【映画評】ホビット 決戦のゆくえ | じゃんご ~許されざるおっさんの戯言ブログ~

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このブログは、田舎で暮らすおっさんの独り言を日々書き綴っています。ブログタイトルの「じゃんご」とは秋田弁で「田舎」のことで、偶然にもマカロニウエスタンの主人公の名前でもあります。何となく付けてみました。お時間があれば、広い心で御覧になってください。

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ビルボ・バギンズ、トーリン・オーケンシールドら旅の一行は、邪龍スマウグからドワーフの故郷を奪還することに成功するが、怒りに燃えるスマウグは町を襲う。スマウグから取り戻した財宝に執着するトーリンは、友情や名誉も犠牲にしても財宝を守ろうとし、その行為をいさめようとするビルボは危険な選択をせねばならなくなる。そうした中、魔法使いのガンダルフは、さらに恐るべき存在である冥王サウロンの復活に気付いていた。サウロンはオークの大群を放ち、その危機にドワーフやエルフ、人間といった中つ国に生きる各種族は、わだかまりを捨てて団結するか、さもなくば滅びるか、究極の決断を迫られる(映画.comより引用)。2014年日本公開作品。監督はピーター・ジャクソンで、出演はイアン・マッケラン、マーティン・フリーマン、リチャード・アーミティッジ、エヴァンジェリン・リリー、オーランド・ブルーム。
 
J・R・R・トールキン原作の「ホビット」三部作の最終章です。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の前日譚でもあります。ファンタジーゆえに世界観が独特で、前二作との繋がりもあるので、上記の解説文では何のことやら分からない方も多いでしょう。
 
前作『ホビット 竜に奪われた王国』が尻切れトンボで終わっており、その決着が本作の冒頭でつきます。予め続編を作ることが決まっているからこそ可能な構成であり、いきなり大盛り上がりの展開から入るというサービスです。これを皮切りに約二時間半の上映時間は、クライマックスの釣瓶打ちになります。
 
ニュージーランドの広大な自然を背景に、巨大セットがそびえ立ち、大群衆が動き回る大スペクタクルが展開されます。これだけスケールの大きな作品を作り上げたピーター・ジャクソン監督ですが、原点を見失っていません。オーク族が次々と首チョンパされるグロ描写をサラッと描く点は、初期の『バッド・テイスト』や『ブレインデッド』から変わらぬ悪趣味です。また、大きなトロル族がノシノシと動く姿は、ジャクソンが映画に魅せられた契機でもあり、自身でリメイクした『キング・コング』の応用みたいです。ブレない男、ピーター・ジャクソンです。
 
本作のようなファンタジーを単なる絵空事と切って捨てるのは、知的な態度であるとは言えません。ファンタジーは具体的な特定をしないことにより、真実を抽象的に表現することができ、読者や観客にはそれを読み取る愉しさがあるからです。本作においてホビット族、ドワーフ族、エルフ族、オーク族そして人間という種族間で対立があるのは、現実社会で人種、民族、国家が対立してきた歴史を隠喩していると言えます。
 
いがみあい、殺し合う種族たちの悲劇は、現実における戦争の悲劇と変わりません(自分だけ助かりたい卑怯者がいる点も、実際の戦場と同じです)。ドワーフ族の王となったトーリン(アーミティッジ)が権力と富により自分を見失う姿は、現実における政治や経済でも見られる現象です。
 
本作の言葉を借りれば、世界から「分からず屋」がいなくなれば、世界はもっと良くなるのだと改めて思うのです。
 
★★★★☆(2016年4月26日(火)DVD鑑賞)
 
オーランド・ブルーム演じるレゴラスが無双状態です。
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