ども。

きょうは、春の花冷えで雨でした。

休日は、ギター教室に土曜のAMに行ってから、という軽快な滑り出しが

日常化して早4か月目。なのに、嗚呼、それなのに、それなのに…。


ギター教室へ行くと楽しいです。当然、ギターも練習しますが、

ギターの先生との会話も楽しみの一つ。

若干、ギターの練習とお喋りの時間配分は、、本末転倒と云えるほど…。

それというのも、前回書いた、私の怠慢から練習不足で、先生も

お困りではないかと思うようになりましたが、トータルで私は大満足☆


でも、ギター教室の門を叩いた当初は、「バリバリに、ギュンギュンに弾いてやるゼ!」とか思っていました。先生にも、開口一番「音楽理論が学びたいのですが…」とか言って…。

先生は、音楽理論を教えて下さることを快諾して下さり、メデタシメデタシ!

と、其処までは良かったのですが、ギターを抱いて、左手でネックを握り、フレットを抑え、右手で弦を弾く…。活字にすれば、これだけの動作も、初歩の初歩にも拘らず、自分のカラダが意思にそぐわない!焦りもしませんし、不貞たり、無論、怒ったりはしません。

でも、其処は、つまり、初歩の初歩は、もう、音楽理論云々より、スポーツに近いワケですよ。

この文章をここまで書いていて、

Q)何故に私は練習嫌いなのか?

A)アナタ(私)はスポーツ嫌いなのです!

という、自問自答が成立しました。

これでも、高校まではバリバリの体育会系だったことが、経歴詐称の様ですが、マジでガチで体育会系だった私です。昔取った杵柄と自分を鼓舞して練習しようと思いました。


さて、そこで今回のテーマは『理論と実践』というコトでしたが、ここで私はギターの話をしましたね?そうです!理論と実践という文化系相対性の前段階には、反復と反射という体育会系相対性がある!ということです。


スポーツは、反復練習によって、思考と行動が「反射」という領域にまで昇華されて、身につかなければ、面白くなってきません。

音楽にも、そのスポーツ的要素が素地として必要なんですよね?その素地がありきで、ようやく理論と実践、すなわち音楽理論と演奏になる!


簡単に言い換えると、字も読めないのに理論は分からず、

理論なくして実践もない!(あるにはあるでしょうけどね…)


これは、何もギターに限ったコトではないような気もします。

例えば、アナタが(或いは私が)結婚したい!とすると、

理論と実践の前段階の反復と反射はどうなるでしょうか?

理論と実践が価値観と交際なら、反復と反射は日常と習慣といえないでしょうか?


結婚したいなら、日常を見つめ直して、良い習慣を身につけるべきなんだと思います。「ローマは1日にして成らず」とも言いますし、日常を見つめ直そうと思います。


「何だよ!オチが結婚って、ついこの間は「おひとり様上手になりたい」とか云って、ギターだのスケボーだの騒いどいて、結局お前は結婚したいのかよ?」と、眉を顰められそうです。

私は、深層心理では結局、結婚したかったのか?

この文章を書くまで、意識していませんでした。

これも、ブログを通したギターについての論考の効用として、意識出来て良かったです。