ノーベル物理学賞を受賞したのが日本人で、しかも3名いて、これは本当に素晴らしいことだと思う。


が、気になることがあった。


というのは、愛媛県出身の中村修二氏の国籍が、米国となっていたことだった。




なぜ米国籍なんだろうか。


なぜ日本を捨てたのか。




国籍を捨てるというのは、私としてはありえない。もちろん、国籍を捨てるのは憲法で認められた権利であるので個人の自由だが、


私にとっては、国籍離脱はアイデンティティの喪失であり、名前を捨てるのと同義くらいに感じられる。




いずれにせよ、報道は、日本人2名とすべきだ。あと1人は日系アメリカ人である。


こういうところは、ハッキリすべきである。



さて、中村修二氏の項目をウィキペディアで調べてみた。




「なお、受賞後のインタビューでは、本人は米国籍を取得したが日本国籍を捨てた訳ではないと答えている」


ちなみにこの発言は、8日付の四国新聞、徳島新聞からの引用だそうだ。



二重国籍のつもりだろうか…。



ノーベル賞取るくらいだから、技術者としてはすごいのだろうけど、


社会にとっては迷惑な存在だと、私は思った。



この人からは、文系のことを結構バカにしている人だという印象を受けたのだが、


技術者としては超一流かもしれないけど、そこまででしかなく、人として決して尊敬できないと感じた。



また、日本のこともさんざんバカにする発言をしているようだけど、


すでにグリーンカード取得時にアメリカに忠誠を誓っているはずだから、


「日本国籍を捨てたわけではない」、などと勝手な発想はしないでもらいたい、と思った。


日本を完全に捨てたうえで、日本のことをバカにすればいい。


さて、2chを見てみると、いろいろな反応があった。


下はその記述の抜粋。




「企業内研究では、沢山の裏方がいる。何より、その研究を支える資金は別の社員が稼ぎ出してる。しかも、研究に失敗 したところで、成果が出ないところで、他の社員並の所得が保障されてる。 そんな中で、その発明で企業が得た利益をよこせ、なんてのは勝手すぎる。 アメリカでは、さっさと独立して、自分で資金を集めてはじめる。もちろん、 成果が上がらなければ借金抱えぷー・タローだ。アメリカと日本のいいとこ取りなんてムシが良すぎる。」



「あたかも欧米ではその位の報酬が当たり前と思い込んでいるようであるが、これはとんでもない誤解である。少なくとも、アメリカでは企業発明者にこのような多額の報酬を与えることは全く無い。理由は簡単で、そもそも企業発明者は従業員という形で就業と生活の保証がされた上で発明をすることが義務として雇われ、それを反映した雇用契約書(報酬のあり方、額等)にサインしてから働くので、報酬の額は契約書に拘束され、争いになることはほとんどあり得ないからである。よって、生活の心配も無く研究開発に専念できる企業発明者の報酬は通常の社員と同様に原則的に給料、地位で反映され、企業実績に基づく報酬はアメリカでもこれまでにも実例も判例もないのが実情である。ほとんどのアメリカ企業では発明者の報酬は、特許出願を行なった時に1ドル、そしてそれが特許として許可された時に1ドルというのがざらである(1ドルはコモン・ロー上契約が成立するための最低の対価)。」


「専業主婦が旦那の稼ぎで食っておきながら子育て一人で苦労した。旦那はなにもしないで小遣い3万しかくれない...って言うのと同じ。」




技術的な話は私はわからないが、


ただ、この辺の記述が極めて妥当じゃないかと思った。


重国籍のようなすごく無責任な発想は、いつでも都合の良い時に都合よく国をくら替えしたいという気持ちの表れなのだろうが、


所属企業との訴訟も、その辺のいいとこどりというのが、実情じゃないかと思った。




昨日の愛媛新聞は、1面から5面くらいまで、大きな見出しで大々的にこのニュースを取り上げていたが、


私としては、結構しらけている。



愛媛新聞は郷土の偉人のように扱っているが…、


虚しさしか感じられない。

塾生が持ち帰ったテストは、特に中学生の場合はきちんと見るようにしているが、


今日は信じられない採点を目にした。




中学1年生の英語。



¶ What language do people speak in this town?


