続する。床下からモーター音が響いてくるが、加速する時の音とは明らかに違い、速度を抑制しているのがわかる。自動車でいえば、長い下り坂でエンジンブレーキをかけながら下って行くような感覚だろう。
 

 

 

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線路の両側には除雪された雪の壁が延々と続く。高々と積もった雪を見ると、まだ春は遠いと思う。だが、3月になり幾分寒さが緩み、レールの雪は解けて路盤が見えている。前回1月10日に上越線に乗った時は最も雪が多かった。あの頃はレールの表面も見えないほど雪に覆われていた。

 

 

 

 

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石打駅の手前で「はくたか13号」とすれ違う。「はくたか」の車体と同じくらい雪の壁が高い。

 


 

 

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石打の次、大沢を通過。ホームにも雪の壁が出来ている。この駅では「はくたか」を何度も撮影した。

 

 
 

 

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次の上越国際スキー場前でもよく撮影した。ここは構図の自由度が高く、アウトカーブのハイアングルをはじめ、編成写真も正面アップなどいろいろな角度から撮影可能で、しかも上下列車とも狙えるのだからお気に入りの場所だった。大沢駅とともに、2008年1月には4回も撮影した。雪が降り続く中で夢中で撮影したのも今ではいい思い出だ。

南魚沼の雪原を快走してきた「はくたか14号」は六日町の手前で減速し、ポイントを渡って六日町を通過。上越線と別れ、ほくほく線に入る。「はくたか」に乗るのは今回で3回目だが、前2回は越後湯沢発9時台の「はくたか4号」で、六日町と十日町に停車した。さらに時刻表には表示されていないが、六日町を出て赤倉トンネル内の信号場で「はくたか3号」と交換のためいったん停車した。つまり、「はくたか4号」はほくほく線内で3回も停車する遅いタイプで、越後湯沢-直江津間の所要時間は55分。それに比べ、いま乗っている「はくたか14号」は直江津まですべて通過し46分。これははくたか全列車の中でも速いタイプになる。「はくたか」の最後の乗車で、最も高速列車らしい走りっぷりを見せる列車に乗ったことになる。
 

 

 

 
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赤倉トンネルを出て、十日町市街が見えてきた。雪まつりが終わった十日町はまだ雪は多いが、道路の雪はなくなっている。ほどなく、十日町を通過した。
 

 

 

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十日町の次、まつだいでも何度か撮影した。まつだい駅は1線スルー方式の構内配線で、待避線側のホームから通過線を高速で走り去ってゆく「はくたか」を狙った。まつだい駅には高速進行を示す青2色の信号や、最高速度160km/hの表示があり、高速鉄道らしい雰囲気があった。

高速鉄道らしいといえば、「はくたか」がポイントを通過する時の音も独特だ。一般的に在来線の列車が分岐器を通過する時は、ガタン、ゴトンと騒音が極めてうるさくなる。車内にいてもポイントを通過する時は床下からガタンゴトンがけたたましく響いてくる。それに対し、ほくほく線の分岐器は新幹線と同様のタイプで、レールの欠損がない。まつだいの他、虫川大杉、くびき、それにトンネル内の信号所を通過する時も、「はくたか」はポイントを通過しているのか判別できないほど滑らかに走行してゆく。
 

 

 

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トンネルの連続するほくほく線も、くびきを通過すると一転して広大な頸城平野が車窓に広がる。山里では多かった雪も平地にくるとすっかりなくなっていた。くびきを通過したところで「これより先は携帯電話など通信機器類の電波が届きます」と車内放送があった。

 


 

 

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犀潟で信越本線と合流し、直江津着15時25分。
このまま金沢まで乗っていたいと思わせるほど、「はくたか」の乗り心地は快適だった。
 
(続く)
 

 

 

 

蒸気機関車C61 20が復活して10年になる。
群馬にいる私には蒸機といえばD51 498がすぐ思い浮かぶ存在であったが、2011年、C61が群馬で復活した時は、見慣れたD51よりも大きい姿に驚いたものだった。
C61が復活した頃は東日本大震災の混乱がまだ収まらぬ状況で、あまり浮かれた気分になれない時期だけに、C61復活の知らせは久しぶりに明るいニュースだった。


今回は、2011年5月中旬、上越線高崎-水上間で行われたC61の試運転の様子をまとめた。

 

 

 

 


高崎駅を出発したC61の試運転列車
初めて実物のC61を見た時の感動は今でもよく覚えている

 

 

 

 


新緑の水上・諏訪峡を力走するC61
旅客列車と同じく12系6両を牽引
C61の汽笛が山間にこだまする

 

 

 

 


午後3時過ぎ、折り返しの高崎行き試運転列車が水上を発車
発車時の汽笛もD51の野太い音と違い、C61はなめらかな感じに聞こえた

 

 

 

 


水上を発車し、煙を噴き上げ、力強く進むC61
ヘッドマークがない方が蒸機はたくましく見える

 

 

 

 


高速道路で先回りし、八木原付近でもう一度撮影
 

 

 

 

中央本線の長坂、小淵沢付近には桜の名所がある
鉄道写真を本格的に撮り始めた頃、雑誌に載っている写真に影響を受け撮影名所へ出かけた。
今回は桜の時期に撮影したE257系特急「あずさ」をまとめた。

 

 

 

 


満開の桜と残雪の八ヶ岳
春の甲斐路を颯爽と走る特急「あずさ」
長坂付近 2005年4月

 

 

 

 

 


水仙の花畑に桜の老木、背景には甲斐駒ヶ岳
春の彩の中を走る「あずさ」
長坂-小淵沢 2005年4月
 

 

 

山梨県内の中央本線沿線には、右も左も名山がそびえる。
今回は八ヶ岳と甲斐駒ヶ岳を背景にしたE257系特急「あずさ」をまとめた。

 

 

 

 


真冬の八ヶ岳をバックに急カーブを快走する「あずさ」
長坂付近 2005年2月

 

 

 

 


前回の撮影から2か月後に同じポイントで撮影
八ヶ岳の雪は頂上付近に少し残っていた
これは9両の「あずさ」で先頭車は貫通型
長坂付近 2005年4月

 

 

 

 

 


早朝、甲斐駒ヶ岳をバックに「あずさ」を撮影
朝日を浴びて足早に走り去っていった
新府-穴山 2006年3月