「特攻と虐殺は違う」アウシュビッツとの友好協定中止を決定


 さきの大戦末期、旧日本陸軍の特攻基地「知覧飛行場」があった鹿児島県南九州市が、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランドの都市と進めていた友好交流協定の問題で、南九州市は27日、協定締結を中止することを明らかにした。「特攻とユダヤ人虐殺が同一視されかねない」という市内外からの反発によって、見直しを決めた。



以下略。引用終わり。

http://www.sankei.com/west/news/150728/wst1507280022-n1.html




これは、お粗末きわまりない。


オシフィエンチム市に対し、とても失礼な話だろう。




市長は、


「平和な世界の構築に向けてメッセージを送り続けねばならない」


と考えた、とのことだが、


私としては、特攻隊員の意思と、平和の構築、というのが、なんか結びつかない。



私としては、命を懸けて守るものがある、というメッセージを、


知覧から受け取ることができるのだが…




昨年、私は知覧に行ってきた。


そこで、世界遺産登録のための署名活動をしていたが、無視した。


そのことは、ブログでも記述した。

http://ameblo.jp/dizzyjivelog/entry-11843044414.html



特攻へ出向いた人たちの純粋な気持ちを、世界の人たちと共有しようなんて発想は、私はない。


ものすごく、失礼な話だ。



というか、なんのために世界遺産登録するのか。


金のためか?




アンドレ・マルローの言葉を引用したい。


フランス人でありながら、ここまで言っていただいたことに、ただただ敬意を感じるばかりである。





 「日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわり何ものにもかえ難いものを得た。これは、世界のどんな国も真似のできない特別特攻隊である。ス夕-リン主義者たちにせよナチ党員たちにせよ、結局は権力を手に入れるための行動であった。日本の特別特攻隊員たちはファナチックだったろうか。断じて違う。彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかっ た。祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。人間はいつでも、偉大さへの志向を失ってはならないのだ。


  戦後にフランスの大臣としてはじめて日本を訪れたとき、私はそのことをとくに陛下に申し上げておいた。


  フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなにすくない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を 抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか?》と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」





