
父を思い続ける息子と、環境に押し流されて正気を失う弱い父親、大人と子供の世界を較べながら、切っても切れない親子の絆を描く。松本清張の、昭和32年に事実をもとに書き下ろした原作の映画化(映画.comより引用)。1978年公開作品。監督は野村芳太郎で、出演は緒形拳、岩下志麻、小川真由美、蟹江敬三。
のっけから岩下と小川の情念ほとばしるバトルにビビります。女優版『サンダ対ガイラ』です。自分が蒔いた種とは言え、間に挟まれた緒形が可哀想になります。
スタッフが『砂の器』と重複しており、大げさな演出は更にパワーアップしています。もはやホラー映画に近いショッキング描写や、芥川也寸志の仰々しい音樂は、登場人物の心理を観客の心奥に刻み付けるように効果的です。
『ゼロの焦点』と同様、本作は北陸地方が殺人現場となります。片平なぎさや船越英一郎が出演する、サスペンスドラマの定番である断崖のシーンです。日本海の荒波が押し寄せる、断崖の陰気で物悲しい雰囲気は、今や差別用語扱いされる「裏日本」感が漂っています。
緒形演じる父親は、平凡な小心者でありながら、子殺しに手を染めるまでに追い込まれます。『砂の器』では「いい人なのに殺される」役を演じた緒形が、本作で「いい人なのに殺す」役を演じています。この緒形の名演を見るために本作があると言っても過言ではありません。
岩下演じる妻は、幼児の口に飯を詰め込む鬼女ぶりを見せながら、徐々に子殺しに対する良心の呵責に堪えられなくなります。小川演じる愛人は、子捨てをする非情な母親ですが、もしそれをしなければ母子揃って餓死という末路を辿ったかもしれません。本作には心底からの悪人が登場しないのです。
本作の原作小説は、実際にあった事件を基にしたものです。もし同様の事件が現代に起これば、新聞やテレビは、表面的な事実のみを報道し、当事者に「鬼畜」のレッテル貼りをして御終いでしょう。事件の裏にある複雑な人間的感情は切り捨てられ、単なる大衆の消費物に仕立てられます。大量の情報を日々提供しなければならないマスコミであれば、そのような処理もやむを得ません。ならば、マスコミが伝えない部分も含め、人間という生き物の記録を虚構という形で提示するのが小説や映画の役目であると思うのです。
★★★★★(2015年1月16日(金)DVD鑑賞)
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