スタジアムに出る前にフェルナンドから注意を受けた。今日は試合が終わったら0時を超える。メトロはもうやっていない。試合が終わったらタクシーを拾ってすぐにホテルに帰れ。特にガロが負けたときは危ないぞ。絶対に1人になるな。
自分がどういう所にでかけていくのかリアリティーが湧いてきた。さらにフェルナンドは付け加える、「今日はデモもあるぞ、セントロには近づくな」
いつもは出かける時にウエストバックを前にたすき掛けにして財布、携帯、メモ帳を持ち歩いているけど、今回は必要最小限の装備をポッケに突っ込み、バックを持たずに出かける。カードもホテルに置いていき、タクシー代を考えて現金は70レアルだけ持った。カメラはいつもどおりベルトループにカラビナでカメラバックを固定してそこに入れる。
試合が始まる2時間前にホテルを出た。メトロの駅に近づくと、既にガロのシャツを着た人が多数集結。ホームでガロのチャント(応援歌)を合唱している。いい感じだ。
電車が到着し、乗り込む。一両すべてが黒と白に染まっていた。乗った駅から4つめが目指す「HORTO」の駅。駅に止まる。ドアが開く。なだれ込んでくる黒と白。それが3回繰り返されて「HORTO」に到着するころはもうパンパン。そして全員が降りた途端に待ってましたと歌いだす。
電車から降りてホームを抜けて改札を出るまでに、3曲のチャントを彼らは歌い終わっていた。こっちもテンションが上がってくる。
駅を出るとそこは戦いの場だった。

コンフェデレーションカップの会場を覆っていたお祭り感はゼロ。今日はエンジョイする試合じゃないようだ。「トレイス、ゼロ(3-0)」という厳しい勝利条件を、彼らは内心では分かっている。笑顔は無い。一応友達と会うと「オラ!ガッロッ!」と言って笑うけど、目が笑ってない。
会場を目指す途中、そこいらで爆竹が炸裂する。地上で、または打ち上げ式のも含めて、それが彼らのお約束なのか「ドカン」と炸裂すると、即座に「ガ~ロ~!」と叫んでレスポンスする。
一回、左前方3メートルぐらいの所で爆竹が炸裂して身体がビクっとなった。鼓膜キンキン。前方を歩いていた親父も突然の炸裂に身体がビクッとなっていたけど、即座に「ガ~ロ~!」と叫び返していた、さすがだ!
ただ危険さは感じなかった。湧き上がってくるのは逆の感情だ。強烈な連帯感。同じシャツを着る大量の仲間がいることからか、アクション映画を観終わって映画館を出るときのような、身の丈以上に気が大きくなっていく感覚。たぶんこの感覚が暴走してアウェイサポーターとのケンカや、破壊行動に繋がっていくんだろう。
テレビや雑誌でお馴染みの発煙筒も盛大に焚かれていた。インディペンデンシアの周囲は、あまり上品な景観では無いのだが、そんな風景に発煙筒の炎がすごくマッチしていてカッコ良かった。

ビールを飲みたかったけど我慢した。まだ緊張感を持ってなきゃいけない雰囲気だった。
試合開始1時間前になったので、いよいよスタジアムに入る。凶器や花火など危険な物を持っていないか、時間をかけた念入なボディーチェック。そしていよいよチケットチェック!頼むから偽物じゃないでくれよと祈りつつ、チケットをゲートの投入口に入れる。ランプはグリーンに点灯してくれた。警備員の男性がウインクして言う「ようこそ」
チケットにはゲート6、そして「SERTAO ESPECIAL」と書かれていた。誘導されるがままに進む。チケットに書かれたエリアに到着して「ESPECIAL(特別)」の意味に気づいた。
ゴール裏ど真ん中。ウルトラスまっただ中のチケットだった。
一瞬、たじろいだ。周りには背中に「TORCIDA(竜巻)」と書かれた白いブルゾンを羽織る男たちが。彼らはガロのウルトラス。ゴール裏は真ん中、左サイド、右サイドの3つに仕切られていて、そのエリア内なら自由に座ってよいようだったので、とりあえず後ろの方に座った。