▼ヌンチャク打法




毎年、高校野球はいろいろあって、面白いですね。



ヌンチャク打法、物議を醸していますが、

私は、面白いからいいんじゃないかと思うのですが、

あまりやりすぎると怒られるから、ほどほどに、って思います…



今後、似たようなパフォーマンスをする人が増えると、

それはウザいなぁ、と思います。


やるからには、シンプルで美しいのがいいですね。





「朝まで生テレビ!in広島」

~激論!広島で問う・日本の戦争と平和~






先週の金曜日に、朝まで生テレビを見た。


あまり集中してみていたわけではないけど、勉強になった。




以下、核兵器についての私見。




私は、核は持つべきだと考える。


つまり、アメリカの核の傘から外れるべき。


仮想敵国である中国が核を持ち、日本に照準を合わせている以上、日本が核を持つのは当然だろう。



もちろん、心情的には核は持ちたくない。


が、自国民が核のターゲットとされている以上、相手の国民を核のターゲットとしなければ、政治の駆け引きで、平等な交渉力は得られない。




もっとも、中国に対しては、核はあまり効果がないかもしれない。


なぜなら中国の指導者は、人民が1億人くらい核攻撃で死んでも、へのカッパだろうから。


上海が焼かれても、広州が焼かれても、戦争は継続できる。


民主国家でない以上、民意を無視して戦争できる。

日本の場合は、1万人が殺されたら、世論が戦争をストップするので、とても戦争なんか継続できないだろう。




だから、私としては、


中国に対しては核を持つことよりも、


共産党の指導者が中南海のどれだけ地下深くの核シェルターにいても確実に殺せるバンカーバスターのようなものを設置するほうが、本来は良いと考える。




▼ バンカーバスターの原理




核のボタンを押すことを決定した敵国の政治指導者を確実に殺すことができるよう、


バンカーバスターを配備してほしい。



バンカーバスターなら、通常兵器だし、


それに、これなら相手国の市民を巻き込むことがない。



世界のどこであろうとも、地下何階に隠れていても絶対に逃がさない、そういう通常兵器を配備すべきだ。



要するに、敵国指導者に対し、


「わが国を核攻撃したら、必ず報復する。

 その際、あなたがた国民はもとより、あなたたち自身が確実に死ぬことになる。」


というメッセージを送るのである。



日本は唯一の被爆国として、


相手の市民への攻撃は基本はしてほしくない。




なお、アメリカに対して、


もしもアメリカ人が、「第二次大戦の原爆投下は、戦争を早く終わらせるという意味でやむを得なかった」


というのであれば、


私たち日本人として、絶対に受け入れられない意見である。


というのも、もしこの考えが肯定できるとしたら、


どの国も同じ論理で将来の核使用を肯定できるからである。


もちろん、わが国だって、同じ論理で核使用が肯定される。



アメリカ人は、核兵器をわかっていない。


それが、どれだけ悲惨な兵器かということを。


このような無知は、いずれバチが当たるのではないか、と考えてしまう。


とにかく、私は、ものすごく高精度なバンカーバスターを装備して、


敵国の政治家をいつでも射程圏内に入れておいてほしいと思っている。



また、そのバンカーバスターは、原子力潜水艦に搭載してほしいと思う。


日本は原子力潜水艦を持つべき。




塾生の皆さん、こんなことにならないように。


最高の親不孝となってしまいます。



東大生、コンパで酒飲み死亡 両親「強要あった」と提訴



 東京大学の男子学生(当時21)が2012年にテニスサークルのコンパで急性アルコール中毒で死亡したのは「過度の飲酒を強要され、昏睡(こんすい)状態のまま放置されたためだ」として、男子学生の両親が22日、コンパに参加した当時の学生ら21人に約1億6920万円の損害賠償を求める訴えを、東京地裁に起こした。


 死亡したのは2年生だった高原滉(あきら)さん。両親側の説明によると、高原さんは12年7月、花火大会の場所取り名目のコンパに参加。1・1リットル以上の焼酎を飲んで意識を失った。他の学生らは高原さんを目立たない場所に移動させ、約4時間放置したまま飲酒を続けた。異状に気付いて救急車を呼んだ時には、死後2時間が過ぎていたという。


 コンパでは、学生らが円陣を組んで中央に置いた焼酎を次々にラッパ飲みしていた。高原さんは、飲み会を盛り上げる「コンパ長」と称する役割を与えられていたという。


 このサークルは、飲酒した学生が救急搬送される事故が毎年のように起きており、高原さんの事故を受けて解散。コンパの参加者のうち10人は高原さんの両親に謝罪し、1人240万円を支払うことで和解したといい、和解に応じなかった21人を提訴した。父俊彦さん(52)は「大学生の不幸な飲酒事故は後を絶たない。我々で最後にしたいと考え、提訴した」と話した。(千葉雄高)

以上。引用終わり。

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e6%9d%b1%e5%a4%a7%e7%94%9f%e3%80%81%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%91%e3%81%a7%e9%85%92%e9%a3%b2%e3%81%bf%e6%ad%bb%e4%ba%a1-%e4%b8%a1%e8%a6%aa%e3%80%8c%e5%bc%b7%e8%a6%81%e3%81%82%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%8d%e3%81%a8%e6%8f%90%e8%a8%b4/ar-AAdjpOM?ocid=LENDHP#page=2





去年会った卒塾生は、お酒が飲めないようで、大学のサークルでもお酒は飲まないと言っていた。



そして、周りの子も決して強要しないとのことで、安心した。

一昔前に、すでにこういう一気飲みとかは、社会的に許されない行為として常識として定着したかと思っていた。


が、あろうことか、東大とかでもまだあったのかと、びっくりした。



すごく残念なニュースです…。



ご両親はこれについて、和解に応じなかった21人を提訴とのことだが、



和解に応じなかった21人が、どういう理由を言っているのか、すごく興味がある。



というのも、これは、ふつう謝罪するのが当然じゃないかと思うのだが…。




同級生が死んでいるのである。

これをもって、俺はカンケーねぇとか、法的責任はないとか、


ふつうそういうこというだろうか?

ゼロひとつ多い額出したって少ないくらいだと思う。


あと、大学はちゃんと仲間の学生を退学にしただろうか?