という英文を和訳させる問題。



これを、


「人々は、この街では、何語を話していますか」


と訳出して、配当が2点のところを、1点に減点されていた。



マルをもらうかわりに、赤が入っていて、


「人々は」 と、「この街では」 を入れ替えるように、という指示と、


「話している」のところが、「話し(てい)ますか」、という指示になっていた。




なぜ減点になっているのか、当該生徒が聞いたところ、


どうも後者の「話している」が誤訳なのだとか。


進行形ではないものに、「話している」、という訳出をあててはいけないようで、


「話している」、と書いた学生は一律一点減点になったと言っていた。




この先生バカ…、と思った…。



で、この先生はこの生徒に向かって、


「あなたの和訳は他の人と比べて変なのよ」


と前置きした上で、


「でも1点あげましょうか?」


と言ってきたから、その生徒は「うん」と即答して、1点もらえたとか。



この上から目線、ドンブリ勘定はなんなんだろうか。



その生徒に対しては、叱った。これは、うん、と返事したら、相手の言うことを認めることになるから、


納得が行かないのなら、納得が行くまで話しなくちゃだめだと。


たとえ相手が先生であろうが、アメリカの大統領であろうが、学問的事実を前にして、身分の差なんかない。



で、この解答が問題ないことを、きちんと説明した。



簡単に言えば、


「北朝鮮では人々は何語を話していますか?」という文を英訳する際に、


進行形なんか使うわけがないのだ。


そもそも、国語の問題として、この日本語は正しい。


何がおかしいか、こちらが聞きたいくらい。




さて、塾生によると、こういうのは先生に言ってもムダなんだとか。


もうみんなに減点しているから、今更、生徒から答案用紙集められないし、とか。


たしかにそうだ。子どもは見抜いている。


大人はめんどくさいことは嫌う、ことなかれ主義だというのは、中学1年生に見抜かれている。




済美○○というところは一風変わった進学校であるが、


特に中学1年生の英語教師は変わっていると思っていたが、(例えば、過去にはアポストロフィを打つ位置で減点してきたのもあった…)


今日の採点については、英語力・国語力、双方ともにヤバイと思った。



ただ、そのくらいなら、平成の悪口は言わないと思う。


この学校はもっともっと腹黒い。文句垂れたら、一晩中語れる自信がある…。


昨日は、戦争体験談を聞いてまいりました。



伊予市にお住まいの、95才の方にお話を聞きました。最近では、戦争体験をした人も随分と高齢になられており、お話を聞く機会は本当に貴重だと思っています。


お話を聞けることは、とてもありがたいことです。




さて、昨日お話を伺ったおじいさんは、中国(中支)に6年いらっしゃった方でした。


僕が一番聞きたかった質問は、南京事件に関してでした。


南京の近くにいたということで、南京事件(いわゆる南京大虐殺という事件)についてどう思うか、昨今の報道についてどう思うかきいたところ、



「でっち上げだと思う」



とハッキリとおっしゃっておられました。南京城に入った訳ではないものの、中国の人は総じて日本人に対して良くしてくれたとのことでした。



ただ、日本軍の兵隊の軍紀については、



「乱れていた」



ともおっしゃっておられました。中にはひどい拷問なんかもあったようです。そして、中国人の兵隊さんは、なかにはすごく立派な方がいたともおっしゃられていました。




でも、一番印象に残ったのは、戦争は絶対にやってはいけないということでした。


ただ、現在、自衛隊を国軍にすることには賛成と言われておりました。




いくらか意外な話も出てきましたが、


ただ根本的なところでは、自分のご先祖様に対するものの見方は間違っていないのではないか、と思いました。




さて、来週は伊予市長と面会です。歴史教科書の採択問題に関して、意見を伝えてきます。


松山市は現在市長選挙の前ですので、動けませんが、それでも来年は教科書採択の年ですから、なんらかのアクションはしたいと思っています。



やはり、子どもたちにマトモな歴史教科書で学んでもらいたい。


社会に責任を負う、マトモな日本人になってもらいたい。



今日聞いた話を糧に、また活動していきたいと思っています。

最近営業が多いが、景気が良い証拠なのだろうか?