周りの様子を探る。以外にも普通のおじさんやおばさんもいる。ちょうど5列ぐらい前に、教授風の知的な男性が1人で来ているのを発見。せっかくのこの流れ、どうせだったら身を委ねてみようと思い、その男性の列まで前進した。前の列にはおばさんもいるし、大丈夫だろ、と。
初めて訪れるインディペンデンシアは凄かった。何が凄いってその潔いデザイン。
「Estadio Independencia」

なんとアウェイゴール裏が無く吹き抜けになっている!ゴール裏から見ると写真のように、ベロオリゾンテの山々の稜線が見えて、解放感のある雄大な風景が広がっていた。ちょっと他に観たことがない。
試合開始30分前ぐらいになると、一気に周りが埋まりだす。そしてニューウェールズサポーターとの応援合戦がヒートアップしてゆく。
そこには基本的に相手を認めるリスペクト精神なんてものは存在していなかった。ニューウェールズが何かを歌うと、即座にそれの3倍ぐらいの声量のチャントでかき消してしまう。前方には段ボールで作ってきたニューウェールズのカラー、赤と黒に塗られた棺桶をアウェイ席に向かって振っている若者がいた。中指を立てながら。

すると突然耳をつんざく盛大な指笛がスタジアムを包む。ニューウェールズの選手たちがアップの為にピッチに登場したのだ。もはやブーイングというレベルじゃない。「呪い」レベル。気の毒なのはキーパーだった。インディペンデンンシアはピッチと観客席の間が手の届くぐらいの距離なのだが、その至近距離から彼はありとあらゆる罵声を浴びながらアップをしなければいけなかったのだ。
途中であまりの罵声に怒り、振り向いて何かを言い返したのだがそれは火に油を注ぐようなもの。ただちに数人がフェンスに顔をくっつけるようにして、今ままでの倍ぐらいの勢いで罵声を浴びせる。これが、南米のアウェイなのか。
しばらくしてやっとニューウェールズの選手はブーイングから解放される。我らがヒーロー、ガロの選手がピッチに姿を現したのだ。大歓声に次ぐ大歓声。8割ほど埋まってきた周りではありとあらゆるチャントのメドレーが始まる。
するとどうだろう、隣の知的な教授風の男性の人格が豹変した。そのチャントを絶唱する姿にもはや知性のかけらは存在せず、あるのはただただアドレナリンが駆け巡っている野生の姿のみ。前方のおばさんをみるとやはりこちらもガロのマフラーを掲げて絶唱していた。人は見た目では分からない。
やっぱり元の位置に戻ろうかと振り返るともう人の壁だった。腹をくくった。
いよいよキックオフを迎える。オーロラビジョンに「Bem-vindo à nossa casa.Vamos! GALO!!」というメッセージが表示される。「俺らの家によく来たな!いくぞガロ野郎ども!」メッセージと共に大音量の音楽がかかり、屋根からは打ち上げ花火が上がった。いよいよ戦いが始まる。
「コパ・リベルタドーレス2013セミファイナル2ndレグ アトレチコミネイロ×ニューウエ-ルズ」
声援はキックオフされる前からとんでもなかったのに、キックオフされるとさらに限界値が跳ね上がった。ゴール裏では誰も座ってなどいない。それどころから全員がシートの上に立っているので、自分もそれにならう。
試合は2点のビハインドを取り戻すガロが、大声援をバックに、序盤からトップギアの猛攻を見せる。
ガロのサッカーはセンターハーフのジョズエが作っていた。ちょうど日本代表で言うと遠藤のような役割だ。ジョズエは長短のパスを使い分け、ゲームを作っていく。前半のガロの攻撃で有効だったのがジョのポストプレーだ。空中戦をことごとく制し、サイドやトップ下のロナウジーニョにボールを落としていく。
ジョ、ロナウジーニョ、ベルナール、タルデッリ、このチームの攻撃の中心の選手たちは、3日前のカンピオナートブラジレイロで温存され欠場していた。ちなみにその試合をガロはBチームで3-2の勝利を収めている。攻撃陣はコンディションが良さそうだった。