社会的な制裁が下されることを切に願います。

損害賠償の全額を認める判決が出たらよい、と思います。






というか、こういうの、厳罰にしないから、


いつまでもなくならないんじゃないか?


飲酒運転並みに厳罰をもって対処して、


社会的に許されない行為というのを浸透させなくてはいけないと思います。

クジラ構文解説のレジュメを作っていたときに、

面白(くな)い動画を見つけたので、つい見てしまいました。



▼クジラ構文の解説




で、

コメントを書こうとしたら、書き込みできなかった(!?)ので、

ここにでも書こうかな、と思います。




この先生、すごく自信満々で

「日本で教えられている鯨構文は99.99%間違っています!」

と言っているけど、


どうせガセだろうと思って動画を見たけど、

やはりガセだ、と思いました。



この先生には、こう言いたいです。

「意訳って言葉、ご存じですか~?」




動画の中で、

「鯨が魚でないのは馬が魚でないのと同じだ」

というのは間違いで、

「鯨が魚だというのは馬が魚だというのと同じだ」

が正しいと言っていますが、



仮に上が間違いであるとしたら、

下だって「いうのと…」の部分が意訳になっており、

間違い、ということになるのではないでしょうか。



(もっというと、be動詞を「同じだ」と訳すのだって、意訳だろうし、また、「です」と訳すのだって意訳でしょう。be動詞の原義は、存在を表します。また、そもそも翻訳というのは常に意訳から逃れられないはずです。完全な直訳なんてものは、あるにしてもほとんど存在しません。)




私としては、上は意訳として正しいと思うのです。



確かに、クジラ構文の教え方で、これはおかしいんじゃないか、というのは自分もありました。

そういう点では、上記の動画に賛同できる部分もあると思うのですが、

和訳が間違いである、日本中の99%以上の教材が間違いであるという断言は、マズイと思います。



ちなみに、

この動画においてすっぽり抜けていた説明で、うちの塾が必ずする説明としては、


比較級の形容詞・副詞は、尺度だから価値判断はできない、という点、

比較級を用いた文においては、比較相手が重要、という点です。



He is tall.  
    ← 背が高い、と判断できる。
He is taller.
    ← 背が高い、と判断できない。


つまり、比較級は尺度にすぎず、比較級を見て価値判断をしてはいけないわけです。

しかし比較級を用いた文も、比較相手次第で、価値判断に踏み込むことができます。


He is taller than my 5-year-old son.
    ← 背が高い、と判断できない。

He is taller than Giant Baba.
    ← 背が高い、と判断できる。
      (馬場は背が高いという前提がある)


つまり、比較級は尺度であること、

そして、比較相手に前提があること、

そして、no の用法、

この3つが、クジラ構文の解釈において決定的じゃないかと思います。


Tsunamis are often no taller than normal wind waves, but they are much more dangerous.

:津波は、通常の波のうねり程度の高さしかないことが多いが、しかし、それよりもずっと危険である。



上記例文において、than の後ろには、高くないものという前提があるから、

だから、no taller を低い、という意味で読んでよいわけです。

taller というのは、あくまで尺度でしかないです。



あと、クジラ構文は受験英語だから、やらなくてよい、という意見をよく聞きますが、

自分はそんなこと全くないと思っています。


政治家から囚人まで、幅広く使っている構文ですし、

ぜひきちんと学びたいものです。



愛媛新聞の地軸より引用



 「鹿を指して馬となす」という言葉を思い出した。秦の始皇帝の死後に実権を握った趙高は臣下の従順さを試そうと、馬だと偽って鹿を2世皇帝に献上。臣下は趙高におもねって異を唱えなかったという故事▲


 権力によって、間違ったことを押し通すことを表す。2千年以上前の理不尽な出来事が目の前で再現されてはたまらない▲


 昨日の衆院本会議で、集団的自衛権行使を解禁する安全保障関連法案が自民、公明両党の賛成で可決された。前日の衆院特別委員会に続く数の力での強行。戦後、宝のごとく守ってきた「平和主義」が一内閣によって崩されようとしている▲


