「百折不撓」

平素より同志社大学体育会ラクロス部に多大なるご支援をいただきまして本当にありがとうございます。結果として恩返しすることは出来ませんでしたが、皆様の応援のおかげで25チームはここまで走り切ることができました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。

きこから紹介を受けました、4回生DF61番のうたです。きこと出会っていなければ、私のラクロス人生は始まっていません。それだけでもう私の中で大きな存在ですが、人としての芯がしっかりしていて人望が厚く、ついつい頼ってしまうきこと出会えて本当に良かったです。

ずっと引退ブログオタクで、色んな人のブログを読んでは感動してきた私がついに、、という感覚です。
私は自分のマイナス感情とか悩みとか想ってることとかを、あまり人に話さないし伝えることが得意じゃないです。だけどこんな風に自分の思ってた事を残せる最後の機会だから、全部曝け出していこうと思います。笑
自分の経験から学べることとか、教訓とかは書いてません。ただ自分の想いを綴った拙く長い文章にはなりますが、お付き合いいただけると幸いです。


【1回生】
ラクロスは絶対続けないだろうと思って入学したのに、サークルの新歓はとにかく合わなくて、結果ゆうことかりんときこが入ったラクロス部に入ることを決めました。(りぃは後から入部)

入部したはいいものの、「経験者なのに下手です」周りにも自分にもそう言い続けていました。経験者という理由で、入部当初からBチームに入って練習していたものの、ミスするのが怖い、怒られたくない、Aに上がるとか以ての外。
歴代のBBの先輩方は1回生からAチームでリーグ戦出て活躍している中、「自分は違う」「私は下手だから」とただ決めつけてラクロスしていました。今考えたらとんでもない1回生です笑
本当にあまり言いたくはないですが、自分が下手でもぺあゆうこやりぃ、きこがいるから大丈夫だと思っていたし、ぺあゆうこはAで活躍してて、りぃは遅くから入部したも関わらずチャレリで沢山貢献していて、きこはほんまに普通クロス触るの初めてかってくらい上手かったです。私はチャレリすら出場機会は少なかったですが、危機感もあまり持っていなかったんだと思います。(もちろんいっちょ前に悔しい気持ちはありました)

実際にめちゃめちゃ下手で要領を得ない子だったと思いますが、根気強く教え続けてくれた当時のBチームのDFの先輩方には本当に感謝しています。先輩方のおかげでラクロス部に居続けることができました。

私達の代で唯一の優勝となってしまったオータムは、私以外の経験者とゴーリーのうなのおかげで勝てました。

だから、本気でやらないといけないって何かが変わったのは、ウィンターです。
ウィンターの予選、伏見桃山のグラウンドで私達は関学に初めて負けました。ぺあとゆうこが完全にマークされて、DFの私は1on1抜かれる、クリアで大ミス。そりゃ負けるわ、みたいな試合展開の中で、ぼんやりと、でも確実に、何もできない自分に対しての怒りがどんどん湧いてきました。
なんで何もできないのか、なんとかしようとしてこなかったのか。

そこから、ようやく人並みに努力をするようになりました。オフ日にグラウンド行って、暇な時に壁行って、動画見て。今考えたらそれは努力と呼べるか正直分かりませんが、、
まあ気づくのは遅すぎました。ウィンター決勝でも関学に負けて、私達の同期試合は幕を閉じました。




正直本当に頑張り出したのは、ウィンター終わった後です。絶対にこのまま2回生になりたくなくて、とにかく汚いパスキャッチのフォームを1から変えようと、鏡の前でひたすら素振りして、たまに先輩にパスキャの動画送ってFBいただいて、あとは壁打ち。
死にものぐるいで取り組んでたけどやればやるほど上手くなるものだから、本当に楽しかった!