そして開始3分、いきなり試合が動く。動かしたのはマジコ(魔術師)・ガウショ、ロナウジーニョだった。
波状攻撃を仕掛けるガロに混乱するニューウェルズはロナウジーニョのマークを外してしまった。バイタルエリアで前を向き、フリーでロナウジーニョがボールを持つ。沸き立つ大歓声。ロナウジーニョはあの独特の股を大きく開くフォームでスルーパスを放った。
歓声が止み、スタジアムの全員が息を飲む。
最初パスはちょっと強すぎる、と思った。しかしそのパススピードは快速のサイドアタッカー、ベルナールの全力疾走にドンピシャだった。ベルナールはキーパーとの1対1に迷いなく左足を振りぬいた。ボールはキーパーの脇を破り、ファーサイドに突き刺さった。全て目の前10メートルぐらいで起こった。
インディペンデンシアが揺れた。表現じゃなくて本当にグラグラと。いつのまにか教授との間に割り込んできてたメガネをかけた白人系の男が、何の面識も無い自分を抱きしめる。右隣にはおそらく10代の黒人の痩せた子がいたが、彼は喜びすぎて椅子から転げ落ちた。左前方にいたカシージャスにそっくりな若者は、チャントも歌わないようなシャイな青年だったけど、その羞恥心を捨てて暴れていた。それ以後、彼はチャントを歌いだす。前方ではウルトラスが一斉にフェンスの方に押し寄せて、絶叫している。前後左右あらゆる人とハイタッチが交わされ、おかげさまで開始3分で何も遠慮せずに、彼らと一緒に試合を観戦できるようになれた。ありがとうロナウジーニョ、ありがとうベルナール。
観客が冷静になるのは意外に早かった。最低でも後1点。勝利するにはさらに1点が必要なのだ。さらなる得点を求める怒号のようなチャントがインディペンデンシアに響き渡る。ニューウェールズの声援はまったく聞こえない。

ガロのゴール裏にコールリーダーのような存在はいなかった。あるのはリズム隊とバンディエラ(旗振り)だけだ。終始リズム隊はダンスカ、ダンスカ、ダンダン、ダンスカと、基本となる8ビートを打っていて、誰かが状況に合わせてチャントを歌い始めると、そのチャントが適切な場合は周りが歌いだし、それがゴール裏に広がるとリズム隊は即座にそのチャントに合わせてリズムを変える。そしてそのチャントがバックスタンド、メインスタンドに広がっていく。誰もがコールリーダー。歌い奴が歌って、乗っかりたい奴が乗っかる。ガロの応援はそんな感じだった。
リズム隊のダンスカ、ダンスカが興奮とマッチし、ずーっとダンスカ、ダンスカのリズムに合わせて身体を揺らしていた。気持ちが良かった。
得点後もガロの攻撃は冴えわたった。特にベルナール。彼のプレーに釘付けになる。ベルナールは1対1だとほぼ相手を抜く。2対1でも時に抜き去る。緩急じゃなくてスピードにモノを言わせて、直角に切り返して相手を置き去りにしていくモロに好きなタイプのドリブラーだ。そう遠くない将来、彼はヨーロッパに渡ると確信。
今でもブラジル人プレーヤーで一番好きなロナウジーニョもキレていた。全盛期のスピードこそ無くなったものの、その柔らかいタッチと、自由なアイデアは健在だった。ボールを持つと「ガウショ!」と期待の声が飛ぶ。ちなみにロナウジーニョのチャント中、サポーターは両手を上げては前に倒すを繰り返す。王様にひれ伏すジェスチャーだ。
追加点は時間の問題かと思われたがここで流れを変えるプレーが出る。
ヨーロッパから母国アルゼンチンに戻ってきたエインセがゴール前の競り合いで派手に痛がりピッチに倒れこむ。ずるがしこいエインセのキャラを全員知っているゴール裏の観客は、時間稼ぎだ!早くピッチから出せ!とアピール。しかしエインセはピッチから運び出すカートが到着してからも、ゴロゴロ痛がって転がり、そのカートから逃げ回るという離れ業を披露!しかも怒れる観客の目の前で。
時間にして3分ぐらいだが、この中断でガロは一息ついてしまった。恐るべしエインセ。
