「サッカーは監督で変わる」
フットピーポーよ!マー君の22勝「1セーブ」に震えたぜ!しかも最後は大ピンチの中で栗山、浅村を連続三振て!しかしあれって連勝記録的にはどうなるんでしょうね?セーブを挟んだことで途絶えるのかな?
さあそんな訳で、どんな訳かよくわからないとは思いますが、今回はサッカーにおける監督の役割について書いてみたいと思います。
と、言うのもですね、最近つくづく「サッカーは監督で変わるよな~」と思う試合を、立て続けに観てしまったんですね。まずは先週末のマンチェスターダービーです。
奇しくもこの隣人同士は今季監督が変わっていて、そんな注目のシーズン序盤で早くもビッグゲームを迎えてしまいました。観ていて驚いたのはやはりシティのサッカーでした。
今季のシティを率いるのはペジェグリーニ。一瞬スペインのチェルシーになりかけつつも、ビッグクラブ化をこじらせて急激に落ちぶれていったマラガからやってきたペジェグリーニ。やはりこの監督は只者じゃありません。
ペジェグリーニのサッカーの印象は「王道」です。変な奇をてらわず、プレッシングとポゼッションとサイドアタックという、モダンフットボールのトレンドをしっかり押さえた好チームを作る監督です、この人は。シティの前監督マンチーニが何年もかけて実現したかった機能美あふれる攻撃サッカーを、ペジェグリーニはたった2か月で早くも機能させています。
対照的だったのがユナイテッド指揮官モイーズです。レジェンドであるファーガソンの後任というのは確かに難しすぎる任務です。しかしこの試合でモイーズはその「ファーガソンの後釜」というプレッシャーとはまた別の、現時点での監督としてのキャパの限界を見せつけてしまいました。
一番観ていて問題だ、と思ったのが選手交代です。サッカーの試合では最大3人の選手交代が認められている訳ですが、この選手交代とは監督に許された試合を修正する数少ないチャンス。ピッチサイドから修正の指示を叫ぶよりも、決まれば効果的に試合の流れを変えられる行為。まさにアイデアの見せどころ。それが選手交代です。
しかしモイーズはこの試合でたった1回しか、そのチャンスを行使しませんでした。4-0というスコアになってからヤングに代えてスモーリングを投入した一度きり。これだけ大差の試合で、交代枠を1人しか使わない監督を久しぶりに見ました。ちなみに対戦相手のペジェグリーニは交代枠を使い切っています。まず間違いなくファーガソンなら、同じ負けるにしても、交代枠を使い切っているでしょう。
モイーズは自分が試合前に練り上げたプランが崩れた時に、修正する、もしくは流れを変えるアイデアが無かった、という事になります。

モイーズがユナイテッドで行っているサッカーにも疑問があります。ファーガソンはユナイテッドに現在のヨーロッパの主流であるポゼッションサッカーを持ち込もうとしていました。結局はその完成を見ないまま、志半ばで一線を退く事となりましたが、71歳ながらもまだ変化を目指すその柔軟性に感心していました。
それに比べると僕には50歳のモイーズはずいぶん頭の固い監督に見えてしまいます。エバートンに比べて戦力としては比較にならないビッグクラブを指揮するチャンスが来たのに、中堅クラブのサッカーから脱せられない。
選手のガッツと幸運に大いに期待するキック&ラッシュ。ユナイテッドのサッカーはファーガソンが脱しようと考えていたサッカーに戻ってしまっています。CLでバルセロナに敗れ続け「これでは勝てない」とファーガソンが決別を決意したそのサッカーに...。
今回のマンチェスターダービーはそのサッカーの現代性の差が、試合内容とスコアに直結した面白い試合でした。今年の4月に行われたトラフォードでのダービーからたった5ヶ月。両チームの監督が変わっただけで、こんなにも一方的な差が出てしまうのか、と。
もはや選手個人の力では勝てない。いかにまとめるか。持っている選手の力を100パーセント引き出すにはどうすればいいのか。しかもどの方向に。それを決定し、実行する監督という役割の大きさは、ディティールで勝負が決するレベルにまで進化した現代サッカーでますます大きくなっている気がします。
「サッカーは監督で変わるよな~」と思った試合のもうひとつがCLのバイエルン×CSKAモスクワでした。
ペジェグリーニは「いかにまとめるか」に優れ、まさに「いかにまとめるか」が問題だったシティにとってピッタリの監督です。では昨シーズンに3冠を達成してこれ以上ない結果を出したにも関わらず、バイエルンはなぜグアルディオラを呼んだのか。一体ペップに何を求めているのか?
バイエルンが考えているのは「どの方向に進むのか」だと思います。だからその「どの方向に」に関して突き抜けた解答でバルセロナという伝説を築いたペップを呼んだのでしょう。三冠を達成したハインケスを切ってまでも。
そしてペップに率いられ、バイエルンも見事に変わりました。去年まで60対40ほどだったポゼッション率は、70対30にまで引き上げられました。バランスを逸してでも前がかりに、決定的なピンチを作られる代りに、決定的なチャンスも作る超攻撃的サッカー。バルセロナだけが突き進んでいる、ディティール勝負とは次元が違う、理想を追う道にバイエルンも続いた訳です。
はたしてそれが正解なのかどうか。それはもう趣味の話で、決めるのはそのサッカーを観るファン、観客です。「結果のドイツ」の代表格であるバイエルンが挑むこのチャレンジははたしてどのような結果を生むのか。
良きにしろ、悪きにしろ、監督でサッカーは変わります。変わってしまう、と言った方がいいかもしれません。だからあえて監督を変えない。現状維持。そんな選択も状況によってアリだと思います。
ただ逆説的に言えばチームが上手くいかない時は、監督を代えなければサッカーは変わらない、という事でもある訳です。その監督がよほど考え方を変えないかぎりは。
だからこそ、何を狙ってどんな監督に任せるかというのが重要になります。その狙いが曖昧で「丸投げ」に近い状態であればあるほど、運任せ、風任せ、さらに言えば選ぶ監督によってやるサッカーがコロコロ変わってしまう継続性の無い状況になってしまう訳です。
問われるのは「どうなりたいのか」です。「サッカーは監督で変わる」という事は希望でもあり、不安でもある。ただそこに「こうなりたい」という一貫性があれば、無駄は無くなるわけです。全ては貴重な経験になる。
「サッカーは監督で変わる」そんな試合を立て続けに観てしまうと、W杯まで残り半年の今からでも、充分に間に合うのになあと思ってしまう今日この頃です。