先日、授業中に電話がかかってきた。授業中の電話は折り返し電話する対応をするのだが、そのときは子どもたちに単語テストをやらせているときだったので、応じた。



すると、相手は「家庭教師○○センター」と名乗った。


具体的に何センターなのかは聞き取れなかったのだが、声からして、きちんとした若い女性だと思った。


そもそもなぜ家庭教師ナントカセンターがうちの塾に用があるのか?


で、向こうは、「子どもたちの成績が云々…」と、何か言い出した。



しかし、何を言っているのか、意味がさっぱりわからなかった。



用件をハッキリ言ってほしいので、「どういったご用件ですか?」と聞いた。


すると、向こうは用件らしきことを言ったのだが、また意味がさっぱりわからない…。早口というか、こちらの理解度にも問題はあるだろうが、とにかく双方でコミュニケーションが取れていなかったことだけは確かだ。



もう一度、「…すみません、どういったご用件ですか?」と、再度聞いてみた。


私としては、純粋に、用件お聞きたかったのだ。



すると…、そのお姉さんは、一瞬口ごもったあとで、何も言わずに電話を一方的に切った。




こちらも仕事中の時間を割いて電話に出たのだが、


しかも失礼のないように、営業の電話でも話を聞いて、内容を把握してから対応するつもりでいるのだが、



あろうことか、営業の電話をかけてきた方が、電話を切るとは…



この人には、氏ね、と言ってやりたかった。




残念ながら、相手が何者かわからないし、着信履歴に電話番号もなかったので、どうしようもないのだが、


今後、家庭教師関連の電話とかは、全て無言で電話を切らせてもらう。


どうせ、世の家庭教師ナントカセンターなんて、詐欺ギリギリなところが多いんだろうし…。




これまで、何度か不愉快な電話には出たのだが、


歴代ナンバー1です。

今日は、久しぶりに塾で夜なべだ。



夏は暑すぎるし、冬は寒すぎるし、もちろんエアコン使えばかまわないのだが、光熱費がかさむのがイヤなので塾では夜なべはしないことにしているのだが、


秋になると、虫も入ってこないので、窓全開で、朝まで仕事ができる。


気持ちいい風が吹いてくるし、好きな音楽を聴いていると心地よく仕事ができ、しかもはかどる。



それに、今夜は月がとてもキレイ。


秋の月夜は、すごくうっとりする。




明け方まで、もう少し頑張ろうと思う。


塾生の学力向上を祈って、良いテキストを作ろう!

本日塾生に配布する予定のプリントです。高校2年生用ですが、高1にも配っておこうかと思います。そのプリントの内容をここに公表します。



(以下、プリントの内容)


高校2年生の9月になった以上、受験生の認識を持ってください。目標とするのは、次の通り。



1.センターでスコアを出すこと。

センターは先輩たちのやるもので、自分は関係ない、という認識はヤバイです。自分が当事者となり、意味のあるスコアを出してください。そのスコアがかなり現実的な意味を持つのです。というのも第一志望にはたいてい落ちるもので、そもそも1年間の学習程度で逆転なんかどだい無理な話なのです。はっきり言いますが、1月のセンターのスコアで志望校は下げてください。それが嫌なら、スコアを出すことです。スコアを出すためには、それ相応の学習をしてください。基本的に受験は等価交換、やっただけの報酬しか得られません。


2.理社をなるべく早く終わらせること。

さらに、英数は毎日学習するのは当然ですが、次に意識しておくことは、理社を一通り見ておくことです。文系の人は社会、理系の人は理科、それぞれ自分の受験科目を一通り終わらせてください。これは、独学で達成しなくてはなりません。学校におんぶにだっこという発想では、落ちます。理科・社会は、自分が使う受験参考書を早く決めて、その参考書に従って独学してください。なお、勉強したらわかると思いますが、受験参考書は予備校の先生が書いたもので、わかりやすいです。学校の教科書と比較にならないほどわかりやすく書いてあります。勉強効率を左右しますので、すぐに受験参考書は手に入れて勉強してください。くれぐれも、センター本番で、「理科・社会は未習範囲が多くてできなかった」というセリフははかないようにしてください。




テスト勉強のしかた                               

 大学受験から逆算した、学校の定期テスト対策について書きます。
 

 定期テストの範囲は、すべて大学入試の範囲です。そして、大学入試のほうが、はるかに範囲が広いのです。大学入試よりもはるかに範囲の狭い定期テストにおいて、できないとか、覚えていないとか、そういう勉強を続けて大学に合格しようというのは、卵を割らずにオムレツを作りたいというのと同じです。定期テストは、基本的に一度習ったものを確認する「確認テスト」ですから、きちんとやる、その積み重ねをしていかなければなりません。


 テスト勉強としては、英語と数学は、確認する程度にとどめてください。テスト直前に英数を猛勉強する人は、普段の学習方法が間違っています。テスト範囲内の問題を全て再度確認し、そのうえで、苦手にしているもの、難しいもの、初見で解けなかった問題を再度解く、その2点を中心にテスト勉強を進めてください。くれぐれも、英数に関して、試験直前になって必死に覚えるとか、そういう見苦しいマネはしないでください。

 テスト勉強として、国・理・社といった暗記系の科目を中心にしてください。テスト前1週間は、ハッキリ言って、これだけやっていればいい、と思います。言い換えると、日常の学習は、国・理・社はほとんどやらず、英数だけにしろ、ということです。




予習と復習について

 大学受験のための勉強として、一度やった問題を再度ミスするというのは、みっともないことだと心がけてください。一度といた問題は、もしかしたら、次に見る機会が試験会場かもしれません。当たり前ですが、試験会場では、頼れるものは己のみです。今後解く全ての問題について、次に見るのは試験会場かもしれない、そのときに自力でできるかどうか、という緊張感をもって解いていくようにしてください。


予習は “ON SIGHT” POLICYで

元来、オンサイト、というのは、ロッククライマーが使うタームです。「見てすぐに」という意味です。要するに、自然界に同じ岩場というのは二つとないわけで、初見で登れなかった岩場は、一生「オンサイトで登れなかった」ということになってしまうのです。ロッククライマーたいは、それゆえ、オンサイトで登ることに全力を注ぐのです。

予習も同じようなマナーでやりましょう。全ての問題に対して、一期一会を大切にしてください。初見の問題で、どれだけ頑張って答案を作ることができるか、その積み重ねを大切にしてください。なお、大学入試は基本的に初見の問題が出ます。


復習は “ONCE AND FOR ALL” POLICYで

こんかいきり、これっきり、最終的に、という意味です。とにかく、一度やったミスを再度ミスするのは、みっともないことなのです。一度で覚える、この緊張感で勉強していってください。もちろん、それでも、2度目でミスすることは避けられないわけですが、この心構えがあるかないかは、大きく成果を変えると思います。





『和田式 高2からの受験術』より引用

受験勉強で一番大きなムダは何かというと、「せっかく勉強したことが頭に残っていない」ことだ。…(中略)「1日6時間勉強して、やったことの4割しか定着していない」人より、「1日3時間の勉強でやったことを確実に残す」やり方をしてきた人の方が受験では強い。そして、ここに逆転合格のカギが隠されている。(P44)




英語の学習法

英語の学習というのは、結局のところ只管朗読につきます。気持ちをこめてそのフレーズを気持ち込めてスラスラ言えるかどうか、それが最も大切です。自分で気持ち込めて言える英文をひとつひとつ作っていくことが、英語の学習法です。そのために、塾では文構造を教えています。もちろん、毎日のボキャビルも大切です。


予習のしかた・解釈(制限時間:30分~1時間)
1.テキストをコピーする、またはノートに写す。(無地のテキストを残しておくのが大切)
2.辞書なしで全文を読み、何を言っているのか大まかに理解する。
3.キーワードと思われる単語から先に調べる(単語を理解した上で再読)
4.構造をすべて理解しつつ読む。文構造と和訳がわからないところは、そこを授業で解決する。
5.設問に答える。解答には全て根拠をハッキリさせておくこと。根拠がはっきりしないところは授業で解決。


復習のしかた・解釈(制限時間:30分)
1.気持ちを込めて、無地のテキストを10回読む。SVのリズムをつかむこと。
2.文法事項を全て理解しておくこと。


予習のしかた・文法(制限時間:30分)
1.答えを全て書く。その際、根拠もはっきりさせておくこと。根拠がはっきりしないところは授業で解決。
2.わからない単語を調べ、全て和訳できるようにしておくこと。和訳がわからないところは授業で解決。