【2回生】
最高にかっこいい先輩達にひたすら食らいついた1年。

春期間の間は一生、パスキャと1on1やってました。元々フィジカルも体力も走力も無かった私は、DFとして光る能力がありませんでした。だから考え続けました。上手い人の動画いーーーっぱい見て、何が違うのか毎日反省して次の日にやり方変えてその繰り返し。どうやったら勝てるか分からないATの先輩の1on1も、ひたすら動画を見て研究して、この人はこう来るから自分はこうする、頭で考えてイメトレをやってました。
そうやって少しずつ、自信がついていった。

AB分けが始まってもありがたいことにAチームに入れていただいて、関関同立戦以降はスタメンとして試合に出してもらうことができました。
なんでそこまでいけたのかは全然分からなかったけど、すごい先輩達が沢山いるんだから自分にできることを精一杯やれば大丈夫って思っていたし、実際そうでした。
先輩方は、Aチームに入った経験もなければ、そもそも試合にもあまり出たことがない私を沢山褒めて、うたなら出来るよ信じてるよって言ってくださいました。
今考えたら信じられないくらい幸せにラクロスしてた、、



(マウピ無くしてて簡易で出場した京大戦)

神様みたいな人達と一緒に試合して、自分の実力の無さを把握しきれなかったとか、もっと主体的に考えて発言しろとか、色々言いたいことはあるけど、この時の自分にはひとこと「よく耐えた」って言ってあげたいです。

そして2回生の秋に、DFリーダーになることを決めました。これまでの人生でリーダーなんて立場やったことなかったけど、Aチームで輝いていた先輩の姿を見て、今度は自分が引っ張ろうと思いました。
こんなこと書いてるけど、8割方は「まだやってないことをやってみたい!」って好奇心です



(23、24チームの大好きなDFの先輩方💕)

【3回生】
前年度とは一変し、自分に負け続けた1年でした。

最上回生として春に挑んだつま恋。ここで私は完全に「伝える」ことの重要性を軽んじて、自分の考えている事はちゃんとみんなが分かっているものだと思って、優勝に向けて突っ走ってしまいました。ここだけ書くと1人で暴走したみたいになっていますが、ゆうこと2人でメンバー分けや、どうやって選ぶのか、出すのかなどつま恋優勝を経てどうなっていたいのか沢山考えて大会を迎えたつもりでした。
私達の頑張りが伝わらなかった、とかそう言うことが言いたい訳ではなくて。全部「やったつもり」「考えたつもり」になって、結果チームとして1つになりきれないまま試合が終わってしまった事に対して、もっと自分たちが考えていることを話さないといけなかったし、聞かなければいけなかったと思っています。
これは4回生になってからより感じた事です。

そしてこの辺りから、どんどんラクロスが楽しくないものになっていきました。

よくある事だとは思うのですが、「失敗したくない」「失望されたくない」という考えが常に自分の頭の中にあって、それがずっと足を引っ張ってきました。
ましてや自分はサブリーダーという立場にあって、きちんと周りから実力で認められなければならないと考え、どんどんプレーするのが怖くなりました。全然発言も出来ませんでした。ダサすぎる。

そんなことばかり考えている選手が試合に出られる訳もなく、夏前にスタメンを外されました。

こんなにも情けないことがあるのか

ただただ自分のことが大嫌いになりました。「悔しくて寝れない」っていうのは漫画の中の話だと思っていました。蕁麻疹出るようになったのもこの辺からです。
自分への怒りと、全然上手くならない、上手くいかないプレーに対する焦りでいっぱいでした。
チームの戦力に必要じゃなくなっていく感覚と、リーグ戦を進める中で高まっていく練習の熱気や雰囲気についていけない気持ちで、毎日毎日練習に行くのが辛かったです。

間違いなくどん底にいましたが、ラクロス部を辞めてやろうとか、もう頑張れないとは全く思いませんでした。
試合に出場できる時間がどんどん短くなっていく中で、今の自分にできることは弱い自分をちゃんと受け入れて、少しずつで良いから強くなること。
絶対にこのまま諦めない終わりたくない。もう1度胸を張ってコートに立っていられる自分になる。自分なら絶対もっと上手くなれる。アホみたいに言い聞かせました。

