Day 21、水曜日。
全身倦怠感はほぼなくなって、たまっていた洗濯物などを全て洗っては干し、洗っては干しと、家の中を歩き回れるくらいの体調が戻ってきました。
でも、タリージェのせいだと思うのですが、いきなり意識が飛ばされるのは困ったものです。
午後、あまりにも眠くて、眠ってしまう前にナイトバッグのチューブを接続してしまおうとしてる最中に2〜3秒間ふいに意識が飛んでしまいました。
そのせいで、チューブの口を手元から落としてしまい、パウチの中の尿をズボンの上にこぼしてしまう羽目になりました。
洗濯物をまた増やしてしまい、午後からも洗濯機を回すことになっちゃいました。
なんとかならないかなぁ、タリージェ。
さて、こんなふうに昼間っから洗濯機を回して家事をしたり、昼寝をしたりとかなり自由な生活をしてる私のお仕事は?と気になる方もいらっしゃるのじゃないかと思います。
がんの治療を始めると、給与労働者の場合の多くは仕事を休んだり、さらには辞めるという選択を迫られます。
雇用契約の内容にもよりますが、たいていは仕事の内容と働く時間の関係が契約で決められているため、抗がん剤治療のために体調が悪くなった場合など部分的に労働時間を減らすなどの調節が難しかったりするからです。
そう、たいていの雇用契約にもとづく給与労働者だと、抗がん剤治療との相性が悪いのです。
わたしの治療を始める時にも、実はうちの職場の産業医や人事部まで巻き込んでこの辺りの相談をしました。
抗がん剤治療をしながら働いている例はどんどん増えてきていて、制度が追いついていないなんて説明を聞かされました。
そして、わたしの仕事なのですが、もともと研究職というものをやってました。
でも病気が発覚した時は中間管理職のポジションにいたので、そもそも仕事量が膨大で部下のタスク管理をするために上司として休みを設定するなんてことができにくい仕事内容でした。
責任者として何かあるごとに呼び出されることも多く、事故などが発生した時には24時間ずっと手元に携帯電話を握りしめていなきゃならなかったりしました。
実際、最初の手術から退院したあと、だましだまし、自分の体調を棚に上げながら多忙な仕事をこなしもしてましたが、治療を続ける上でいつか破綻する予感しかありませんでした。
職場の中で人事部などあちこちといろいろ相談をしたあ結果として「普通の研究職」のポジションに降格させてもらうことにしたのでした。
そして、働き方はフレックス制度を利用して、産業医の命令も受けて勤務時間を自由に設計させてもらうことになりました。
さらに、一昨年からは自宅で100%仕事ができるリモートワークまで組み合わせてもらって、現在に至ってます。
人事部や総務部のそれぞれの規則などの隙間をぬって抗がん剤治療を受けながらの仕事体制を作ってきたので、我が社のルールづくりの先駆けみたいな扱いになってるんじゃないかと思ってます。
あちこちに迷惑をかけて、ここまできたなぁと。
そんなわけで、フレックス、リモートワーク、そして、毎月のような仕事先への出張旅行を組み合わせて「研究職」という仕事ををやってます。
あと、研究職ってなに?って疑問を投げかけらることが多い、なかなかに謎な職業だったりします。
わたしの娘にも、
「お父さんの仕事って、結局、何してるの?」
と最近になっても尋ねられます。
簡単には、
「研究職ってのは、お困りごとを解決するお仕事」
ですって答えるのが一番あってるかなと思ってます。
がんになっても続けられる仕事のひとつとして、まぁ、世の中のお困りごとをひとつひとつ解決していくという、こんな働き方もあるってことで。
