温故知新も時には必要「小説吉田学校」 | 流浪の民の囁き

流浪の民の囁き

映画を通した過去・現在・未来について、なぐり書き

解散が決まって「政権」が交代しそうな情勢の日本だが、こと権力というものの中で

メディアの占める割合は、国民に伝える役割からも大きいのだが、そういった公共の

意識が強いかといえば、これがあまりにも「しょぼすぎて」唖然としてしまう。

それでも「権力の暴走」は、今回も発揮されるのだろうか・・・。


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長い裁判にようやく決着がついた。「国民の生活が第一」の小沢一郎代表の政治資金収

支報告書の虚偽記載をめぐる裁判である。東京高裁の小川正持裁判長は12日、1審の

無罪判決を維持し、控訴棄却を言い渡した。
「本件控訴を棄却する」と裁判長が告げると、小沢代表は顔色を変えないまま、ゆっくり

一礼した。晴れて小沢の無罪が“決まった”わけだが、歴史家はこの日のことを特記すべ

きだ。
これは紛れもない国家犯罪だからだ。“加害者”は司法検察、マスコミ、そして、その裏

でいつもチラついていたのが民主党執行部だ。3つの権力が寄ってたかって、小沢一郎

という政治家を葬り去ろうとしたのである。
「小沢さんがなぜ、やられなかったか。自分がこの闘いに負けるわけにはいかない、とい

う岩のごとき信念があったからですよ。国家というのは、国民の生活を守る責任がある。

政治家には品性が求められ、政治が果たすべきは正義です。
小沢事件は、すべてをひっくり返してしまった。しかも、権力の側がこれほどおかしなこと

をやっているのに、メディアは批判するどころかお先棒を担ぎ、他の政治家も知らん顔で

す。こんなデタラメを許していいのか。そういう気持ちが小沢さんを支えていたわけで、無

罪判決が出た以上、今後はきっちり、落とし前をつけてもらう。小沢事件の徹底検証が必

要になってくると思います」(ジャーナリスト・渡辺乾介氏)
2008年11月の西松事件をスタートにすると、小沢の闘いは4年に及んだことになる。

この国の権力がどれだけ腐敗しているのか。それを明らかにしなければならない。


http://gendai.net/articles/view/syakai/139584



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天声人語

もう立冬は過ぎたけれど、中国の古い詩をひとつ思い浮かべた。〈秋風(しゅうふう) 

蕭蕭(しょうしょう)として 人を愁殺(しゅうさつ)す〉と始まる。
秋の風がひゅーひゅー吹いて、人を愁いに沈ませる、と。そのあと〈座中の何人(な

にびと)か 誰(たれ)か憂いを懐(いだ)かざる〉などと続いていく
▼この秋風を「解散風」に置き換えると、民主党議員の胸の内に思いがいたる。

政界はここにきて、いよいよ風が吹きだした。
だが、野田内閣の支持率は本紙調査で2割に届かない。加えて党が再分裂含みと

きては、誰か憂いを懐かざる、となろう
▼片や、解散を引き出したい自民党は「北風」から「太陽」に転じた。審議拒否といっ

た強硬策ではなく、赤字国債法案などに協力して環境を整える。
風で吹き飛ばすより、温めて上着を脱がせようという策が、じわりと効いてきたようだ
▼夏以来このかた、「近いうちに解散」の「近いうち」をめぐって不毛な反目を見せら

れてきた。
内外順風の時ではない。民意を問う仕切り直しがずるずる延びては、国の舵(かじ

)取りもままならない
▼今の政治を、戦前の2大政党時代になぞらえる人が多い。民政党と政友会は党

利党略の争いを繰り返した。
首相はころころ代わり、閉塞(へいそく)感から民心は政党を離れ、軍部が政治を牛

耳ってしまう
▼決められない政治は苛立(いらだ)ちをもたらす。だが、威勢よく決めればいいも

のでもない。よく決めて、ほどよく立ち止まる。そんな熟思の政党がいい。
気を取り直し、あらためてポケットの一票を研ぎ澄ます、この歳末になりそうだ。

asahi.com 2012年11月13日(火)付
http://www.asahi.com/paper/column.html



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衆議院が16日、解散された。民主党が大勝した前回の総選挙から3年余り。有権者

は政権交代をどう評価し、政治に何を期待するのか。街頭で話を聞いた。
 「民主党は公約で期待させて何もしない言い訳の党」。3年前に投票した倉吉市上

井の会社員女性(38)は酷評する。小学生の子どもが2人おり、関心は子育て支援と

原発対策。しかし、子ども手当のてんまつや福島第一原発の事故対応に期待を裏切

られたと感じている。
12月の選挙も「年末の忙しいときに、自分たちの勝手で椅子取りゲームをしている」。
鳥取市で製造業を営む男性(59)はこの日、国が休業手当の一部を事業者に補助

する制度の申請のため、ハローワークを訪れた。
ここ数年、県内経済の地盤沈下を肌で感じる。3年前の総選挙で支持したのは自民党。
「ばらまき政策であふれた民主党のマニフェストに信頼が持てなかった」。ただ、自民