この後もエインセはほぼワンプレーごとにピッチに倒れこんだ。全観客から凄まじい罵声を浴びても、エインセは顔色一つ変えずにそれを繰り返した。いったいどういう神経をしているんだろうと思っていると、前半残り10分ぐらいで交代した。本気で痛めていたらしい、オオカミ少年エインセ(笑)
エインセは交代時に、時間稼ぎのためにこれ以上ないぐらいの牛歩でゆっくり、実にゆっくりと優雅に歩いて行った。もちろん盛大なブーイングが飛ぶ。そのブーイングが大きければ大きいほど、彼は仕事をした、という事になる。顔色一つ変えずに凶悪なサポーターの目の前をゆっくりと歩いていくエインセは、頭上で拍手もしてみせた。めちゃくちゃカッコ良かった。
圧倒した前半でガロは2点目を取れなかったのが痛かった。ハーフタイムを挟んだ後、ニューウェルズはしっかりとディフェンスを修正してきた。
まずジョのポストプレーを徹底的に抑えた。そして運動量が落ちたロナウジーニョに5番を張りつかせる。中央の攻撃経路を潰されたジョズエは、ベルナールにボールを集めるが、ベルナールも前半を飛ばしすぎた影響か、足が止まりだす。ガロの攻撃は単調な可能性の低いロングボールが繰り返されるようになる。
前半を飛ばしすぎたガロに、ニューウェルズの荒々しいディフェンスが襲いかかる。前半からもその傾向は強かったけど、この日の審判はコンタクトプレーに寛容だった。PKをとってもいいようなファウルを受けたジョに対してノーファールだった時に、全員の怒りが爆発していた。
特に右隣の若い黒人の子は本当に怒っていた。彼はかなりガロの勝利に対して切実で、ワンプレーごとに感情を爆発させていた。後半が始まる前に、彼は椅子から降り、床にひざまずき、本気で神に祈りを捧げていた「神様、どうかガロを勝たせてください」真剣に祈ってた。そんな彼は審判に向かって拳銃をバンバン撃つジェスチャーをしていた。覚えておけよ、そんな感じだ。たぶん家に帰ればあるんだろう。
サイドが変わった後半、目の前のゴールにニューウェールズの目を覆いたくなるようなきわどい攻撃が襲いかかる。特にガロは左サイドからやられる事が多かった。対面するニューウェルズの右サイド、マキシ・ロドリゲスに。
マキシ・ロドリゲスもエインセ同様にヨーロッパからの帰国組の1人だ。マキシ・ロドリゲスのドリブルは、ベルナールとはまた違って凄かった。何というかリアル「日向君のごういんなドリブル」というか、細かいフェイントなど一切せず、体をぶつけ、手をうまく使い、ディフェンダーに当たられてもそのまま突き破るように突破していく。
突破したマキシ・ロドリゲスが中央に合わせ、リターンをもらいキーパーと1対1になりシュートを放った時は、終わった、と思った。だがシュートは後半のヒーロー、キーパーのヴィクトールの腕に当たり、ポストを叩いた。
致命的なアウェイゴールが生まれそうな流れを変えたのは、アクシデントだった。
突如、バックスタンド側の照明が片方のラインのみになってしまう。試合は一時中断された。この間に選手たちはドリンク補給と簡単なミーティングを行っていた。一方、後半に入り元気が無かったゴール裏は、試合が止まったこの時に、誰からともなくチャントのメドレーを歌いだす。
その歌声は瞬く間にバックスタンドまで広がり、そしてメインスタンドも巻き込む。キックオフ時のような大合唱にあっという間に発展し、さっきまでの苦しい時間帯は悪い夢だった事にして、新たな朝を迎えたように目覚めた。
やがて照明は復旧。今になって思えば本当にあれはアクシデントだったかどうか怪しい。そしてガロは息を吹き返す。ロナウジーニョがルーズボールに対して怪我しそうなスライディングでマイボールにしようとする。湧き上がるインディペンデンシア。
ここでガロの監督は勝負に出る。残されていた交代枠2枚を一気に使い切って両サイドのタルデリ、ベルナールを代える。スリートップに変更した。
ベルナールの交代に観客は怒っていた。隣の例の祈れる若者は、頭の横で指をくるくるさせてた、気は確かか!