そう思ってほぼ毎日、その日の練習でできなかったこと、課題のフットワークと走りながらのロンパなどなど、深夜の公園でカップルたちが座っている横で多分意味のわからないことを延々としていました
練習に行くのはめちゃめちゃ嫌だったけど、自主練している間はすごく楽しかったです。私はコソ練が好きなので!笑とにかく来シーズンを見据えて、活躍している姿を想像しながらやっていました。(現実逃避すぎるけど)
私は本当に本当に練習休みたいって思ったときは、自分専用のモチベアップ動画を見てなんとかします。自分より遥かに上手いチームとか人の動画を沢山集めて見ていたら、こんなプレーしたい!ラクロスしたい!ってなる✨

(そんな感じで自分自分していて、リーダーとして期待されていることの半分もできていなかったと思うのですが、それでも見捨てずに何度も相談に乗ってアドバイスし続けてくださったかれんさんには、今でも頭が上がりません。本当にありがとうございました!!)

話は変わりますが3回生の秋ごろ、本幹部を決める話し合いの中で、私は1度やると言ったDFリーダーを降りて、ゆうこにやってもらいたいと言いました。
理由はその時同期に話したことが全てで本心です。DFとして日本代表に挑戦し大会にも出場したゆうこは、私が知らなかったレベルの高いDFの知識や経験を沢山もっていました。2人でDFについて熱く語っていた時も、その話をしながらめちゃくちゃワクワクしたし、同志社でやりたいことも増えました。元々春幹部のリーダーとして、ゆうこを信頼していたこともあって、ゆうこの引っ張るDFを見てみたいし、自分が1番に理解して体現できる存在でありたいと本気で思いました。
リーダーでは無くなるからこそ、幹部が言ってくれた事を自分は絶対にするし周りに伝える、幹部外として今まで以上に発言する、組織について思った事を伝える、など自分が幹部外からできる事を沢山考えていました。

自分の弱さを目の当たりにして、毎日絶望しながら練習に向かっていた日々ですが、なんとか前を向いて進んだこの1年は、私にとっては大切な時間でした。この時間があって良かったと思える今があります。



(関西決勝でTRのあがくれたお花💐)

【4回生】
「やるしかない」って言い聞かせていた1年でした。

主力の抜けた同志社、歴代最弱。
そんなことは周りから言われなくても、自分達が1番よく知ってた。
うるさいなとは思ってましたが、、笑
だって私たちはウィンター勝てなかった、つま恋は表彰台にすら立てなかった。Aにいる4回生なんてめちゃくちゃ少ない。

それでも日本一になりたかった。
去年なんてその想いだけがあったからなんとかやってこれた。
今までのどの代よりも厳しい目標であることなんか分かってるけど、それでも想像したらめちゃめちゃ楽しいしやる気が湧いてくるんだから、私にとって日本一以外の目標はありませんでした。

当時も思ってたけど、今年は同期の中で私が1番楽させてもらった位置というか役割だったと思います。同期の中で1番ラクロスを楽しみました☺️
でも、だからこそ自分みたいな存在がどうやったらチームに良い影響を与えられるのかとか、幹部の3人が孤立しないように、横に立って一緒に引っ張る為にプレー以外でできることは何かとか、日本一を取るための行動を幹部が出来るのは当たり前だけど、幹部以外の4回生の行動や発言がめちゃくちゃ大切だと歴代の先輩方を見て思っていたから、そんな理想像と自分のあまりの不出来さに悩んだ1年でもありました。

そして25チームが始動。
私はキックオフmtgでの決意表明(?)で、「この1年で私が1番挑戦して1番沢山失敗して、そして絶対に成長する」と言いました。これは今まで、特に目の前の勝負から逃げ続けた去年の自分からの戒めであり、必ずやり遂げると決めたことです。

そのおかげで、キックオフしてから春期間の前半までは、今日もめちゃめちゃ失敗してやるくらいの気持ちで練習に入って、練習が終わったら動画見て細かく反省して、明日やること決めてまた練習という日々がひたすらに楽しかったです。




