外野席からのバックホーム『横浜ー藤沢翔陵観戦中。恐るべき村田横浜の急成長』
横浜ー藤沢翔陵
1回にしてすでに5-0、横浜リード。
平田前監督体制が渡辺・小倉野球をあまり継承していなかった感じも強かったのに対し、村田監督は小倉さんの教えをまとめたノートを今でも大切に持っているという。当然その分小倉さんの影響を強く受けていると思うが、それだけにやはり試合運びにおいてソツのなさを感じる。
心配された投手陣も、軸だった金井の調子がなかなか上がってこなかったことがかえって幸いした部分もあるのだろう。控え投手にも場数が増え、頭数だけでなく経験値もアップしてきたのではないか。毎回毎回違う投手がマウンドに立っているような印象も受けるが、それぞれが役割をはっきり自覚し、「どういうピッチングをすべきか」ということが把握できているのではないかという気がする。
そもそも村田監督は…前任の白山高校時代から「餅型よりおにぎり型」のチームづくりを目指してきていた。つまりひとりひとりの個性や特色、取り組み方や役割の違いなどが明確に現れる「米粒の見えるおにぎり型」のチームづくりを理想にしていると聞く。
だからなのだろう。この試合を見ている限り、ただ「オレがオレが」のごとく振り回していた打者ばかりが目についた、大味な感の強かった村田監督就任前とは打って変わったような感じだ。平田前監督も選手の持ち味を大事にしようとしていた感じはものすごく伝わってきたが…関係者などから「渡辺・小倉野球を踏襲してない」との声があった通り、それなりに作戦やポリシーを持ちながらチームづくりをしていたのは感じたものの…何処かちぐはぐな感じだけは否めなかったように思う。
それからすれば、少なくともここまで見ている感じでは選手が迷いなく堂々と動いている。
村田監督自身も選手時代キャプテンをやっていたのに加え、あまりのキャプテンへの風当たりの強さから当時コーチだった小倉さんと真っ向衝突したこともザラだったらしい。衝突の是非はともかく、私自身も彼の活躍を少しばかりながら見ているが、いかにも強気そうなプレースタイルを見る限り「ものすごく自分を持っている人だな」というイメージを持っていた。そのあたりももしかしたら指導者に向いているのかもしれない。
やはり村田監督の就任は横浜高校にとって大きかったようだ。本命・東海大相模の出場辞退という背景もあったとはいえ、この短期間に甲子園が現実味を帯びるまでになるのはさすがである。少なくとも大きなミスをしそうには見えないだけに、甲子園に出ても違和感がなさそうだ。元々名門校としてのアドバンテージも当然あるからだが、わずか2年でここまで立て直すとは本当に大したものである。
一方、序盤から劣勢を強いられている藤沢翔陵だが、先発エースこそ横浜の圧にやや飲まれた感じもあったものの、2番手富田は本来のピッチングを掴み、いいコースにボールを投じている。
なんとかそこを生かして食い下がりたいが、僅かな制球の狂いも逃さないのが横浜だけにディフェンス面ではやはり相当苦しいか…
ただ、オフェンス面にはまだまだチャンスもありそうだ。横浜の投手陣が安定しつつあるとは言っても軸となるべき金井が本調子でなさそうな上に控え投手も急造の感は否めない部分も多々あるはずだ。藤沢翔陵が突くとしたらそこだろう。そのあたりの脆さを見つけ出し、つけ入ることができるかどうか、だろうか…
現在4回表途中、8-1で横浜リード。
外野席からのバックホーム『名門高を目指した悲運な球児…彼が導いたチームの一体感』
さて、いよいよ高校野球の夏の地区予選が各地で開催され、本格的な夏到来を彩っておりますが…
今の御時世…高校野球に限らず、今の日本球界全体において…いろいろ問題があります。
高校野球もまた、現在一つの曲がり角に来ております。ここでもいろいろと問題が発生しており、ファンから苦情を買うことも多々あります。ここでは具体例は出しませんが、これはこれで真摯に向き合わなければなりません。
しかし一方で…特に高校野球にはこうした涙ぐましい話もあります。自分が高校野球を追い続けてこれた原因の一つはこういったところだと思います。
今回の話は早いものでかれこれ7年前のものになります。また私自身もこの話を3年ほど前にSNSにリリースしておりますが…自らの備忘記録としての意味合いも含めて当時の原文そのままながら再度紹介することとします。
是非御覧ください。
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Rocky's baseball report
2014年のテレビ朝日「熱闘甲子園」より…
御覧になった方…覚えておられる方もおられると思います。
試合前…甲子園球場一塁側ベンチ前にて
宮崎代表・日南学園高校のナインは円陣を組みます。
そして…
「草太朗に一勝を贈るぞ~!」「お~~!!」と掛け声を飛ばしました…
この年…日南学園高野球部に地区大会直前一通の手紙が届きました。
草太朗君という少年…彼は昔、ある野球雑誌を読んで日南学園に興味を持ち、彼のお父さんが甲子園に連れていき、日南学園の試合を親子で観戦することになりました。
草太朗君はその試合を見て、日南学園への進学を決意したようである、と…
高校球児には少なからずそういう子がいます。
そして、その思いが強い子ほどやはり将来的に有望な選手となり、さらにそのうちの何人かは見ているファンの人たちにロマンや夢、希望を与えていきます。
番組では草太朗君が左打席に立っている写真も出ていました。
強い目力…引き締まった口もと…
トップレベルになるほど厳しくなる野球界においても彼なら見事な成長ぶりを見せつけ、何かしらやりとげてくれるのではないか…
その写真からはそう思わせる雰囲気も漂っていました…
ところが!!