 憲法学者の多くが「違憲」と指摘しても、自民は理屈を並べて「合憲」と突っぱねた。過去2回の衆院選で大勝した安倍晋三首相が率いる党内には、異論を唱えにくい雰囲気があるのだろう。「それは鹿です」と言い出す幹部はいない▲


 国民はこの法案の危うさに気付いている。内閣支持率が下がっているのがその証し。だが採決前の党内から「支持率の急降下も覚悟」との意見も出たというから国民軽視も甚だしい▲


 無理を通して道理を引っ込めても、いつかほころびが出る。趙高は後に反対勢力の粛清を繰り返して国民の反感を買い、秦滅亡の原因をつくった。今こそ「良識の府」である参院が力を発揮せねばなるまい。「鹿」は決して「馬」にはならないことを示さなければ、日本の行く末は危うい。



以上。引用終わり。

http://www.ehime-np.co.jp/rensai/chijiku/ren018201507176733.html





この馬鹿の故事について、私は愛媛新聞に向かって言いたい。


中国・北朝鮮の脅威を脅威と言わないメディアこそ、馬を鹿と偽っているようなものじゃないか、と。


安保法制に反対する人たちは、中国・北朝鮮のことを脅威とは言わない。


軍事力を背景に膨張主義を推し進める中国を、なぜか非難しない。



先日、宮崎駿は、



「軍事力で中国の膨張を止めることは不可能だと思います。もっと違う方法を考えるために、そのために私たちは平和憲法を作ったのだと思います」


と言っていたが、


これこそまさに典型的な馬鹿であろう。



わかりやすく言うと、


ムスカを無力化したのは滅びの呪文であって、交渉じゃなかった。


はたして平和憲法でムスカをとめることはできるのか?



宮崎駿には、馬鹿にするな、と言いたい。


せっかくいい作品を作っていても、センスのない政治的発言を連発すると、作品を楽しめなくなる…。




憲法前文には、


「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」


とある。



要するに、諸外国がマトモなら、日本は平和憲法でいい。


が、現実は、憲法の理念とは全く違うという。



私は、共産主義が大嫌いであるが、その理想についてはむしろ好きと言えると思う。


が、やはり嫌いだというのは、それが現実から乖離しているから。


残念ながら、人間の本性は、マルクスが想定していたものとは大きく違っていたのだ。


どんなに素晴らしい理想であっても、現実から乖離していたら、絵にかいた餅である。


そんなのは食えないのだ。



理想を追い求めるのではなく、現実に合わせていく、


為政者として現実的なアプローチをするのは、極めて当然だと思っている。


国民の命を真剣に守るのであれば、


平和憲法ではなく、軍事力で守るのは当然だと思う。




為政者は、国民の生命・財産を守るためなら、決してきれいごとではなく、


時には悪魔と契約してでも、国民の生命・財産を守るという目的を貫徹してもらいたい。


国が再び焦土とされないためには、どんな手段だって肯定される。



それを、上から目線で馬鹿という奴がいたとしても、


理想を始終守って殺されるよりは、ずっとマトモである。


考えたくないことから目を背けることこそ、馬鹿だと思う。




ここでひとつ名言。



今の日本は愚者の楽園だ。


みんな、自分の快楽を求め、 他人の事には無関心だ。


政治にも、日本の未来にも、世界の未来にも。



昔の日本の方が、今よりもずっとマトモだったと思う。


戦前なら、拉致なんかが起こったりしたら、健全な世論が形成され、すぐに国が動いただろう。


今は、そろいもそろって、愚者、じゃないかと思う。


ホント、馬鹿ばかり。




強行採決とは、何事か、と言いたい。


きちんとした、民主主義のルールに基づいた採決である。



マスコミが強行採決というコトバを使うのは、失礼であり、ミスリードである。



んなことより、これ。


採決後の様子。







はっきり言って、もう主張以前の問題なのです。


サヨクは主張以前に、人間としてキライなんです。


ヒトとしていやだ。



うちの塾生が、塾にゴミを捨てて帰ったら、即退塾ですよ。


塾にゴミを捨てて、私に片づけるように言われても無視したら…


まちがいなく、退塾させます。



これは、残念ながら、英語よりも先にゴミを拾うことを学んでから来てください、ということになります。



それにしても、立法府の人間が、ゴミを捨てて帰るのか…









だいたい、こんな政治主張は、すごく失礼です。


人に対して失礼という感覚が麻痺しちゃってんでしょう。


まぁ、そのくらいふてぶてしくないと、政治家は務まらないのかもしれませんが。



安倍さんは、民意に支えられています。


それを許さないって、いったいどういうことなんでしょう…???




