ボクシングを題材に取り上げる映画はそれなりにあるが、選手本人の伝記ものや
架空のボクサーを登場させ、ボクシングを主軸に葛藤や苦悩を織り交ぜ、ヒューマン
タッチに仕上げる。で、伝記では五十九年の「傷だらけの栄光」七十年の「ボクサー」
そして八十年「レイジング・ブル」等ある。架空といえば代表格が「ロッキー」だが、ボク
シングに政治が持ち込まれた映画があった、題名は「ボクサー」で伝記でも上げた同
じ題名だが、伝記物は初代黒人ヘビー級チャンピオンであり、こちらの九十八年公開
の映画は、イギリス作品で、北アイルランド紛争中の物語である。
http://www.youtube.com/watch?v=i364dEA5lnk
この映画、題名に「ボクサー」となっているが主軸は
北アイルランド紛争の真っ只中で苦悩する若者である。
宗教間対立という、こちらとすればまるで右翼と左翼の
相容れない関係かと思えるのだが、抗争が長い期間に
渡ると年代が変り、憎しみの連鎖がとめどなく起こる。
で、映画のラストも何とも歯切れが悪く、その地を逃れる
で終わってしまう、不毛の論理を展開するわが国の憲法
「九条」改正と相通じる。何しろ「九条」は片方では絶対的
宗教観が見られ、片や世界を意識した考え方・・・。
さて結論は・・・、と、北アイルランド紛争とは違って至って
平和な論議ではある。にしてもここでのボクシング・シーン
は「ロッキー」に比べれば、少々ましであるが、ロンドンでの
試合の場面では、ボクシングはエンターティメントでスポーツ
ではない。だけに主人公の正常な意識は試合を途中で投げ
出している。もっともそれは相手のダメージでは、本来なら
ノック・アウトである。だが「見世物」はあの人と動物を戦わせ
どちらかが生き絶えるまでの中世の残酷さの名残り・・・。
このシーンが結局はイギリスから独立したがっているアイル
ランドの立場を如実に表す、ロンドンでは残酷見世物に興じる
人々がいる、だが故郷のベルファストでは宗教対立で子供も
大人もその日を懸命にやり過ごしている。
問題の根は深く、憎悪の連鎖は容易に断ち切れない。
とてもシリアスで考えさせられる映画である。
http://www.youtube.com/watch?v=L7gUzml_OpU&mode=related&search =
でこちらは「タクシー・ドライバー」と同じ監督、配役での伝記映画。
といってもそこはニューヨークの底辺を描くのに定評がある監督だけに
拳二本で貧民からのし上がり、そして最後は寂しく朽ち果てるまでを、
丁寧に描いている。主演のデ・ニーロは伝説のチャンピオンを良く研究し
減量と増量差四十キロを短期間にこなしている。
ただそこが最大の見せ場で、やはり先に「傷だらけの栄光」があるだけに
印象は薄くなってしまった。
http://erath0515.at.webry.info/200612/article_13.html
題名も「ボクサー」の七十年公開の映画、こちらは黒人の
初代チャンピオンの伝記なのだが、差別大国アメリカの
黒人が唯一誇れるスポーツだったボクシングにおいて
言動で敗れた主人公の哀しみはとても儚い・・・。
詳しくは上のリンクしたエントリーでお読みください。
http://www.youtube.com/watch?v=Twi_BRP7kXk
こちら「傷だらけの栄光」五十六年公開作、
監督ロバート・ワイズ、主演ポール・ニューマンの
傑作ボクシング映画である。
あのスタローンの「ロッキー」もこれをとても参考にした
感じは映像の端々に出ていた。
「ロッキー・マルシアーノ」あるいは「グラチアーノ」、世界
ミドル級チャンピオンの伝記である。
ニユーヨークの貧民窟の暴れん坊が、ボクシングという
スポーツで栄光を納めるまでの物語。
白黒の画面が、ボクシング・シーンには合っている。
ちなみに主人公の予定は「ジェームス・ティーン」であった
のだが、不慮の交通事故で亡くなり、ニューマンにお鉢が
回ってきた。で、ニューマンはこの一作でアメリカを代表する
スターとなった。ここらは分からないものだ・・・。
これら四本の映画はボクシングを題材にしているが、共通す
るのは、格闘技がもつ栄光の華々しさとそれへいたる苦難、
あるいは心の乱れ、メンタル的適応力が要求されるが、観客
の残酷さもまた・・・。そして殴り合いがもつ野蛮さにある者は
賞賛をある者は嫌悪を・・・。
「リングの中ではルールがある」の言葉が、北アイルランド紛争
当事者へ向けた皮肉で、野蛮であってもルールにのっとり・・。
光と影で言えば、やたら影が似合ってしまうスポーツ、それが
哀しいかなボクシングなのかもしれない。
といったところで・・、またのお越しを・・・。