あの未曽有の災害から、こんなに時間が経ってしまうとは信じられない気持ちでいっぱいです。
今日3月11日で、東日本大震災と福島原発事故から15年経ちました。自分にとっては、もうそんなに経ってしまったのか、という思いが強いのですが、被災者の皆さんにとっては、節目でもないし、通過点でもないのかもしれません。特に津波等で家族や親戚、知り合いなど、大切な人を亡くした人にとっては、辛い気持ちを抱えながら生活しているに違いありません。
3・11に合わせて、新聞やテレビなどのマスメディアで、この東日本大震災と福島原発事故の特集をしているようですが、年々どことなく扱いが小さくなっているように感じてなりません。中東情勢やガソリンの価格など、震災以上に気になることがあるのも事実です。どうしても目の前の生活に関わることに目が行きがちになってしまいます。とは言え、15年前の震災と原発事故を風化させてはいけないと思います。
東日本大震災の死者行方不明者は合わせて2万2000人以上に上り、警察庁によると、現在も行方不明になっている人が2519人に上るそうです。15年経ってもこの数字。いかに震災による被害が大きかったかを物語っているように思います。そして、今も避難を余儀なくされている人は2万6281人に上るそうで、中でも福島県は、福島原発事故で避難している人が多いことから、2万3405人に上るそうです。
福島県には、今も帰還困難区域が設定されているところがあって、自宅に帰りたくても帰れなかったり、帰るのを諦めたりした人が多いようで、世界最悪レベルと言われている福島原発事故を起こした東電を許せない、という人も多いに違いありません。そんな被災者の気持ちなどお構いなしに、東電は、新潟県刈羽郡刈羽村の柏崎刈羽原発の再稼働に踏み切りました。あれだけ大きな事故を起こして強制的に避難を余儀なくされた人が大勢いたのに、臆面もなくどうして原発再稼働を平気で行ったのか、東電の図太い神経を疑います。そして、そんな東電の姿勢をどうして国や新潟県が容認したのかも理解できません。
太陽光発電や風力発電など、クリーンなエネルギーをどうして増やさないのかも気になります。もちろん、どの発電方法も一長一短あるけれども、短所ばかり気にして、安易に原発に頼ったようにしか見えません。
結局、東電の上層部の人たちは、金、金、金、そして原発、原発、原発ばかりとしか思えません。原発事故の賠償を原発再稼働に頼っているようにしか見えず、あまりにも安易で本末転倒のように思います。
何十年もかかると言われている廃炉作業も終わりが見えない中での原発再稼働。このままでは、新潟県でも原発事故を起こしかねない恐さを感じます。
東電は、原発事故を反省していないのは明々白々で、原発事故の被災者の気持ちを逆なでしているように思います。こんな東電の姿勢をいつになったら改めるつもりなのでしょうか?
そんなことを考えた今年の3月11日。例年と変わってないじゃん、と言われてしまえばそれまでですが、個人的には、そんなあまりにも頑なな東電の姿勢には我慢なりません。
いつになったら原発を止めるつもりなのでしょうか?
結局今年も、津波の被害よりも原発事故についての記述の多い記事になってしまいました。個人的はどうしても津波よりも原発事故のほうに関心が向いてしまいます。綱井の被害について軽視しているわけではないのですが、軽視しているとお思いの人には申し訳ありません。
改めて東日本大震災と福島原発事故でお亡くなりになった皆さんのご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます。