『怪我をしていない脚で、試合に出たかった』


平素より、同志社大学体育会女子ラクロス部へ多大なるご支援と温かいご声援をお寄せいただき、誠にありがとうございます。
4年間、ラクロスに向き合い続けることができたのは皆様の支えがあったからだと引退を迎えた今、改めて感じています。
これからも、応援のほどよろしくお願いいたします。

改めまして、4回生MFの中尾希子です。
私のことを紹介してくれたよしは、本当に周りがよく見えていて気遣いと思いやりを持った行動ができる、素敵すぎる自慢の同期です。

ついに引退ブログを書く時が来てしまい、何を書こうか本当に悩みました。4年間の振り返りをしようかとも思いましたが、大学でラクロスをしてきて1つだけ消化しきれていないことがあるので、この引退ブログが自分の気持ちを整理する最後のチャンスだと思い、書き進めていこうと思います。自分の想いだけを述べた自分の為の文章になると思いますが、温かい目で読んでいただけると嬉しいです。




誰しもが言うことですが、この4年間は楽しいことばかりではなく、苦しいことしんどいこともたくさんありました。それでも大変な事にぶつかるたびに、「なんでしんどいのか」「どうしたらしんどくなくなるか」「その為にどうしたらいいか」を紙に書き出して、自分なりに向き合ってきました。ですが、向き合えずに考える事を避けてきた事があります。それはリーグ戦でのアクシデントにより呆気なくプレーヤーを引退したことです。

9月13日、リーグ第4戦の2Q、マンダウンになって1発目のドローでした。ここでドローを取り切ることが自分の役目で、なんとしても取り切る。そう思って挑み、グラボを追っている時に衝突してしまいました。ぶつかった瞬間にブチっという音が聞こえ、痛すぎて涙が止まりませんでした。それでも頭の中は意外と冷静で、自分はもうグラウンドには立てない、4年間の終わりをなんとなく悟っていました。そして病院についてから試しに足を地面につけた瞬間、電気が全身に走ったような、今までに経験したことのない痛みがあり、もう立つこともできないのかと笑うことしか出来なかったと同時に、もうプレーヤーとしての復帰は絶望的だろうなと覚悟もしていました。そのためか、前十字靭帯断裂、骨挫傷、半月板損傷という診断を受けてもショックを受けるより、そりゃそうだよなと納得していました。
後日別の大きい病院に行っても診断は変わりませんでした。先生から「復帰したとしても記念にグラウンドに立つくらいになる」という話を聞いた時、そんな出場の仕方はしたくない。そう反射的に思った事が決め手となって復帰しない決断をしました。
それからは日常を取り戻すことに精一杯で、他のことは何も考えられませんでした。それでもふとした時に、本当に復帰しない選択で良かったのか、何度も悩み、その度に100%の力を出せない自分が、絶対に勝たないといけない試合のベンチの一枠を取ってはいけない。この選択がチームのためなんだ、そう言い聞かせて自分の決断を正当化するための理由を探していました。
部活に行けるようになってからは、正直、みんながファイナルに向けて本気で練習に取り組んでいる姿を見る事がすごく恐かったです。自分の無力さ、もうプレー出来ない現実を突きつけられる気がして、部活に戻る事を憂鬱に感じていました。そんな自分を感情の起伏から守るためか、部活に戻ってからファイナル3準決勝までの日々は何も感じないように、深く考えすぎないように無心で過ごしていました。その為、本当にその期間の記憶がほとんどありません。ですが、自分がプレー出来ないからこそ、同期に対しては本気で「頑張れ!!」と応援していたし、後輩に対してもここまで同じ熱量でこのチームの為に頑張り続けてくれている事に感謝の想いが募っていく、そんな期間でもありました。
怪我の現実を受け入れ、もう仕方ないんだと言い聞かせてそれ以上何も考えないように過ごしてきた私が本当の想いと向き合ったのは準決勝で負けた時でした。
「試合に出たかった、怪我をしていない脚で試合に出たかった」
ベンチに戻ってくる選手を迎えながら、そんなどうしようもない想いが込み上げて来ました。
そして、負けた悔し涙を流す同期を見て、自分は何も出来なかった事に対する悔しさで一杯でした。
無理やりポジティブに考えたとしても、怪我をして良かったなんて言えません。ですが、私はどんなに今しんどいことや大変な事でも、いつか大きくなって振り返ったら、きっと笑い話になっている。そう思っているので、今はまだ笑い話とまではいきませんが、いつか乗り越えてこんな事もあったなと話せるようになると信じて、今は自分が出来ることをコツコツと積み重ねていこうと思います。




自分の想いだけを綴ったつまらない文章になってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
これから先、誰も同じ経験をしないことを願っています。

そしてここからは、4年間家族よりも長い時間を一緒に過ごしてきた同期と、ほとんど家にいない私をずっと支え続けてくれた両親に感謝を伝えさせて下さい。




同期のみんなへ
まずは4年間、本当にありがとう。
みんながいてくれたから、ここまでくる事が出来ました。1人1人しんどいことはあったと思うけど、それを乗り越えて行こうとしている姿をずっと同期として1番近くで見ていたからこそ、私も頑張らないと!と刺激をもらう事もあれば、くだらない話で爆笑できる幼稚すぎる一面もあって、そんなみんなと過ごす時間が本当に私の支えでした。
みんなと出会えて同期になれて本当に幸せです。これからもよろしくね!

両親へ
4年間、支え続けてくれて本当にありがとう。
私は自分の事をあまり話さず、しんどい事でもまずは自分で考えるからこそ、2人に話す時は自分一人では抱え込めなくなった時が多かったと思います。だからこそ余計に心配をかけてしまったと思っています。ですが、どんな時も私が弱音を吐ける場所であり続けてくれて、味方でいてくれて本当にありがとう。
色々な事があったけど、笑顔で終われたのは2人の支えがあったからだよ。

ここまで拙い文章を読んでいただきありがとうございました。

次にブログを書いてくれるのはうたです!
本人からの熱い要望もあったのでしっかり紹介しようと思います笑
うたとは高校からの仲になりますが、7年経った今でも入学式の日に話しかけて良かった!と思っているくらい仲良くなれて良かったなと思える人です!
そして、上からとかではなくて本当に良い意味で1番変わった人だと思っています!それはきっとうたの覚悟の表れで、4年間自分自身と向き合い続けてきたうたの事を本当に尊敬しています。
そんなうたのブログ、何を書いてくれるのか楽しみにしてます!