しかし、その交代で入ったギレーミがガロを救うのだ。
残り、5分。パワープレー気味になりつつあるガロの攻撃を、ニューウェールズは楽々と防いでいた。周りの観客はガロのディフェンスラインがロングボールを蹴ると怒っていた。やはり右サイドに大きく蹴ったボールを競り合い、スローインを獲得したガロは、ここでもロングスローを選択する。そのロングスローは難なく跳ね返されるが、そのこぼれ球をギレーミが思い切りミドルレンジからシュートした。
反対側のゴールだったが、ゴール右隅に吸い込まれていくのがハッキリ見えた。ニューウェールズはツイていなかった。誰かがミスした訳でも、チームとして致命的なミスを犯した訳でもない、ただただ、ギレーミの右足が素晴らしすぎただけ。
先制点の時もぶったまげたけど、このトータルイーブンとなるゴールは輪をかけて凄まじかった。左隣りのメガネは前方に疾走。教授はもはや野獣と化し、おばさんは頭を抱えて号泣。グラグラ揺れるインディペンデンシア。どうやって持ち込んだのかあちこちで炸裂する爆竹。これは歓喜なのか悲鳴なのかよく分からない絶叫。
ふと我に返り右隣の若者を見た。彼は跪いて天に向かい一点を見つめ、なにかブツブツ言っていた。ガロを土壇場で救ってくれた神様と対峙していたのだ。写真を撮ろうと一瞬思ったけど、控えた。
残り5分で追いついたガロはその後もひたすらロングボールを相手陣内に放り込むも、タイムアップ。トータルスコア2-2で試合は終わった。
延長戦が始まるものだと思っていたが、いきなりペナルティーキックゲームが始まりだし焦った。
実はペナルティーキックゲームが好きだ。しかもこういった大きな試合の。大きな試合は充分に極限状態だけど、その中でもペナルティーキックゲームはとびきりの極限状態。よくペナルティーキックは運だ、という意見もあるが違うと思う。ペナルティーキックゲームはメンタルの勝負だ。その極限状態の前に、人間性が否応なしに出てしまう。すごく残酷で、だから不謹慎だけど面白い。
初めてペナルティーキックゲームをスタジアムで観る。
ペナルティーキックゲームはホームゴール前、つまり目の前で行われた。先行はガロ、1人目は交代で入ったフォワードのアレッサンドロ。蹴る直前にスタジアムは一斉に静まり、かすかにアウェイ席からのブーイングが聞こえた。
観ているこっちが辛くなってくるような空気の中、大事な1本目をアレッサンドロは成功させる。
続いて後攻のニューウェールズ、名も知らない1人目の選手がペナルティーアークにボールを置く。はるかその前からインディペンデンシアは呪いの指笛に包まれていた。みなが外せと願う中、その選手、後で調べて名前を覚えたフォワードのスコッコは、ユーロのイングランド戦ででピルロが見せた「パネンカ」、ループシュートをど真ん中に決めた。どんな神経をしているんだろう。アルゼンチン人はエインセといい、この手のくぐってきた修羅場の数が違う選手が多い。
ペナルティーキックゲームは1回ごとに、その重責が行ったり来たりするロシアンルーレットのようなもの。前の選手が決めたか、外したかが次の選手に色濃く影響を与える。パネンカという大技を目にして次に蹴るのはこの試合の救世主、ギレーミ。しかしギレーミは落ち着き払ってゴールを決め、今度はプレッシャーをニューウェルズの2番手にかける。
再び訪れる呪いの時間。数分で繰り返される祈りと呪いの転調になんだかよく分からなくてなってくる。ニューウェルズの2番手は本田のようにど真ん中に思いっきり打ち込んで決めた。
3番手、ゴール裏はジョのチャント。ジョはゴールの左スミにグランダーで狙ったが、ボールはポストの外に転がってゆく。誰も一声も発さない。「ウー」とか「アー」とか一切なし。ただ沈黙とアウェイ席からかすかに聞こえてくる喜びの声だけ。
しかし次のニューウェルズの3番手が魅入られるように外してしまう。救われたゴール裏はお祭り騒ぎ、ただしその騒ぎは長くは続かなかった。ガロの4番手の20番は明らかに様子がおかしかった。ボールのセットから助走までがやけに早く焦っている。この重責を早く終わらせたいのが有り在りと見て取れた。外すな、と思ったその通りに彼の蹴ったボールは遥かクロスバーの上を外れていった。