それにしても、この人、採決のときに、絶妙なポジショニングでした。


やはり、採決のときどこにいるべきか、党から事前に指示があったんでしょうね…




まぁ、一つ言いたいのは、


反対するのなら、ちゃんと選挙で勝ってくださいと言いたい。




民主党の岡田代表は、「違憲」と言っていましたが、


それを言うのは裁判所の仕事です。



最高裁がそのうち違憲判断をすればいいんじゃないですか?


統治行為として却下されそうな気もしますが。






ちなみに。


正直、私も憲法違反だと思っているんです。


そもそも自衛隊だって、憲法違反じゃないかって思います。


しかし、自衛隊法は正しいのです。間違っているのは、憲法です。


だから、憲法を改正すべきだと思っています。



憲法という理想に現実が追いつかなかったら、


現実を憲法にあわせようとするのではなく、


憲法を変えるというのが筋だと思います。




あと、正直思うのは、


将来のことよりも、拉致問題なんとかしてくれ。


北朝鮮に軍事圧力かけてでも、拉致問題の解決をしてほしい。


これに反対する人って、所詮は拉致問題が他人事だと思う人じゃないか?








「Jリーグに挑戦したい」 大儀見優季の次なる目標


12日、TBS「情熱大陸」では「カナダの地を駆け抜けた23人」と題し、先のサッカー女子W杯カナダ大会で準優勝を果たした、なでしこジャパンの特集が放送された。


試合中の様子や試合後の心境など、世界最大の舞台であり過酷なトーナメントを戦い抜いたなでしこジャパン選手達のコメントで構成された同番組は、帰国後のFW・大儀見優季にも密着した。


アメリカに大敗を喫した決勝戦について、大儀見は「誰一人として立て続けに失点して諦めた選手はいなかった」と振り返ると、3位決定戦でドイツに敗れた7年前の北京五輪を挙げ「なにもできなかった悔しさ」が現在の原動力になっているなどと語った。


また、自分のことを「植物」と表現した大儀見は「太陽の光だったり水だったり酸素だったり二酸化炭素だったり色んなものがないと生きられない」と言い、なでしこジャパンについては「万華鏡」と例え「一試合一試合見え方は随分変わってったと思うし、その中に個人個人が彩り、輝きを放ってた。そういう見る人によって輝きが見え隠れする魅力的なチームだったかな」とその理由を説明した。


その他にも「また新たなスタート、新たな旅が始まるなっていう感じ。これからがまた勝負」と意気込んだ彼女は、番組のカメラに対し「いずれかは日本のJリーグに挑戦したい。男子の中でどれだけやれるかっていうのを試してみたいという思いは強い」という目標も語っている。



以上。引用終わり。

http://news.livedoor.com/article/detail/10341564/




つい先日、お隣香川のJ2カマタマーレ讃岐が、総選挙なるものを実施し、カマセブン(!?)なる怪しいネーミングなメンバー選出イベントをしていた。



正直、うらやましかった。



つい先日、J1のベルマーレ平塚が、ファンの募金でお風呂を完成させた、という記事を見た。



すばらしい、と思った。



よそのチームで、こういうチームを活性化する動きがあると、うらやましく感じる。




さて、愛媛FCは昨年不祥事を起こして全国で有名になってしまったが、


ここはひとつ、大儀見選手にオファーを出してみたらどうか…?



