日本が誇る名作昔話 桃太郎


子供の頃から慣れ親しんできた桃太郎


大人になったいま、この桃太郎の絵本を改めて読み解くと、今までとは違った目線で桃太郎の卓越した運のよさ、生き抜く力をみることができる。そう、桃太郎の真髄はおに退治ではなかったのだ。


1、おじいさんは山へ芝刈りにいった
(芝刈りとは草取りのことであるが、いったいなんのために年老いた身で草取りをしたのか。もしかしたらその山はおじいさん所有のもので、その管理にいったのではないだろうか。と、すると、おじいさんは大変な資産家であることが予想される
。)


2、おばあさんは川へ洗濯にいった
(挿し絵にはおばあさんは洗濯板もたらいもなにももっていない。ということは、川へ身を乗り出して洗濯していたことになる。もし川に落ちたら命はなかろう。1の仮説が正しいなら、資産家なおじいさんはおばあさんに洗濯板とたらいくらい買い与えてあげてもよかろうに。おじいさんはどうやらケチらしい。後に、おに退治にいく桃太郎に金ではなくきびだんごしかあたえなかった点からも、おじいさんのケチさが垣間見える)


3、川上の方から大きな桃が流れてきた、おばあさんは桃を拾ってウキウキ帰宅
(おいばあさん、洗濯物はどうした洗濯物は!挿し絵には帰宅するおばあさんは桃しかもっていない。1の仮定が正しい資産家な夫妻なら多少の衣類 <<<珍しい大きな桃なのであろう。)


4、桃から立派な男の子が!夫妻は桃太郎と命名し喜んで養育。



1~4からわかること

→問題は誰が赤子を桃につめて川上から流したかにつきる。桃の中に赤子をつめて、しっかり密封するその技術はまさに匠の技。水が桃の中に浸水してしまえば桃はすぐに赤子もろとも沈む。しっかり詰め密封したのは、流した者の捨て去る赤子へのせめてもの恩情ではなかろうか。また、箱でなく桃に詰めたのもよかった。箱ではおばあさんの興味をひくことはできなかったにちがいない。川上から箱が流れてきても、資産家なおばあさんとしてはへー程度だっただろう。大きな桃に詰めたからこそ、洗濯中のおばあさんにマジ!デカ!桃デカ!と言わしめ血わき肉踊らせることができたのだ。
おばあさんに拾ってもらわなければ間違いなく桃の中の赤子の命はなかったであろう。アーメン。また運よく拾ってもらえたとしても、夫妻のように資産がなければ見知らぬ赤子を養育したりはしないだろう。アーメン。


以下まとめ

桃太郎が川上から赤子時に流されたにも関わらず生存し本日まで名を残すにいたったのは

A,流した者があえて大きな桃をセレクトし、詰めて密封するという技術をもっていたから
B,おばあさんが資産家にも関わらず洗濯物板やたらいをもっておらず、川で洗濯し、またその最中やや注意力散漫で桃に気づいたから
C,おじいさんおばあさん夫妻が資産家で赤子を養育できる環境だったから

以上三点に集約される。きびだんごもおに退治もこのストーリーにおいては捕捉的なものであり、桃太郎の名場面盛り上がり場面は序盤の夫妻が赤子の養育を決めるまでである。そこに全てのトキメキや感動が凝縮されているのだ。もちろんこれは何度も読んでから気づく、いうなれば桃太郎上級者の思考であるからして、皆が気づかなかったしても無理はない。

桃は拾ってもらえるの?!桃沈まない!?あ、おばあさん気づいて!桃きてるよ!きてるよ!おばーさーん!

ドキドキの展開に心拍数があがる。これぞ名作。鬼気迫るものがある。

桃太郎の真髄ここにあり。

農業センターにて、五歳児が牛をいっこにこ、と数えていたので

牛や豚は100㌘200㌘と数えるんだよ、と教えてみた。五歳児はキラキラした瞳で新しい知識を得てご満悦。


すっかり信じていた五歳児は、幼稚園でお友だちにちがうよ!といわれてショボくれて帰宅。


ママ、違うんだって。わたしたち間違ってるんだって。100㌘じゃないんだって。

あ、間違えた!ごめんごめん!1パック2パックだ!ごめんごめん!ママ間違えちゃったよ。

えー、ほんとに?パックなの?

そうだよー牛や豚は1パック2パックだよ。世界共通よ!

そっか!ありがとうママ!



その笑顔に若干良心が痛んだが、私は気にせずに牛肉1パックを使ったハヤシライスを作り続けた。



いただきます、の意味は命への感謝。
今日も笑顔でいただきます。


それはある優雅な昼下がりのこと


アテクシはのんびり半身浴を楽しみ、入浴後のオイルマッサージ等を施しておりました。

そこへ五歳児がいそいそとやってきて


ママ、お風呂入ったの?お風呂いいダシでた?

は?

お風呂にママのダシとれた?

ん?

あれ?なんか間違えたかも。あれれー?


といって彼女は階下にさってゆきました。


その後キッチンをのぞくと、母親が夜のスープのダシをとるために、大鍋にたっぷりのお湯で昆布を泳がせていました。


せっかくの優雅な気分が彼女のダシ発言により、一気に湯冷め興ざめ。


日本語の奥深さに乾杯!