外してくれて追いついた後の、この力ないキックはサポーターにとって許せなかったらしい。ジョの時とは違い、みなが20番に悪態をつく。そんな異様な空気の中、ニューウェルズの4番手がボールをセットする。対照的に彼は落ち着き払っているように見えた。
ブーイングが弱い。さっきの失敗でみなの心は折れてしまった。もう見たくないとこちら側、つまりゴールに背を向けて上空を見つめている人もいる。その人は次の歓声で何が起こったか分かったはずだ。ニューウェールズ4番手のキックはクロスバーに当たり、外れた。
4人連続でキックが外れている異様な流れの中で、肩を組む列から歩き出したガロの5人目は、ロナウジーニョだった。

これまで外すわけのない5人目のキッカーが失敗するシーンを何度も見てきた。ロナウジーニョだから大丈夫、そう信じつつも、4人連続失敗という重い空気が、何かを起こしそうだった。
ロナウジーニョ独特の、ボール対して大きく開いた真横からの助走。選択したコースは右上。読んでいても届かない位置に見事に決めてみせた。
全員が例の両腕を上下に倒す、王様を崇めるジェスチャーを行いながらガウショのコール。ロナウジーニョはガロのエンブレムを力強くバシバシ叩き応えた。
ニューウェルズ5人目のキッカーはマキシ・ロドリゲスだった。
ここまで2ターン、先制されていたガロにとって、久しぶりにプレッシャーをかける余裕が復活していた。みながあらゆるアイデアを総動員して、マキシ・ロドリゲスの集中を乱そうとする。中指を立てる、罵声をあびせる、指笛を吹く、ホイッスルを吹く、ユニを脱いでブンブン振り回す、そして前方にはマキシ・ロドリゲスに向かってケツを出している人も、素晴らしいアイデアだ。
そしてマキシ・ロドリゲスは「外すわけのない5人目のキッカーが失敗する」に、なってしまった。狙ったコースはロナウジーニョと同じだったが、そのコースは甘く、ガロのキーパービクトールに弾かれた瞬間に、インディペンデンシアも弾けた。
絶叫と絶叫と絶叫、そして絶叫。とにかく空いている人と誰彼かまわず抱きしめ合う。肩に回される誰かの腕、回した腕が抱く誰かの肩。個人という感覚が消えて巨大な「ガロども」になる感覚。この勝利の祝福を一番かけてあげたい右隣の若者を探した。彼は天の神様に感謝する事も忘れて、ピッチにいる神々に向かって喜びを爆発させていた。肩を叩くと家族や親しい人にしか見せない、無防備な彼の本当の顔で、120%の笑顔をこちらに向けてきた。
言葉が分からないので目に「やったな!おい!」という意思を載せて彼に笑いかえした。首をブンブン上下に揺らしてうなずく彼と抱き合った。彼のあの表情は忘れない。
彼だけじゃない、人間本当に嬉しい時は、無防備な子供の顔になることを知った。誰もが子供にかえっている。何の悩みも無く、世界は素晴らしさに満ちていた人生最高の時に。
「Copa Libertadores2013 Semi Final Atlético Mineiro×Newell's Old Boys 2-0(3-2)」
選手たちはみんなユニフォームを脱いで、ピッチ上でジャンプしてブンブン振り回していた。歓喜の爆発を終えて我に返りだした人から選手と一緒にユニを回し始める。ニューウェールズの選手達は腰に手を当てうなだれていた。マキシ・ロドリゲスはペナルティーアークの傍に座わりこみ自分が蹴ったコースを見つめていた。インディペンデンシアに響き渡る勝利の凱歌。アニメのポパイの曲を原曲にした勇壮なチャントが、この日聞いたチャントの中で一番のお気に入りになった。
名残惜しいけどペナルティーキックゲームまでもつれ、途中の中断もあり、時刻は午前1時前ぐらいになっていた。フェルナンドの忠告を思い出し、隣の若い子に「チャオ」と別れを告げる、彼は「アテ・ローゴ・ファイナウ」と返してきた。「じゃあまたファイナルでな」と。
試合ハイライト動画
インディペンデンシアを出てみると、外は試合前とは180 度変わって、お祭り会場と化していた。
「インディペンデンシア前、シルビアーノ・ブランドン通りの様子」