とても大きな話題になるとともに、ファンを呼び込めると思う。



なーんてことを、考えました。





当塾では、えひめプレミアム商品券で授業料の支払いをすることはできませんw



▼えひめプレミアム商品券




「お得だから、買うといいよ」と言われた。


どうやら、10,000円購入すると、2,000円よけいにもられる商品券なのだとか。


ただし、おつりはもらえないから、おつりのないよう購入する必要があるらしい。


使用期間は11月末まで。


あと、一応使用場所に注意。松山市内か、愛媛県内か。




確かにお得ですね…


幸いなことに、今もまだ販売中だとか。


でも、なにか腑に落ちないものがある…




この商品券のしくみが、すごく安易に思えた。


というのも、2,000円分よけいにもらえるということは、誰かが2,000円分損するということじゃないか。



一体、損するのは誰なんだろう?




店舗で使用された商品券は、いずれ換金される。


額面通りの額で換金されるはずだが、その換金するさいの財源は


たぶん、税金だ。


(わからないけど、きっと税金だよね???)



そうであれば、結局は商品券を買わなかった人が損をする、ということになる。


買わなかった人から買った人へ、所得の再分配が行われるだけ、ということだ。



そして、この商品券の期間が11月まで、ということは、


それまでに強制的に消費させるためのモノということになる。



要するに、この商品券は、


1.所得の再分配

2.短期の需要創造



という2つの目的があるはず。



基本的には、だれの懐も痛まない。


この券の存在を知らない情弱さんたちが、知らないうちに少しばかり損をしているだけである。


そして、財源は全く痛まずに、市民に強制的に消費させる効力がある。



なんか安易だなぁ、と思ってしまった。


もうちょっとマトモな需要振興策を考えてみてはいかが、と思ってしまったが、


私も無策である以上、えらそうなことは言えない。


が、為政者として、志低くねぇか、って言いたい…。



なんか、バカバカしいというか、この券を買う人は朝三暮四に出てくるサルとあまり変わらないレベルに見られてるんじゃないかとか、そんなことを考えた。





で、ふとひらめいた。


実はここ最近、PS4を買いたかったのである!



先日私は、ゲームコーナーで、1時間近く買うか買わないか、まるで哲学者になったかのようにうろうろとしながら迷い続けた。


なにせ、高い買い物だし(4万くらい)、それに、wiiと同じように、ほとんどやらない可能性もあるし…。


買うべきか、買わないべきか。


「グラセフ」をやりたいからPS4が欲しいと思っていたが、FF7がリメイクされるようだし…


やっぱり買いたいよなぁ…




そういえば、都合のいいものがある。


このタイムリーな商品券を使えば、少しは安くなるではないか…。




フフフ、商品券、買っちゃおっかなー ロシアン 得意げ





ん、なんだって、言ってることとやってることが矛盾しているって?


バカ言うんじゃない!



いち消費者の消費行動と、為政者の経済政策は全く違う論点じゃないか。



後者の視点としては、私は商品券なんかくそくらえと思っているかもしれないけど、


前者としては、少しでも得したいんじゃーっ汗





以下、産経抄より



約束の重みの違い


 韓国の文化にくわしい小紙の大野敏明記者によると、韓国語は他の外国語に比べて、学習しやすい言語らしい。というのも、日本語と文法はほぼ同じ、ニュアンスもよく似ているからだ。


 ▼意味も発音も同じという言葉も、少なくない。たとえば「約束」は、韓国語でも「ヤクソク」である(『日本語と韓国語』文春新書)。ただし、その言葉のもつ重みには、大きな違いがあるかもしれない。


 ▼長崎県の軍艦島や静岡県の韮山反射炉など、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への登録がようやく決まった。ただ、後味の悪さが残る。先月の日韓外相会談では、両国が協力することで合意していた。日本は約束を守り、韓国が推薦する「百済の歴史地区」を支持した。ところが韓国は、日本の遺産の一部が「強制労働」の現場だったと主張して、審議を紛糾させる。


 ▼結果的に、日本が譲歩する形となった。すでに、軍艦島をナチス・ドイツによる強制収容所になぞらえる動きも出ている。「歴史戦」にも利用されるだろう。韓国政府は国民に、「外交の勝利」を大いにアピールしているようだ。


 ▼しかし、韓国の国益にとって、実は大きなマイナスではないか。いかに日本人がお人よしでも、今後は韓国のヤクソクを信じる愚は冒さない。日韓関係改善の芽がつまれて、困るのは韓国のはずだ。