党がどう変わったかも見えてこない。
「自分たちみたいな中小企業の苦しさは増すばかり。自分の給料を削ってでも従業員

の雇用は守りたい」。もう政治への期待感はない。
岩美町洗井の農業男性(79)は、3年間の民主党政権について「マニフェストになかっ

た消費税が急に出てくるなど、言ってきたことと、やったことの違いが大きかった」と話す。

前回投票した自民党にも「政権をとるなら今のままではダメ。
もっとしっかりして欲しい」と厳しい。総選挙の争点にもなる環太平洋経済連携協定

(TPP)については「入るにせよ、その影響と効果をしっかり示して、農家も光が見える

ようにして欲しい」と話す。
就職活動を控えた鳥取大学工学部の3年生男性(21)は、公務員志望。同じ学科でも

2、3割は公務員志望という。
「不景気の中、民間企業で働いても不安」。投票権を持って迎える初めての国政選挙

だが、「今の政治には期待や、魅力を感じない。投票に行くだけの価値があるのか本

当に疑問だ」。日南町に住む年金生活者の男性(84)は一人暮らし。前回は民主党

に期待したが、今回はどこに投票するか迷っている。
「与野党が協力して国難に立ち向かわなくてはならないこのタイミングで解散はいか

がなものか。
民主党も自民政権時代の尻ぬぐいばかりさせられて気の毒な面はあったが、真っ正

直すぎて失敗が多かった。
戦後復興を支えた年金暮らしの高齢者にもっと優しい政治をしてほしい」と話す。


朝日新聞
http://mytown.asahi.com/tottori/news.php?k_id=32000001211170003



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見出しの「侮辱」とは極めて強い言葉です。ひどい扱いを受けた者の発する言葉です。

政治にせよ、原発にせよ、私たち国民は、侮辱されてはいないか。
手元に一通の手紙があります。学校で国語を担当されていた元先生からです。

この夏、東京であった脱原発の市民集会に出かけた時のことが記されていました。
こんな内容です。
…何人もの演説の中、一番心に響いたのは作家の大江健三郎さんが述べた「私たち

は侮辱の中に生きている」という言葉でした。

■大江さんのスピーチ

その言葉は、大江さんも紹介していたそうですが、福井生まれの昭和の作家、中野重

治の短編小説にある文句です。中野はプロレタリア文学で知られ、大戦前の思想統制

では自身も激しい国家弾圧に遭っています。
その短編小説は、昭和三(一九二八)年、全日本無産者芸術連盟(略称ナップ)の機関

誌に掲載された「春さきの風」。検挙された同志家族をモデルにしています。
思想をとがめられた検束で父とともに母と赤ん坊も警察署に連行される。その赤ちゃん

の具合が悪くなる。ろくな手当ても受けられずに亡くなってしまう。母親はもちろん医師

を頼みましたが、無視された。理由のない平手打ちを受けるばかり。
小説はそれらの動きを、きびきびとした文体で描き、最後は母親が留置場の夫に手紙

を書く場面で締めくくられます。
母親は砂を巻く春風の音の中、死んだ赤ん坊はケシ粒のように小さいと思う。そしてこ

う書く。
「わたしらは侮辱のなかに生きています。」(「中野重治全集第一巻」筑摩書房より)
中野重治が実体験として記した侮辱という言葉、また大江さんが原発に反対する集会

で引いた侮辱という言葉、その意味は、もうお分かりでしょう。

■デモクラシーの軽視

権力が民衆を、国家が国民を、ほとんど人間扱いしていないのではないかという表現

にちがいありません。
つまり倫理違反なのです。
先日、東京電力は、原発事故時のテレビ会議記録を新たに公開した。二回目の公開

です。
その中に自家用車のバッテリーを集めるというやりとりがありました。原子炉の圧力が

上昇し、蒸気逃がし弁を動かすためバッテリーをつないで電源を確保しようというので

す。しかも足りなくて買うお金にも困る。
備えも何もなかったわけですから、社員らの苦労も分かります。しかし、これを知った

福島の被災者らはどう思ったでしょう。
東電も国も、その程度の取り組みと真剣さしかなかったのか。住民の守り方とはその

ぐらいのものだったのか。言い換えれば、それは侮辱に等しいでしょう。
侮辱は継続しています。しかもデモクラシー、民主主義の軽視という形で。
原発で言えば、大飯の再稼働はろくな検証もなく、電気が足りなくなりそうだという理