復習のしかた・文法(制限時間:30分)
1.文法事項を全て理解すること。
2.解答の根拠を全て言えるようにしておくこと。





以上、塾生には明確に伝えたいと思っています。


なお、受験において最も大切なところは、方法論よりも精神論だと思っています。気持ちの持ちよう、つまり、やじるしがどこを向いているかで、結果は大きく変わってしまうと思うのです。精神論についても、授業で生徒たちに伝え、この2学期の塾の学習環境を熱気あるものにしたいと考えています。

今年も様々な物議があった。



さて、昨年私は、花巻東のカット打法とサイン盗みについて書いた。そこでは、私の主張は、「正々堂々野球しろ」というようなことで一貫していたと思う。


松井の5連続四球を例に出して、そんなことを書いた。



が、正々堂々野球するのであれば、東海大四高校の西嶋投手の遅球は、許せないということになってしまいそうだ。


自分的には、遅球というのは、投球術と言って良い気がしたので、なぜなのか、考えてみた。




ここで、高校野球で起きた物議について、自分の考えをまとめてみたい。



1.5連続四球       → ダメ

2.カット打法       → ダメ

3.遅球           → よし

4.大量リード時の盗塁 → ダメ…

5.サイン盗み       → 論外



さて、話は変わるが、私はどうしても野球を論じる時に、麻雀の打ち方を考えてしまう。


つまり、セオリー通りに従順に打つのか、それともセオリー無視の荒っぽい打ち方か。


私は、麻雀においては勝率を高めるためのセオリーよりも、もっと面白い打ち方があって、その方が好きである。



つまり、堅実に勝つつまらない麻雀よりも、出入りの激しい面白い麻雀の方が好きなのである。



話を野球に戻す。


基準は、「見ていて面白い野球」ということで考えると、上記物議に対する自分の考えは一貫する気がする。



つまり、四球とかカット打法という野球は、見ていて面白くない。


また、大量リード時に盗塁するのも、見ていて面白くない。


それは、10-0で勝っているのに、スクイズするようなもの。ここまで来ると、病的な野球というのは、誰しもが賛同するはず。



で、遅球は、野球を見ていて不愉快にさせるかと言うと…、


自分としては面白いと思うので、OKだと考えるのである。


仮に自分が野球選手で相手にこの投球をやられても、そこに侮辱とかそういう発想は全くなく、むしろ駆け引きを純粋に楽しむと思う。



そして、サイン盗みってのは、何だろうね。。。


麻雀で例えたら、イカサマに近いものがあると思う。


窓ガラスに反射させて、相手の配牌を覗き見るような行為か。




高校野球をもっと面白くするのなら、


監督は勝利至上主義なんか取らないでほしいと思うが、こういう考え方では人はついて来ないかもしれない。


送りバントなんか絶対にしない野球というのは、自分の理想である。





さて、話は変わるが、もう一つの物議。


おにぎり2万個発言であるが、あれはどうか…。




自分としては、全然いいんじゃないかと思う。


なぜなら、一度しかない高校生活で自分がしたいことをすることは、何よりも大切だと考えるから。




中には教育論をかざして反論する人たちがいた。そんなことをしてもキャリアにつながらないとか。


ようするに意味がないことをするのに、なぜ大人が止めないのか、というようなことを言っていたのだが、


高校生活において、意味がないことをするのが、大人になるのに全てムダとは私は思わない。



だいたい、何がムダで意味がないとかは、自分が決めることだ。


その子にとって、野球部を応援すること、そこでの人間関係、そういったものは将来につながらないかといえば、そんなことは決してないはずだ。




ただひとつだけ言いたいのは、


おにぎり2万個作ったこと、そのために進学科から普通科に行ったってのは、別に美談でもなんでもない。


その献身がどうのこうのとか、そんな話は聞きたくないと思う。




以上、今年の高校野球の物議に関して、思ったことでした。

火曜日の夜20時すぎ、バイクで走っていると、空に雷が見えた。


ただ、音は全くなくて、雷がただ時折光っているだけだった。


