久しぶりに亡くなった父が、夢に出てきた。
少し思い出したこともあり、
ブログも久しぶりに忘備録的に書いておこうと。
夢に出てきた父は、
大きな藁葺き屋根の家の中、
明るい炉端のような板の間で、
何かを作る作業を黙々と静かにやっていた。
(実際の父は手仕事なんてしたこともなかったけど)
そのうち手仕事は終わったのか、私の目の前を通って、
スタスタと玄関からどこかへ行うとしている、
という夢だった。
目が覚めて、なんとなく生前の父に想いを馳せて。
父は毎朝、新聞をくまなく見ていた人で。
今から思えば、
父がいくつか持っていた凹凸発達の特質のせいもあったと思うけど、
本当に念入りに静かにくまなく、紙面を見ていて(多分過集中というやつ)、
それは死ぬまで変わらなかった。
なんでそんなに新聞を見るのか、
何気に聞いたことがあって。
父曰く。
父は先の大戦前には、
紙面上の華々しい文章(タイトルのことかな)くらいは、
流し見してはいたけど、
それで、いきなり威勢のよい開戦の記事を目にしたときには、
まさかそうはならないだろうと呑気にしていたので、
ものすごくびっくりしたと。
なので、印象に焼きつくような写真(今だったら映像か)も、
華々しい文章も果たしてそうかと見ていると。
(父の言った華々しい文章というのは、煽るような文章ということだったのかな)
それから、新聞には、さりげなく、自分たちを召集に導くような、
新たな法律なり出来事なりが、当たり前のようにして、載っているものだとも。
そして、新聞が(父の時代には新聞がメインだったので)、
華々しくどこかの国々や人々を鬼畜〇〇と言い出し
(つまり罵倒語が公然と呼び名になったらということだと思う)、
そして、皆がそれに一堂に感情的に同調してきたら、
自分たちでわざわいに向かっている大きな兆候だとも言っていた。
父はノンポリだったけど、
八十を超えて目が弱くなってきてもなお、
死ぬまで新聞を、くまなく見続けていた。
だからと言って、
何かが直接変わるわけでないのは、明白だけど、
それが、庶民として召集されて、並々ならぬ体験をした父の、
一民衆としての、父自身への、
精一杯の責任の持ち方だったのかもしれないなあと、
今、つらつら思ったりしている。