こんばんは。
桜が、ふんわり花弁を留めて靄のように春風がたなびいている4月。
其処此処に、初々しき光景も…。
思えば、児童、生徒、学生に至るまでの6・3・3・4制の16年の長きに渡り、
新年度には教科書が、必ず変わっていたような…。
私は、読書は嫌いだったが、真新しい教科書が好きだった。
先ず、名前を記入するところから気合が入ったものだ。
そうかといって、教科書の内容には肯定的な意見も、否定的な印象もなかった。
どの教科書にも従順であり、特に違和感も感動も得られる教科書はなかったのだ。
しかしながら、4教科・5教科以外の教科書、中でも図工と美術の教科書は、
飽かずに眺めていられた。その逆に、強いて言えば言えば、
道徳の教科書は何かの付録かと思っていた。
そんな、学習…。学習の真似事と云った方が良いかも知れない。
無意識下では、人格形成に大きく寄与してくれたとは思うが、
私が個人的に特筆すべき内容の教科書については、
明確な記憶は、殆どない。
勿体ないことだと今は思うが、リアルタイムで学習内容の咀嚼は出来なかった。
ただ、テストでは条件反射的に解答用紙を埋めること…。
それが、学習だった。
とはいうものの、先に述べたとおり、私は読書が嫌い。
教科書は、文部省の指定を受けたものを当然、使用する訳で、
一切の自主性を認められては居なかった訳だし、
其処に違和感なく学習できただけでも、御の字ではないか?
子供が学校に行くのは、当たり前だと思っていたし、
反骨精神などは、必要なかった。
世の中を逆恨みしたような歌謡曲も耳にしたが、意味が解らなかった。
そうこうする間に、社会に出て、教科書らしきものからは縁遠くなった。
私が書籍を買い始めたのは、大学生の頃からだ。
雑誌ジャンキーだったのは、大学3年まで。
漫画は読まなかった。(今も、あまり読まない)
大学4年の就職活動中に、何の下馬評もなく手に取った1冊の文庫。
町田康さんの『くっすん大黒』である。
面白い!本を読んで、初めて痛いくらいに面白かった。
就職は、見事に切られの与三郎だった。
学生時代、下宿にあった書物は雑誌はもとより文庫も何も、一切捨てた。
ただ1冊の『くっすん大黒』を残して…。
さて、前置きが長くなったが、能動的に本棚をコーディネートするコト…。
いわゆる、本のコレクションの切っ掛けになった『くっすん大黒』から、
15年…。
私の本棚は、私の脳内トリップのバックアップとして、サーバーの役割を
果たしている。読書は、やはり好きな方ではないし、
読破していない書籍もあるが、今、私の本棚は私の青春のアーカイブだ。
確かに、気持ちが傾き、興味を持ち、自分のお金で買い貯めてきて、
やはり、捨てようとは思えない。
一般的に読書を話題にする人の爪の垢ほどの蔵書しか無いとはおもうが、
何度も言うが、私は読書が嫌いなのだ。
その私に、身銭を切らせて、自室の私の本棚に生き残ってきた書籍達…。
この書籍達に記されたメッセージを、私に届かせた作家の諸先生…。
確かに、其処にはその時代時代の私の思考・嗜好・志向・試行…。
色んな意味の「シコウ」が、過去から現在まで通低している。
面白いもので、内容が私に与える影響も、時代時代で実に違う。
そういう意味でも、私にとっては、陳腐化しないと思える私の本棚。
即効性のない内容や、その内容に対する感想であったとしても、
時とともに、効能も変化する。
何も変わっていない。
私が少しずつ変容しているのに違いない。
私の本棚は、アレだ!
柱の傷。
本棚と背比べして、大人になって行けていれば良いなぁ…。と思う。