マッド・サイエンスを駆使して、人間の尊厳を踏みにじる「フーマンチュー」も博士であり、
自分の知識の悪用とはいえ、悪辣な行為に対して自らが改心することなく、推し進める
神経に、バランス感覚を持つ人々は嫌悪するが、ではこんな少し未来志向からの人の
道を踏み外した博士は、どう思うのだろうかという、映画が「エンブイヨ」である。
http://www.youtube.com/watch?v=Akg--EhpXYk
「エンブリヨ」 七十六年公開作
この映画の主演は、ロック・ハドソンである。「ジャイアンツ」とか「武器よさらば」五十年代には
それこそ飛び鳥を落とす勢いで、強いアメリカの象徴のような存在だったが、七十年代のニュ
ー・シネマの台頭と共に、人間の尊厳、倫理観、及び先端科学の恐ろしい結末と、暗い世相を
反映したような社会的関心事に重きをおいた作品が主流を占めると、出演する映画は極端に
減って、七十年代最初に出演したのが「因果応報」な宗教観を滲ませたようなこの映画である。
そしてこの後は五十年代の輝きは失われ、男前という言葉が似合うハンサムと呼ばれる俳優
から八十年代にエイズ発症で、ホモセクシャルであったと、カミングアウトして、八十五年に亡く
なっている。
そのハドソンがこの映画に出演する気になったのは、監督のラルフ・ネルソンというところもある
のではないだろうか。この監督「ソルジャー・ブルー」というネイティブ・アメリカン、インディアン虐
殺の史実を撮った監督だが、それ以前「チャリー」邦題「まごころを君に」を撮った監督である。
そしてこの映画「エンブリヨ」も、多分にチャリーに設定は似ているのである。
だが、残念ながらこの作品は最終的な悲劇に導きたいのは分かるのだが、如何せん脚本が悪い
のか、B級の域を出ていない。
まず、オープニングの胎児のシルエットと、霧に霞むドライブで犬を、それも妊娠していた犬を跳ね
飛ばし、瀕死の犬を連れ帰り、延命に懸命になる人道的スタートで、理知的で人権意識もしっかり
した理想的な博士と、つかみはオッケー的であるが、胎児の映像はおどろおどろしく単にホラー的
にしか見えない。
そして自身の妻の早産で、胎児が死ぬあるいは短命に終わるのを食い止めるべく、新薬開発に没
頭し、犬の一匹だけ生き残った子犬に投与してみると、その成長促進剤は効果てき面で、ぐんぐん
成長、それも知能が抜群とスーパードックとなる。
その反面、空恐ろしい凶暴性を身に宿すという副作用が・・・。
しかしそのことに気付かない博士は、新薬の特性を人間のために役立てたい、その一心で病院の
医師に「死にそうな妊婦」の斡旋を頼んでしまう。
そして都合良く自殺した十代の妊婦の五ヶ月の胎児を貰いうけ、早速新薬投与。
それは驚くべき効果で、一ヶ月でなんと成人、それも妙齢の女性と相成ってしまう。
犬でも頭脳的効果は発揮されていたのであるから、この成人した女性は驚くべき頭脳で、どんどん
知識を吸収していき、チェスをしても名うての相手を負かしてしまう。この相手が猿役者で有名なお方
であるが笑える。
と、まるで新人類誕生であるが、喜んでばかりいられない。
成長促進は止まらない。するとそれを抑えるべく再び抑止剤を投与、それで一旦は成長が止まるが、
頭脳明晰な新人類は、自分の思考で成長を止めるにはと、あの猿役者を訪ね、コンピューターを操作
して「五ヶ月の胎児の脳髄液」の答えを導き出す。
ここらはもうスーパーコンビューターが登場してしまうご都合主義、第一被験者一人のデーターがない
のに導き出される答えがあるはずもない・・・。ってな、突っ込みはロック・ハドソンのあるいはこの女性役
のバーバラ・カレラの熱演だからしないで、カレラはここで副作用で育った凶暴性を発揮して、先ずは自
分を怪しむ博士の手伝いをする女性を、心臓発作を起こさせ殺してしまう。
そして五ヶ月の胎児を求めて・・・。
その頃、亡くなった先妻との間の子、息子を訪ねていたハドソンはその知らせに飛んで帰ってきて、検死
官から聞かされる「殺人」の二文字で、カレラに疑いの目をむけ、その上、息子の妻が妊娠五ヶ月と、ここ
もすんばらしく都合よく、その妻をカレラ、役名はヴィクトリアに狙われることになる。
心配した息子はあえなくヴィクトリアに殺され、車で逃げるヴィクトリアをハドソンが追い、カーチェイスの果
てヴィクトリアの車が横転・炎上、しかし不死身のヴィクトリアは成長が続き白髪に老婆になって車から這
い出てくる、それに息子を殺されたハドソンが半狂乱になり、棒で殴り殺そうとする。
それを駆けつけた警察官に止められ、ヴィクトリアは救急車で病院に、そのヴィクトリアのお腹には博士の
子が宿り、成長促進でスクリーンが黒くエンディングとなると、赤ちゃんの泣き声が響いてくる・・・。
と、さて、珍しくストーリーを書いてみたが、サスペンスもあり、生命への問題提起もあり、副作用の恐ろしさ
もあり、家族愛もあり、で、妙齢な女性への中年男のよろめきもありと、詰め込んだものの、すべてが中途
半端で、最後の老婆に至っては悲劇が、笑えるホラーになっている。
監督が意図したものなら、見事な出来損ないホラーだが、あの「ソルジャー・ブルー」のアメリカの残虐性を
これでもかと描いた監督と、「アルジャーノンに花束を」の鮮烈な瑞々しさは、消えうせてマッドな博士の「異
常な偏向した愛情」と被験者の哀しみも、呆気に取られて消えうせて仕舞う・・・。
ただ考えてみれば、こういった期待はずれの映画でも題名「エンブリヨ」をそのまま使わず、、「哀しみのヴ
ィクトリア」なんて邦題にしたら、そして副題に「博士の偏愛によって成長してしまったヴィクトリアの運命は」
なんてのにすれば、客が間違って入りそうだ、あの大蔵貢並のはったりがない分だけ、良心的?・・・。
- エンブリヨ
- ¥3,591