なんと無情なことでしょう…
彼は小学校六年生の秋に小児がんにかかってしまっていたことが発覚し、懸命の闘病生活も虚しく…
2009年春、死亡してしまいます…
野球部に手紙を出したのは他ならぬ彼のお父さんでした…
生きていればこの年の日南学園ナインの3年生と同じで彼も当時高校3年生…
「皆さんと一緒に最後の夏を迎えていたのではないかと思います」
手紙には…そう綴られていたそうです。
日南学園でナインたちと甲子園のグラウンドを駆け回っていた可能性も確かに十二分にあったことと思われます…
「そこでお願いです。
どうか勝ち進み、甲子園に出場してください。
必ず応援に行きます。
そこで草太朗がどんな仲間たちと
野球をすることができたのか、この目に焼き付けたいのです。」
このお父さんも…父親として本当に立派だと思わずにはいられませんね…
「草太朗に一勝を贈るぞ~!」「お~~!!」
試合には敗れました。初戦敗退です。
けれども草太朗君はナインとともに元気いっぱいにプレーをしていた…
そう信じたいものです…
ナインからも…
「一度も会ったことはないですけれど
絶対草太朗君は見てくれていると思うので
甲子園では草太朗君と一緒に戦いたいと思います。」
キャプテン・植村主将=当時、のコメントですが…
この言葉がナインの間でひとつになっていたであろうことは想像に難くありませんね…
お父さんも、草太朗君の遺影を手にスタンドで観戦していました…
ここまで書いた内容…
私自身も当時見ていましたが、今改めて当時の録画を見ています。
実際のところ…特にお父さんや選手のコメントなど、ほとんど番組の引用みたいなことも書いてしまいましたが…(苦笑)
甲子園で、地方大会で…
高校野球は我が国で盛んな野球のなかでもひときわ違ったドラマがいくつもいくつもあるものです。
しかし、それでもやはりスター選手を巡る伝説ばかりが話題になりがちな傾向が高校野球にもあります。
ですが…その一方で、高校野球にはこんな悲しい話から、それでもそれにもめげずに、栄光をつかむ選手たちとは違ったかたちで一心不乱に白球を追いかける球児や関係者がいることも忘れてはいけないと思い、今回紹介することにしました。
これも…高校野球を巡るひとつの生きざま、生き方のあり方だと強く感じております。
Rocky
外野席からのバックホーム『昨今の高校野球での投手の傾向変化を考えた…』
おそらくもう30年くらい前のことになると思うが…剛球投手が珍しがられた時代では直球に力のある投手は重宝された。私が直感的に感じるには徳島・池田高校の畠山さんあたりの登場からだと思うが…このあたりからスピードガンの影響もあり「MAX140キロ」という具体的な数字とともに、パワーピッチャーが勝てる傾向が出てきたように思う。それまでは甲子園で勝てるピッチャーというのは…少なくともそこから5年くらい前となると小柄な技巧派が多かったのでは、という気がする。攻撃面においてもバントや走塁など、どちらかといえば「スモールベースボールの申し子」のようなチームが…ときには押されながらも最終的にはしぶとく残っていた、そういう印象を受けていた。
それが、140キロを優に超える剛球投手の登場に足並みを揃えるかのようにあの池田のやまびこ打線に象徴されるパワー野球が猛威をふるうようになった。そしてそれにつられた部分もあったのか…?制球で勝負して打たせてとるピッチャーの時代が終焉を告げるかのように、ボールのキレや伸び、スピードや球の重さで勝負できるピッチャーが次々と現れ、やがては優勝するようになっていった。そしてそれは奇しくも先日引退した横浜・松坂大輔の登場でピークを迎えたような感もあった。松坂は時速150キロのフォーシームに物を言わせるばかりでなく、高校生では手も足も出ないようなスライダーに加え、ピッチングが終わると軽快なフィールディングを備えた「スーパーインフィルダー」に早変わりし、野手としてもピッチャーとしての自分を、そしてチームを幾度も救った。そしてPL学園戦での延長17回の死闘、最後は決勝戦でのノーヒット・ノーランで締めくくり、まさしく「パワーピッチャーの集大成」をその存在でアンタッチャブルなまでに大きくアピールした。
高校生の段階であれほどの存在感を出したピッチャーは今のところ彼以外にはいないだろう…
『平成の怪物・ここに誕生せり』である。
その影響もあってか、その後不思議と「時速150キロ超の投手」は続出した。
