昨年の忘年会、なぜか本気仮装をすることになった。

20代前半ピチピチギャルの提案だ。果物でいうなら彼女は桃ね、まさに桃!こうなんてゆーのかしら、うすぴんくでまーるくて、なんか柔らかそーで、いい匂いがするかんじ。

対する私は果物でいうならパイナップル。いや、パイナポー。元気だけど熟れやすいよっ!安いよ安いよパイナポー!


正攻法でいって勝てるわけないんですよ、パイナポーが桃に。無理なんですよ。でもね、すんなり敗北をきすわけにはいかないのが女ってやつで。おお!って言われたいのが女ってやつで。

だから考えましたさ、桃になくてパイナポーにあるものはなんだなんだ、、、と。


そしてひらめいた!パイナポーの精神をもっとも発揮できるもの、それは酢豚だ!チャイニーズだ!

買いにはしりましたドンキに。チャイナドレスを。セレクトしたのは薄い水色のロングチャイナ。深いスリットのはいった粋なやつ。胸元はがっつりしまってるので防寒対策もバッチリ。

先行 桃 ミニスカサンタにパンちらつき
後攻 パイナポー 深スリット水色チャイナ


結果 パイナポーの一本勝ち

勝因 見えたパンツに価値はない。見えそうで
見えないことに意義がある。その見えそ うで見えない、ゆったりとしたスローモ ーションな動きの中に男性は夢を見るの
だ。



ちなみに、一発芸においては桃はモノマネをしていた。なんの真似かは忘れた。私はハーモニカを披露した。夏にスナフキンに憧れて買ったハーモニカが、まさか冬に忘年会で大活躍するとは。人生とは予想もつかないことの連続であるなぁ。


先日夫から今から帰宅するコールがあった際、なんか浮かれた気分だった私は


ねえ、昼間山で助けた鶴が恩返しに来て、セコムに捕まりまた助けを求めてるんだけどどーしたらいい?

と聞いてみた。

夫の返答は

野生の鶴には数兆もの細菌が付着しているから安易に手で触れないように。鶴が来たなら不潔だから玄関しっかり磨いといてね!じゃ!


→無駄に玄関をほうきではき、床ぶきまでするはめに。



教訓

安易に嘘をつくと、自分の首を絞めることになる。アーメン。



今夜五歳児が寝る前に、マッチ売りの少女の話をまあうろおぼえだが聞かせた。


昔あるところに貧しい女の子がいました。
→その子の名前は?


あー、イザベル?
→イザベルか!


イザベルはとても寒いクリスマスの夜に、裸足でお腹をすかせて、道でマッチを売っていました。
→夜に子供が一人でそとにいたの!?おくつはかないで!?だめねイザベル。ワルいね!

いや、イザベルはあまりに貧しかったので靴はもってなかったんだ、それにマッチを売って帰らないとおやかたさまにしかられるんだよ。
→おやかたさま私知ってるよ!馬に乗ってるなんか髭はえたおこりんぼうの人でしょ!


いや、そのおやかたさまは信長っていうひとで、イザベルのおやかたさまではないんだ。
→へえ、で?

イザベルはあまりの寒さにマッチをすって暖まろうとしました。一本目のマッチをすったらごちそうが見えました。でもすぐに火は消えてしまいました。
→イザベル火遊びしちゃダメじゃん!子供は火遊びしちゃだめなんだよねぇ?悪いね!

まあそこはおいといて、イザベルは二本目のマッチをすりました。今度はたくさんのクリスマスプレゼントが見えました。が、またすぐに火は消えてしまいました。
→不思議なマッチだねぇママ。そんな素敵なマッチがどうしてうれないのかしらねぇ。

イザベルは三本目のマッチをすりました。それは最後のマッチです。今度は死んでしまった大好きな大好きなおばあさんが見えました。イザベルはおばあさんの方に駆け寄り、頬をすりよせました。
→三本しか売るマッチなかったの?買ってください、って言えなかったの?

いや、言えたけど誰も買ってくれなかったんだ。
→へえ、で?


翌日、町の人は、道路で微笑みながら死んでいるイザベルを発見しました。イザベルは大好きなおばあさんのところにいってしまったのです。おしまい。



さてそこでちゃんと聞いてたかどうかの問題です。

1、イザベルは何を売っていたでしょう
→すぐ火が消えちゃうマッチ三本。

2、イザベルはどうしてしんでしまったのでしょう
→くるまにひかれて!

ん?車なんてでてきた?

→あ、じゃなくて、火遊びしたからだ!

ん?そうじゃなくて、、、


→あ、おばあさんに連れ去られたからか!


あ、うん、まあ当たらずとも遠からず。

では最後に質問ね?
このお話をどう思った?
→すごく嫌なお話!
なんで?かわいそうだから?
→ちがうよ!今からわたし寝るのにそんなよくわからない悲しいかんじのお話するママが嫌と思ったの!



あ、うんそうだよね。ママが悪かったよ。
確かに五歳児は正しい。


マッチ売りの少女がつたえたかったことはなんだろあち、とあらためて考えると

1、資本主義には貧富の差はあってしかたがないもの。
2、全部売って帰らないと、おやかたさまが怖いからって、売れないから三本しかない売り物のマッチを使っちゃうとはおろかの極み。ときには諦めも肝心。
3、貧しい主人公には名前すら与えられない。通称マッチ売りの少女。私の中では彼女はもうイザベルだが。


以上三点で、いまいち心に響かない。大人でもわからないのだから五歳児にはあまりにハードルの高い童話といえよう。

が、もう一度よくよく読み解くと、マッチ売りの少女が真実伝えたかったことは1~3ではなく


今も世界のどこかでマッチ売りの少女のような暮らしをしている子供がたくさんいる。我々から遠くはなれたその国で、裸足で寒さに震えている子供がたくさんいるのだ。
私はもちろん彼らすべてを救うことはできない。ただ、今の満ち足りた生活に感謝し、募金箱をみかけたらできる範囲で善意を示したいとおもう。マッチ売りの少女が私に灯した優しい光を大切にしてゆきたいとおもう。


いつの日かこの母の気持ちが五歳児に伝わることを願ってやまない四月の夜。