しかし、深夜になるにつれて、雷は激しくなっていった。


しかし、いっこうに音はなく、雨も振らず、10秒に一回くらい空がぱっと青白く光っていた。



自分はそれをキレイだと思って、しばし唖然と空を眺めた。



翌日になって、その雷は広島の豪雨と関係があったのだとわかった。


それは思いの他ひどい雨だったらしく、


これを書いている今も新たに行方不明者が出ている。




日本は、本当に自然災害の多い国だと思う。




さて、気のせいだと思うが、今年の夏は例年よりも、なぜか死者が出るニュースが多かった気がする。


たまたま自分がそういうニュースに触れただけ、だと思いたいが。


様々な事故により、実に多くの人が亡くなった。




どんな人だって、翌日自分が事故で死ぬなんて、思ってはいるまい。


しかし、事故というのは、あっさりと人の命を奪っていく。事故とは、そういうものだ。


だから、一日一日、真剣に生きていかねばならない、と思う。



事故は防げない。


だったら、今ある生を充実させることでしか、挽回できないのではないだろうか。


そんなことを強く思う。

私が応援すると、そのチームは負けるというジンクスが自分の中で勝手にあるので、控えめにしていましたが、



先日の、夏の高校野球。愛媛県大会決勝!


松山東 VS 小松



私はついに禁を破って応援しました。



というか、テレビで見たわけです、1回の表から…。




うちの塾から一番近くにある学校と言ってもよい、松山東高。


勝ち上がるたびに、ワクワクしました。


やはり東高が話題に出るのですが、


どの人も東高野球部の活躍には、興奮して話していました。



結果は残念だったけど、


なんかすごく印象に残る試合でした。



東高野球部、ありがとう!



そして、小松高校は、甲子園でがんばってほしいです。




さて、どうでもいい話ですが、


自分の中で何かが変わったと気がついた点があります。


それは…、




私の故郷、静岡県は、名門の静岡高校が勝ちあがりました。


静岡高校といえば、やはり頭がいいという印象なのですが、野球も強いです。



で、仮に静岡高校と小松が勝負したら・・・


自分の中でかなり愛媛のアイデンティティが作られており、


もう愛媛代表を応援しそうな勢いです!



母校でも出てこない限り、もう愛媛県応援しちゃうかな・・・?




夏の甲子園、楽しみです。


では。

楽しかったW杯も、ついに終わってしまいました。


それにしても、面白かったです。スアレスの噛み付き、スペイン・ブラジルの惨敗、メッシMVPなど、話題に事欠かないワールドカップでした。



今回のW杯を見ていて強く思ったのは、ゴールラインの判定で機械を導入したのは大正解、ということでした。


初戦から誤審騒動があり、サッカーというのはつくづく審判ゲーム、つまり審判の裁量が試合を決定してしまうものだと改めて思いましたが、ゴールラインだけでなく、オフサイド判定もそろそろ人じゃなくて機械がやるべきじゃないかと思いました。



競馬なら、鼻差までゴールの瞬間がわかりますが、同じものをオフサイド判定で利用するとよいかと思います。オフサイドなら、主審がすぐにわかるように合図が送られる、それにより、サッカーはよりいっそう面白くなるんじゃないか、と思いました。



オフサイドもそうかもしれませんが、そもそもサッカーは全てをコンピュータが裁いてもいいんじゃないかと、そんな風にも思いました。


将棋はすでにコンピュータが人を凌駕しつつありますが、そのプログラミングほど、サッカーの審判のプログラミングは難しくないはずです。


ハンド、チャージ、シミュレーション、それらも全てコンピュータが管理してはどうでしょうか。



きっと異論はたくさんあると思いますが。



コンピュータであれば、戦術も変わってくるかもしれません。つまり、審判の見えないところの反則も全てチェックされる、


実力のない選手が淘汰され、クリーンなファイトをする選手だけが生き残る、



自分としては、あと何回W杯を見られるかはわかりませんが、近い将来、人が裁くのではなくコンピュータに任せたら、サッカーはよりいっそう面白くなるんじゃないかと思いました。


それはそれで、ちょっと味気ないかもしれませんが…、どうでしょう?