時代の変化による「スピードガンの精度」の問題などもあるのかもしれないが…今ではもはや時速150キロ超『程度の』投手を見ることなど珍しくなくなった。30年前くらいであれば「140超で剛球投手」と言われていたのに、である。
しかも『令和のモンスター』大谷翔平などはあろうことか、165キロまで計測した。10年以上前ならそうした傾向など予測できたのだろうか…それでも打撃技術の向上などもあるからそれだけの「クレージーな」(はずの?)速球を持ってしても高校生でさえ打ち返せるのだが…しかしそれでも"単なる"「スピードバカ」では収まっておらず、投手によって個人差はあるがボールにそれだけの力のあるケースがほとんどだ。今はそれでもバッティングマシンの機能向上やそのマシンをピッチャープレートより前において打撃練習をするなどの工夫から、まるで害虫が殺虫剤を相手に抵抗力をつけるかの如く「打撃技術の向上」で負けずに対抗している選手も多いが…一昔前の打者だったら、こうはなっただろうか…
しかし、そうなってくるともうちょっとやそっと球速を誇った程度の剛球投手ではディフェンスで対抗できなくなってくる…少しでも打者の打ち頃のコースに行けば餌食になるからだ。しかも高校生打者には「金属バット」という頼もしい味方もいる。
そうなってくると、もはやその後はいかに緻密な制球と巧みな緩急をプラスアルファにするかが鍵になる。これが備わってないピッチャーはいかにボールに力があっても打者を制圧しきれない。
逆に、そういう投手がパーフェクトに近い制球や自在な緩急を身につければ鬼に金棒だ。もちろんなかなかそうもいかないから苦労するのだが…だがそんな御時世だけに、今度は精密なコントロールと打者を幻惑する緩急がどれだけ備わっているかというのが欠かせぬポイントとなる。増して球威のない投手なら特にそうであり、直球に力がないにもかかわらずチーム事情からエースにならざるを得なかった、とかのピッチャーになるほど勝つにはそうした要因が要求される。
だがそれでも勝てる投手は勝てる。
上記にあげたケースとはやや事情が違うが、いい例が左とはいえ140キロを優に超えるフォーシームを持つわけでもなく、ほぼテクニックのみでロッテにドラフト6位で入団しながら押しも押されもせぬ主力投手に育った横浜・成瀬善久だ。成瀬のブレイクはプロに進んでからだが、目をみはるのはその成長過程だ。あるシーズンでは16勝1敗、防御率も0.83…
コントロールと緩急だけでこんな成績を、しかもプロで成し遂げた投手は近年ではそうそう出てこれない。なぜなら球に力のある投手でさえ甘く入ってしまえばスタンドに軽々といかれる時代なのに、球威が並なら…
なので、それだけで勝つにはかなりの集中力が必要だからである。しかも長いイニングを投げるのであればスタミナはもちろんだが、それだけではなくその分その集中力を持続させなければならない。増して長いイニング投げていれば打者からすれば目が慣れてくるし、タイミングも合ってくる。一方で投手としては疲労から球の威力はもちろん、制球面においても狂いが出てきたり甘く入ったりというのが出てくる。それでも球威があればその力で押し切ることでごまかしが効くケースも多々あるが、150を超えるストレートを持たない投手ではそれも難しい。
だからこそ、そこまで考えると成瀬のこの成績が現代の大谷翔平とかとは違った意味で気の遠くなるような偉業性を感じるのである。
成瀬くらいになってくると特殊とも言えるが…つまりそこに時代の経過による傾向の変化が見えるのだ。先に話した30年前、私の父は「コントロール(投手)なんてダメだよ。今はスピード(を誇る本格派投手)だよ」とよく口にしていた。父ほどではないが(苦笑)私もそう感じていた。しかし今こそ求められるのは、もはやありふれた感のある「パワーボール」ではなく、それを補う「制球と緩急」である。その意味で立場が逆転した、とも言える。
そしてその「制球と緩急」を身につけるには…これまで重視されてきたフィジカルパワーをつける以上に緻密なメンタルパワーが要求される。しかもそれを持続させないと1試合持たない場合も多々出てくる。
その意味でピッチャーにとってはこれまで以上に過酷かもしれないが…まだまだそれによって自由自在なピッチングのできるピッチャーがそうそういないだけに、苦労を重ねつつそれを身につければ、味方からは重宝され、敵からは警戒される。
それによってたどり着いたレベルによってはその名前だけで畏怖されてもおかしくないであろうはずだけに、そこをやりがいとして取り組めるかどうかも大きいのではないかと思うが…
いかがだろう?