でも春期間の後半から、試合とか練習試合も始まっていって、今まで勝ててきた相手にすら勝てないことは想像以上にしんどかったです。
1回も勝てなかった関東遠征、準優勝のスーパーカップ、本格的にやばいと思った立教との同立戦。上手くいかなかった試合をあげればキリがないです、、4回生スタメンとして、この不甲斐ない結果はほんとに全部自分の下手さに起因してると思っています。自分が2、3年生の時に見てきたような安心感を与えられる先輩にはなれていなくて、後輩達にもずっと申し訳なかった。

弱い同志社、弱い自分
なんとかしないと、何をすればいい
自分が上手くならないとなんでこんなに下手なんだ
毎日情けないでもやめてはいけない
偉そうに修正出す癖に自分は出来ていない
自信がない、私は上手くない

おい、覚悟どうしたってくらい何回も逃げたくなりました、、
でももうやるしかないから、私にはもう最後だから、決めたからそんなマイナスなことを考えても仕方がない。
私にはなにができるのか、まずアップの声出し、フットワークは必ず全力で、リーダーが置いてくれてるポイントを1番意識する、周りにもさせる、思ったことは発信、練習動画は必ず毎日見てコメント
当たり前のことすぎて誰にも伝わっていなかったかもしれないし、ただの自己満だけど、自分の行動ひとつひとつが、このチームの勝ちに繋がるように、振り返った時に後悔しない一瞬を過ごそうとしてきました。これだけは必死でやってきたつもりだけどもっともっと出来ることはあったと思うから、来年以降自分と同じような立ち位置になる後輩はもう死ぬ気でやってみてください。

開幕戦からfinal3までは、記憶が断片的にしかありません、、笑
最高に楽しかった開幕戦から、組織が崩れていって、こなつやゆうこやぺあや幹部が沢山動いてなんとか保って、2回目の合宿から挑んだ関大戦負けたけどなんか希望は全然あって、こっからさらに追い込んで頑張ろうと思ってた矢先に、同じく4回生で私の心の支えだったきことぺあが大怪我をしました。立命戦と近大戦は、2人が抜けた以降の記憶がありません。平常心を必死に保とうとしたことだけ覚えています。
正直このことを書くか迷ったし、本人でもないのに語るのはどうかとは思いましたが、私がラクロスをするうえで、特に一緒に悩んで共に戦ってきてくれた(と思っている)2人だから、私にとっても大きな出来事なので、書くことにしました。

2人がいなくなったチームはめちゃめちゃ心細かったです。喪失感しかありませんでした。
けどきっと私よりもゆうこやひいろの方がずっとダメージを受けているだろうなとは感じてたので、絶対私がそんなことを言ってはいけないと思っていました。そしてポジションは違うけど今まで以上にできることを探して、2人の穴を自分がどうやって埋めるかを考えるようにしました。自分のDFスタイルを変えるべきか血迷い、試合直前の1on1のメニューで今までにないくらいすこ抜かれされまくった時もありました笑(DF陣ごめんねいつもフォローしてくれてありがとう)

ただこの辺りから、日本一がますます見えなくなって、とにかく今ある状況の中で次の試合を勝ち切ることに必死になってしまい、率直に言うと自分の中で日本一を見据えることが厳しくなりました。
それでも勝ちたいと思い続けてきただけに、final3での負けに対しては、やり切れない思いでいっぱいです。これがこうだったらとかで割り切るのは簡単ですが、私はそれが出来るタイプではないです。
私達が関大よりも弱かった。だから負けた。
一生忘れられないんじゃないかと思うくらい、今でも消化しきれていません。
大学での4年間のラクロスは、ここで終わりました。色々あったけど楽しかった、とはまだ言えません。

だけど、この4年間で何回心をへし折られても、前を向いて次にやることはなにか、どうなりたいのか考え続けてきた自分をほんのちょっとだけ認めてあげたいです。




このチームに降りかかった逆境の9割は幹部の3人(こなつぺあゆうこ)が受けていました。裏で沢山動き続けてくれていた主務や春幹部もいます。
ひっくり返っても勝てないくらいすごいです。

それだけじゃなく、私より断然苦しい状況の中でも頑張り続けているすごい人達が、同期にも後輩にもAB関係なく沢山いるから、私が頑張らなくてどうするって思うことができました。