その雰囲気に安心して、禁じていたビールを買う。もちろんうまい、めちゃくちゃにうまかった。
全ての車がクラクションを鳴らし、行きかう人の挨拶は「ガ~~~ロォォォ~~~っ!」の絶叫。車の窓には箱乗りでフラッグを構える人。そこかしこで爆竹が鳴り、その直後にはお約束の「ガーロー!」。リベルタドーレス決勝進出を祝いに祝う、しつこいようだけど時刻は平日深夜午前1時。
フェルナンドはタクシーを拾え、と言っていたがさっきからシルビアーノ・ブランドン通りの車はまったく動かず、止まっているタクシーには全て人が乗っていた。仕方が無いので他の人がそうするように、タクシーが拾えそうな別の大通りに向けて歩いた。
ガロが勝利してくれたおかげで、周辺は幸せな空気が流れていて、さほど危険は感じなかった。シルビアーノ・ブランドン通りをホテルの方角に向かって歩いて行ったけど、まったく車は動く気配が無い。そして誰かとすれ違う時には相変わらず「ガ~~ロ~~!」の挨拶。自分みたいな初めて観戦する奴がおこがましいけど、ノリが悪い方が場違いな空気だったので、こっちも「ガ~~ロ~~!」と返しながら歩く。
シルビアーノ・ブランドン通りとクロスする、クリスチャーノ・マチャド通りでタクシーを拾えた。乗り込んだ瞬間に運転手が「ガ~~ロ~~!」。いかに凄い試合だったか、単語を並べながら説明し、ガロの事を褒めちぎり、ホテルに到着した。メーターは11レアルちょっとだったけど、ガロが勝ったから10レアルで言いと感動的な事を言うので、12レアル渡して「ガ~ロ~!」と挨拶してお釣りを拒否してホテルに戻った。
フェルナンドは「まっすぐ帰ってこい!」とか言ってたくせに、そこから1時間後ぐらいにガロのチャントを大声で歌いながらベロベロになって帰ってきた。もうベッドに入っていたからそのまま目を閉じたら、ドカドカ音がして部屋に(ドミトリータイプで2段ベットが4つの部屋)入ってきて、俺が寝てるのを確認すると、隣のベッドの下の段に倒れこんで、1分ぐらいで寝た。素晴らしい職場だ、うらやましい。
面白かった試合はこれまで何度も観てきた。だけど、価値観が揺さぶられて、人生観も変えられるような試合は初めてだった。なぜ人はサッカーが好きなのか、なぜ人はサッカーを必要とするのか、なぜ人にはサッカーがあった方が良いのか、それを体で感じる事ができた。
翌朝目覚めるとフェルナンドは既に起きていた。ガロのシャツを着て。俺の顔を見るなり「ガ~~ロ~~っ!」と職場に相応しくない声の大きさで素敵な朝の挨拶。そこからしばらく昨日のゲームについて話す。うまくポルトガル語が話せないのが悔しい。フェルナンドに携帯で撮ったムービーを見せると「ESPECIAL?」と驚き、自分の携帯で撮ったムービーを見せてくる。
ほぼ自分の席から横に数メートルの視点だった、もっと前の方だけど。フェルナンドは「俺はバンディエラなんだよ」と言って指差す。フロントのチェストにどでかいミネンセのエンブレムが入ったフラッグが置いてあった。
この朝からフェルナンドは名前で呼んでくれるようになった。ペシペシブログを打っていると、「オイ(oiは同じ意味なのだ!)、イチカーワ!」とか声がかかり、行くとテレビで昨日の試合のハイライトがやってたりする。
フェルナンドは「ファイナル、行くんだろ?」と聞いてくるので、行きたい、だけどチケットってどうやって買うの?と答えると自慢げに会員証を見せて、「俺が買ってやる」と頼もしい事を言ってくれた。
ただし、全てのガロファンがファイナルにはやってくるから、俺でもチケットを取れるかどうかは分からない。ダメだったら諦めろ。とも付け加えた。ムイント・オブリガード。
チェックアウトする時にメールアドレスを交換し、チケット状況が判明したらメールを送るとの約束を交わし、熱い抱擁を交わし、最後に「ガ~~ロ~~ッ!」の挨拶を交わし、ベロオリゾンテを発った。
本当に今回の旅では、ベロオリゾンテで何かが起きる。ベロ、ホリゾンチ。直訳すると「美しき地平線」。ビーチが無いけど、それ以上に愉快なガロ達がいるこの街が大好きだ。フェルナンド、チケット、マジで頼んだぞ!