 ▼ギリシャの国民投票では、EUなどが示した構造改革案への反対票が、多数を占めた。チプラス首相に扇動された反対派の市民が、歓声を上げている。もっとも、EU側が譲歩に応じるとはとても思えない。世論におもねる指導者の下で、国際社会の信用を失った国が、どんな運命をたどるのか。朴槿恵大統領は、じっくり学習すればいい。




以上。引用終わり。

http://www.sankei.com/column/news/150707/clm1507070004-n2.html



上記約束とは、口約束であるものの、


かの国は法として定められた約束である、国家間条約ですら、その義務を守らない。


例えば、1965年の日韓基本条約を守る意思を持たない。


だから、慰安婦やら強制労働やら、今も騒ぐ。


要するに、お金が欲しいだけの話だが…




1910年日韓併合に関する条約も、無効という。


が、国際法上、これが正しいプロセスに基づいて締結された条約であることは疑いようがない。


それに、一進会をはじめ、当時の韓国人は併合を望んでいたのだ。


彼ら以外で、どこの国の国際法学者が、この条約を無効などと言っているだろうか?



この程度?なら、まだしも。


2004年のスマトラ沖地震の義援金の話はさらにひどい。


韓国政府はスマトラ沖地震の被災地に対し5000万ドルの支援を表明していたが、国際社会の関心が薄れた頃には支援額を9分の1にカットした。おまけに、その支援額の半分を未だに支払っていない。



というものであるが、


なんとも浅ましいといか、愚の骨頂とはまさにこのことではないか。


彼らが言ったことは、それは彼らの見栄・体裁・面子のためであり、


その約束を守ることは二の次なのである。


律儀な日本人とは全く違うとしか言いようがない。




というか、そんなことくらい重々ご承知であるはずのお役人さんたちが、


韓国にだまされたとか言ってるけど、


なんというか、おめでたいですね、日本人は…。




ひとつ思い出していただきたいのは、


国際連盟時代に、中国代表の顧維鈞が、偽「田中上奏文」のことを持ち上げたことだ。


田中上奏文というのは、簡単に言えば、日本の世界侵略計画が書いてあったとされるもので、時の田中首相が天皇に上奏したとされる文書である。これは内容的にも誤りが多く、当時でさえ怪文書としか見なされていなかった、日本では…。



時の外相松岡は、これに対し、真贋論争を挑んだ。


顧維鈞はこの論争をさらりとかわし、本物ウソにかかわらず、この田中上奏文と同じようなことが実際に日本軍によって行われていることが重要であると述べた。


要するに、田中上奏文が本物であることは証明できなかったわけで、本来なら松岡の勝ちだ。



しかし、情報戦の恐ろしいところは、


それが正しいか間違っているか、というのは、かなりどうでもよいということである。


それが正しいか間違っているかと、第三者がどう受け止めるかは、まったく次元が違う話なのである。



連盟における田中上奏文をめぐる論争は、


日米戦争に大きな影響を与えた、と私は考えている。


実際ポツダム宣言では、日本が世界征服をたくらんだ、と全くアホなことが書かれているわけである。


さらには東京裁判も、いわゆる「A級戦犯」は、共同謀議なるもので裁かれているわけである。




翻って今回の世界遺産登録に関して、


日本は絶対に言ってはならないことを言った。


韓国が仕掛けた情報戦に、うかつにも乗ってしまったわけであり、


はっきり言って、今更外相が「強制労働ではない」などと抜かして真贋論争に挑もうとも、


諸外国の人々に与えた影響・印象というのは、もう回復不能なところまで来ている可能性が高い。




日本政府は、今も情報戦の恐ろしさをわかっていないのではないか。


第二次大戦の反省をするのは、大いに結構である。


だが、反省というのは、悪びれることではない。


なぜ国土を焦土とされたか、次に焦土にされないためには、どうふるまえばよいか、


そこを真剣に考えることこそ、第二次大戦の真の反省なのである。



真剣に反省していないからこそ、また同じ愚を犯すのである。



悪貨は良貨を駆逐する、という言葉がある。


私が言いたいのは、国際社会においては、日本は時に意図的に悪貨としてふるまわなければいけない、


ということである。