このチームにいる全員を心から尊敬しています。25チームに居てくれてありがとう。

軽くですが、感謝を伝えさせてもらいます。

【同期】
1人1人へ言いたいことがバラバラすぎて上手くまとめられないので、手紙で伝えます!笑

【Aチームボトム陣】
誰よりも信頼できる同期だと思っているかほと、下っぱムーブしておきながら1番思想強くてでも頼もしいまりこと、マイバディりぃさんと、ひたすら可愛いまうちゃんと、関西屈指の最強ゴーリーのあつこあかり!!(あと突然現れた存在が癒しのあきこ)
安定して平和で楽しかったー!!本当に大好きだよありがとう💕
まりこのシュートシーンとかあっちゃんのスーパーセーブとか保存しちゃうくらいみんなのファンだから来年も楽しみにしてるよ✨

【後輩ちゃん達】
普段からあんまり伝えるタイプではないけどとにかく大好きです。上手くいかないことの方が多かった25チームの中で、プレーで引っ張ってくれる人、私達と同じくらい悩んで現状を変えようとしてくれた人、沢山成長を魅せてくれた人、プレーできなくなっても貢献しようとしてくれた人、スタンドでどんなチームよりも声出して応援してくれた人、朝早くから毎日部荷物やってくれた人、毎日辛くても坂登って練習来てこのチームに居続けてくれた人
全員の存在が本当に大切でした。
何を言われても、本当に私の誇りであり大好きな後輩達です。ありがとう。

【DFコーチのお2人】
さちよさん
正直4回生になっても、自分のプレーに自信が中々持てなかった私にとって、「うたは上手い!」ってさちよさんが言ってくださることが本当に嬉しかったです。さちよさんと一緒に同志社のDFを作れたことは、私のラクロス人生の大切な思い出です。本当にありがとうございました。
もとなりさん
毎日のようにグラウンドに来て、練習に入って沢山のことを教えてくださるDFコーチは、全国的にも中々いないんじゃないかと思います。同志社ラクロスに来てくださって本当にありがとうございました。もとなりさんがいなかったら4回生の何人かは今頃潰れてます笑
かほまりこの引っ張る最強DFを来年もよろしくお願いします!!

【家族へ】
まず、遠い徳島の地からほぼ毎試合オンラインでも現地でも見に来てくれて、どんな結果であっても必ず褒めて励ましてくれていた、私の1番のファンである祖父と祖母に心から感謝しています。ずっと応援し続けてくれ、支えてくれた2人の存在は私にとってすごく大きいものでした。
また私の補食入れからは、際限なく美味しい物がでてくることは、同期のみならず後輩も周知の事実ですが、全て母の力作です。笑朝早い時間から起きて朝ごはん作ってくれて、洗い物もお弁当も何から何までやってもらいました。そのくせに心配ばっかりかけました。いつになったら恩返しできるのやら、誰にも負けない最高の母です。そして父は、どれだけ朝早くてもお願いした日は必ず車で送ってくれました。忘れ物も届けてもらいました。(謝罪回避)陰ながらずっと応援してくれていること、本当に感謝しています。
えっと1人飛ばして、私の大好きな妹は、夜中の公園練習にたまに付き合ってくれて、試合前日には我慢して1人で寝てくれて、年の離れた妹なんて居るだけでも可愛いのによくできた子です笑笑
多分ちょっとは応援する気持ちもあった、かもしれない弟も含め、私が7年間ラクロスを続けてこられたのはチーム家族のおかげです。ありがとう。

4年間のラクロス人生は、かけがえのない大切な思い出ばかりです。大学生活をラクロスに捧げたことに、後悔はありません。

これにて、私の長い思い出録を締めくくらせていただきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

次にブログを書いてくれるのは、最近ジム活を頑張っている海外ガール、まほです!
普段から明るく強く後輩や同期に接するまほですが、留学やBリーダーを経験し沢山頑張ってきた人でもあります。
そんなまほのブログが早く読みたい!!楽しみにしてます🤭