由だけで決まりました。国民の安全がかかわる問題なのに、これほど非民主的な決

定は前例がないでしょう。
沖縄へのオスプレイ配備も、米兵事件に対するその場しのぎの対応も侮辱にほかな

りません。国家が人間を軽視している
のです。
原発から離れれば、一票の格差を放置してきた国会とは、デモクラシーの不在も同

然です。立法府だけではなく、最高裁が「違憲状態」と判示しつつ、違憲であると踏み

込めなかったことは、憲法の番人としての責務を果たしえたか。疑問は残ります。
今の政治には、ほとほとあきれたと多くの人が口にします。それはおそらくはデモクラ

シーの軽視に起因していることで、国民は自分の権利の蹂躙(じゅうりん)を痛々しく

感じているのです。政治に侮辱されていると言ってもいいでしょう。
その状況を変えるには、何より変えようという意思を各人がもつことです。デモや集会

はその表れの一つであり、選挙こそはその重要な手段です。

■戦うべき相手はだれ

冒頭の国語の先生の手紙は今、自分の抱える恐ろしさをこんなふうに表していました。

…(中野重治の)戦前と違って現代は戦うべき相手の姿が明確に浮かび上がらない分、

かえって恐ろしさを感じます…。
戦うべき相手は広範で、しかも悪賢く、しっぽすらつかませないかもしれません。

政財官などにまたがる、もやもやとした霧のようなものかもしれない。
しかし、こう思ってその相手を見つけようではありませんか。一体だれが私を侮辱して

いるのか、と。私たち自身の中にそれは忍び込んでいないか、と。投票の前に見つけ

ようではありませんか。

(中日新聞・社説)

http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2012111802000084.html

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どこかひん曲がった論調が特徴の報道機関ものを貼り付けてみたが、如何せん

引っ張っているものが自己都合のものばかりと来ては、素直に読める代物ではない。

何しろ三年前の「政権交代」の幻想を作り出した元凶が、こういったメディアなのだから

余計に手厳しくまた「疑いの眼」を持たないと、悪夢の三年間が繰り返されそうだ。



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自分達に都合が悪ければ、底意地の悪さを発揮する日本のメディアには辟易である。


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11月16日放送のTBS『みのもんたの朝ズバ!』で、NHKキャスターの痴漢行為を、
ニュースとして流す中で、なんと私の顔写真が写し出されたそうです。
ネットの指摘で明らかになりました。
その日はまさに解散の日。
ネガティブキャンペーンがいよいよ始まったのでしょうか?
もし事故なら私のところに謝罪があってしかるべきですが、何もありません。
「はい、先ほど、あの関係のない映像が出てしまったという事ですが、大変失礼しました。」
と番組内で女性アナウンサーが言ったきりです。
かつてTBSは、私が前回の総裁選に出た際、
「731細菌部隊」の報道のなかに私の顔写真を意図的に映り込ませる
悪質なサブリミナル効果を使った世論操作を行いましたが「・・・またか。」との思いです。
これから1ヶ月こうしたマスコミ報道との戦いです。
私は皆さんと共に戦います。

http://www.facebook.com/photo.php?fbid=267148453408605



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10 :名前をあたえないでください:2012/11/17(土) 23:40:31.70 ID:8S8ghbNW
自民の敵は民主じゃない。
朝日をはじめとする外国系マンせーマスコミだ。
こいつらを徹底的に粉砕しないと日本の夜明けはない。
とりわけ朝日がひどいのでまずは朝日新聞をターゲットに朝日を潰すことに専念し

ましょう。
とにかくひどい新聞社です、日本にとって。
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まぁ、的は誰だと問い掛けられれば、上の掲示板の書き込みのように、敵は日本のマス

コミと答えるのが正解になってきそうである。


そんなことで「温故知新」なんてことで、こんな政治家の映画もまた良しでは・・・。



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http://www.youtube.com/watch?v=FA3arK3HmQo&feature=related

「小説吉田学校」 八十三年公開作


吉田茂を森繁が演じて、その辣腕とワンマンな手法を軽く描いている。

時代は終戦後まもなくの「独立」への野望燃える時だから、軽く上辺だけを

描いてもなかなかに面白いものとなっている。

特に権力争いと数合わせの裏工作とかの辛辣なやり取りは、今と同じで

注進とコウモリと「意気に感じる理想家」と現実主義といろいろな個性のぶつかり

あいとしているから、こういう時代の後に日本の再生もあったと思えて、なんとも

そんな中で皆が皆公然と言い放つのがマスコミは「嘘つき」と罵るところで、共通認識

と相成っているところには、今よりずっと政治家に見識があったと見るべきか。

何より自分の思ったことに邁進する姿勢は、善きにつけ悪しきにつけ「生き様」の提唱

はコウモリのように「右往左往」する政治家よりは立派である。

最初こそ理想的な政治家も、権力の魅力に吸い込まれるかのごとく抗争を繰り返し

そこに娘の反対意見で「悟る」とかの演出は史実か否かを鑑みなくとも、引き際の大切

さも判っていたと解釈でき、権力から滑り落ちた後の安堵感の表情が冴えていた。

それなりに脚色されたものであろうが、この娘役の夏目雅子の役どころは、暴走する

ワンマンに取っては一種の良心の帰結先と見て取れて、いい演技をしていると・・・。


翻って今日の政権与党の惨状は、先への展望をいい募るでなく「言い訳」に終始し

その上政策でなく野党攻撃とかでは、国民の信任を得る術を放棄しているようである。

まして「沈み行く船から脱出するかの政治家」では尚更ではないのか。

一言で言えば「見っとも無いったら、ありゃしない」となりそうである。


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博士の独り言 -マスコミが絶対に伝えない「日本の真実」-/島津義広
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                           といったところで、またのお越しを・・・。