どうも。
GWもヒマですが、「何とか自分らしく有意義に過ごすコト」を目標に
スケボー、ギターと下手の横好きで意欲的に相対している5月4日。
思えば、「趣味にしたい!」と思って始めたコトを充分に咀嚼しない
ままに、三日坊主で放り出す半生を反省しています。
小中高とまでは、趣味(部活など)に対する情熱が、終始一貫して
最後まで納得いくまで突き詰めていたように思います。
私は体育会系でしたが、スポーツの醍醐味は、日々の練習から
上達と云う手応えを感じられることにあったと思います。
練習はキツいですが、上達するコトで快楽的なホルモンが脳内に
分泌していたのでしょうか?とにかく、当初の情熱は冷めることなく
執拗に自分のスキルの向上に拘って、自分なりに妥協もしなかった
つもりです。その姿勢は、道具選びと道具の扱いにも見事に反映され、
例えば、一足のシューズで、出来る限りのスキルを身に付けて、
手入れもし、寿命が来ても愛着があったものです。
ところが、腑抜けた大学生になると、目標も見失い、かつての
少額の投資で最大限の充足感を得る、趣味と云う
「海老で鯛を釣る」ような、燃費の良い健全な志は、いつしか
着道楽や酒道楽、CD道楽という、投機と云う名の散財の挙句、
虚飾にまみれて道楽を憎むような「虻蜂取らず」のお粗末さで
燃費の悪い不健全な惰性になって行きました。
小中高の玄人はだしで充足感に満ちていた頃から、
大学時代のミーハーに堕落して、虚しい日々に埋没して行った経緯の
原因は、「リピドー」、つまり、強烈な性衝動の昇華として
部活などの趣味に明け暮れられていたものが、
加齢とともに、「エントロピー」、つまり、生理的な熱力学第2の法則による
リピドーの減価償却が終わって、私と云う人間の云わば簿価とも
云える「値打ちがない」、資産価値ゼロの状態になったのでしょう。
燃えカスの私は、気が付けば、ゴミの山に囲まれていました。
大学時代に染みついたミーハーの後遺症は未だに完治しておらず、
予後も「焼け石に水」のように、セコく散財を繰り返しておりますが、
間もなく不惑の今日この頃、投資と投機の区別をつけて、
もう、元が取れない、費用対効果の低い投機は止そうと思っています。
やるのなら、元が取れて、費用対効果の高い投資です。
趣味と道楽は、違いますよね?
道楽=投機的で燃費が悪い。
趣味=投資的で燃費が良い。
私はそう思いますが、いかがでしょうか?