久喜市のフルマラソン立ち上げ断念について考えてみる

 久喜市の新規フルマラソンの大会立ち上げ断念について少し考えたことを書いてみる。

 

  何の話?

 

 少し前のニュースですが、久喜市がフルマラソンの新規大会立ち上げを断念したそうです。

 

 

 この件は、昨年に川内選手が開催について否定的なメッセージを発していました。

 

 上記のメッセージ以外にも川内選手と市との間はすったもんだあったそうですが、それはそれとして、競技やってる人が(しかもガチ勢の中のガチランナーが)否定的なコメントを発することには重い意味があると思います。普通は競技やってる人間からすれば競技の規模が大きくなることは肯定すべきことですからね。

 

  大会の持続性の意義って?
 

 川内選手はSNSで

> 4.ハーフの2倍でなく数倍の開催費用 →多額の費用による持続可能性の低下 

 を否定する理由として挙げています。

 

 マラソン大会の持続性(持続可能性)の意義って何なんでしょうか。

 持続性なんてなくって良い、第1回大会に走りたいやつだけ走ってそれで終わりだって良い、という考え方もあると思います。別に、マラソン大会なんて生活必需品でもない、所詮(ごめんなさい)一地方市のマラソン大会。第1回で終わったところで誰も困らない。

 一方で、立ち上げに相当のエネルギー(リソース:人・物・金・金・金・金)かけるのだから持続しないと無駄になるとも。だから、持続性が必要であると。そういう意味では、マラソン大会にも持続性が必要とも思えますね。大会が持続することでその地域の文化の一部になり、地域の皆様に愛されることで大会が成長・発展する。成長した大会はその地域の誇りになって一層大事にされ持続する。箱根駅伝なんて、正月に国道1号線通行止めしたって大して問題にならない(※1)。それも、正月の名物として認知されて愛されている(※2)からでしょう。

 ※1:沿線/道路のユーザの苦情・迷惑の声があっても黙殺すれば問題なし。

 ※2:私は大嫌いですが。

 

  久喜市は今あるものを大事にしてください。

 川内選手も
> 14.既存のハーフも定員割れ →既存のハーフの充実が先決では? 
 とコメントしてますけど、私もこれには同意です。
 
 久喜市にも「よろこびのまち久喜マラソン大会」(ハーフマラソン)があります。
 私は出たことがないですが、東京駅から会場最寄りの久喜駅まで電車で50分。首都圏から日帰りで行けるだけで十分なポテンシャルあると思います。ちゃんと大会の収支報告を出してるのも誠実でいいじゃないですか。
 久喜市はこの大会を地域の皆さんに愛される、持続可能な大会にすることを考えるのがベターかと思いました。