夏の入り口です。こんばんは。
相変わらず、サエない毎日を送っていますが、何とかやってます。


今年も上半期が終わりましたね。

振り返ると、成果は殆どありませんが、

「行動を起こす」までは、私なりに気まぐれな部分もありますが、

アレやコレやと手を出して、言い換えれば「チャレンジに一歩踏み出す」

という所までは、頑張ったと思っています。


1.ギターを始める。

2.スケボーを始める。

3.好きな作家に出会う。

4.万年筆で、気まぐれな雑記を書く。

5.ガラケーからスマホに変える。


以上の事柄が上半期のトピックですが、

何れも、初期投資で気が済むというわけではないのですが、

じっくり取り組む根気がなく、トライしてみて、さほどの「手応え」なり、

「充実感」や「面白み」が思っていたほどのレスポンスを得られず、

現在、停滞気味です。


以前にも、費用対効果の話や、投資と投機の話はしてきました。

が、どれだけ能書きで誤魔化してみても、実利としての「手応え」は、

練習や継続からしか得られるものではなく、

逆に言えば、「論より証拠」「案ずるより産むが易し」

下手でも、最初は面白くなくても、それは、当たり前なんですよね?


私は、功を焦りすぎているのか、若しくは、功など諦めて開き直りでいるのか。

いずれにしても、「向き合えない」、逃げる自分がいることだけは確かです。

それでも、やはり、上記の「挑戦」は、何とかして身に着けたいと思っています。


「何故、あなたはギターやスケボーを身に着けたいのか?」

と、問われれば、

「フラストレーションの昇華が目的です」

と、答えるでしょう。

リピドーの昇華などという、強烈な動機ではありません。

少しでも、人生を謳歌したいという細やかな願いです。


さて、今回も前置きが長くなりましたが、

今回のテーマ『シンクロニシティとセレンディピティ』

これは、私が今、志して手を伸ばした事柄が、いつしか私の身に着いて、

スキルを体得できたとしたら…。

わらしべ長者というお話がありましたね?

ギターが弾けるようになった私は、どんな出会いをし、経験をするでしょうか?

スケボー然り、読書、万年筆もまた然りです。


私が、嗜好した上記5つの趣味は、思いつきとはいえ、シンクロニシティ、つまり、

私という一人の人間に与えられた、或いは、そのドアを叩くという

一見、一貫性のない様に思えて、実は、フラストレーションの昇華という命題で

通底している、偶然の?或いは、無意識の?一致があると思います。

私がスキルを身に着けるまでの多くの試行錯誤がセレンディピティ、つまり、

失敗から多くを学ぶことがあると思うのです。


種は蒔きました。雑草の草むしりから、肥料をやり、水を与え、陽にかざし…。

昔から言うではありませんか。
「蒔かぬ種は生えぬ」。また、「蒔いた種は自分で刈れ」とも。

引用が間違っているかもしれませんが、「大人の対応」で、

下半期は、蒔いた種を育てて、花も咲かせれば、実も収穫して、

また、種を蒔けるように!と何時も心に留めておこうと思います。