七十年公開作の「怪談昇り龍」なのだが、これは勿論監督を務めた
石井輝男にとっては同時公開年の「昭和残侠伝 死んで貰います」
へのあてつけ、あるいは・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=cFdEgzqiZAw&feature=related
七十年公開作 「怪談 昇り竜」
石井輝男という監督は、東宝、新東宝、東映、日活と渡り歩くうちに
どんどんエロスを極めた映画に携わるようになって、スタッフに不評で
七十年以降、大奥あたりからピンク映画の監督という評価しか受けなく
なったが、近年六十年代の作品がカルト的人気を博し、見直された監督
である。
この当時、石井は高倉健の代表作となる「網走番外地」を撮っているのだ
が、それと平行した「昭和残侠伝」の佐伯清監督との違いに自分で忸怩た
る思いがあったのではないだろうか。
佐伯のシリーズは「日本侠客伝」以降、大衆受けし昭和残侠伝でピークに
達していた。
何より同じ道を歩む二人である。東宝、新東宝、東映とくれば、同じ立場で
あれば、意識したものだろう。
東映はヒットに気を良くして共演していた藤純子を主役に抜擢し「緋牡丹博
徒」を制作し始めるが、おはちは回ってこない。
そして「昭和残侠伝」は佐伯からマキノ雅弘へとパトン・タッチされている。
そのマキノが撮ったのが「死んで貰います」である。
それならばと思ったかどうか石井が日活で撮ったのが「怪談 昇り竜」、これ
はストーリーも歌もモロなパクリである。で、それだけではどうしょうもないの
で、ごった煮のようにお得意のフリークス達の登場と相成り、大蔵貢ばりの
題名となってしまう。
しかしここでは流石に主役に抜擢した梶芽衣子の凛とした美しさが、いかがわ
いしい映画を救っている。
また対立構図に、以前自分が危めた少女が盲目となって対峙するという、以後
の作品に影響を与えるインパクトがあった。
に、しても女の歌う「義理と人情」は、けだし響くものが・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=mMlONL-BR2M&mode=related&search
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七十三年公開作 「修羅雪姫」
梶芽衣子の前作を踏襲した作品となる。藤田敏八監督作
ここらは外国映画にも、相当なインパクトを持って影響を与えている。
にしても、やはり石井が梶芽衣子の魅力を引き出さねば、この映画もなかったろう。
この石井は、それこそ新東宝ではさまざまなジャンルをこなしている。
そして「網走番外地」の悪党達ののたまわりと渇いた感性は、これ以後ヤクザ
映画に、「侠客」の湿った日本の情緒を打ち消す作品が大挙して訪れることに
なるのだから、先見の明があったのか、なかったのか・・・。
さてさて、日本の映画が見直されてリメイクや、影響を受けた外国人達が作る
映画は、やはりどこか日本の湿り気を感じる。
そう、「義理と人情」という湿気を含んだ言葉ズラが、魅力の一つなのを再認識
させる。で、当の日本はそれらを忌み嫌い、遠ざけているのだから何をかいわ
んやではある。
といったところで、またのお越しを・・・。