うちの塾では、こういう教育はしません。
(というか、これは教育ではなく、むしろ虐待だと思います。)
「ルール違反した息子のゲーム機バキバキに折った」
高嶋ちさ子氏の子育てコラムに賛否両論

家庭内のルールを破ったので、息子のゲーム機をバキバキに折った――。バイオリニストの高嶋ちさ子さん(47)が、東京新聞の子育てコラムでこんな内容を書いて、ネット上で論議になっている。
高嶋ちさ子さんは、テレビにも出演しており、独特の辛口コメントで知られる。
◆「長男は悲鳴を上げ、かなり落ち込んだ」
「ゲーム機バキバキ事件」。タレントのリレー方式で連載している東京新聞のコラムでは、高嶋さんは2016年2月12日にこんな刺激的なタイトルで自らの子育てを語った。
それによると、高嶋さんは、ゲーム機を子供に与えない方針だが、長男の友達の母親からプレゼントされ、特別に許すことにした。息子が2人おり、公平にと考えて、次男には、自らがゲーム機を買い与えた。
ただし、ゲームを許すに当たっては、家庭内にルールを設けた。高嶋さんは、ゲームは週末に宿題が終わって時間が余ったときだけと言い渡した。19時以降に子供は電化製品に触れないルールがあるので、土曜日の17~19時までがゲームの時間になった。
ところが、ある金曜日の夜に長男がゲームをしているのを見つけ、宿題も終わっていないというので、高嶋さんは激怒した。そして、「ゲーム機を手でバキバキと折った」と明かしたのだ。長男は、それを見て悲鳴を上げ、かなり落ち込んでいたという。次男についても、その日はチェロの練習をしていなかったことに怒り、買ったゲーム機も折って壊した。
コラムでは、「約束は守らないといけません」とのキャプションを付けて、2つに折ったゲーム機2台の写真を載せている。
息子2人に対しては、ゲームができないことより、母親の信用を失ったことを嘆くよう説教したそうだ。そして、長男が翌週、算数のテストで満点を取り、それは折れたゲーム機のおかげだったと高嶋さんに話したことも明かした。
◆「特に、お答えすることはありません」
ゲーム機を壊したことについて、高嶋ちさ子さんは、ほかの母親から、隠したり取り上げたりといった生ぬるいやり方ではなく本気を見せないとダメだと分かったとメールで反応があったことも紹介した。ただ、母親たちの間でゲーム機を壊すことがはやることには懸念も示した。
高嶋さんのこのコラムがツイッターなどで紹介されると、ネット上では、たちまち賛否両論になった。
賛同する声としては、「ダメなものはダメだと強く教える事は大事」「別にこういう育て方もありだろ」といった書き込みがあった。
しかし、疑問や批判の声の方が多く、「子育てではなくただの虐待」「逆効果なんだよな」「自主性が奪われてしまう」との指摘が出た。また、ものを大切にしないのは教育上よくない、ゲーム機を贈った人の気持ちを考えろ、ゲームを楽しんでいる人には非常に不快だ、といった声も上がっていた。
この騒ぎで、ウィキペディアの高嶋さんの項目が荒らされるまでになった。東京新聞の生活部が「読んでみてくださいね」とツイートすると、なぜこんなコラムを載せるのかと炎上した。このツイートは、その後削除されている。
高嶋さん側は、疑問や批判について、どう考えているのか。
マネージャーに取材すると、「特に、そのことについては、お答えすることはありません」と答えた。メディア窓口のジェイ・ツーによると、賛否両論があるため、高嶋さんは、とりあえず静観しているとのことだった。
以上。引用終わり。
http://www.j-cast.com/2016/02/15258532.html
これは、言葉を失います。
子どもが大切にしているものを、見ている前で壊すというのは、
子どもの心まで破壊すると思います。
親子という力関係があって、
逆らえない状況で、こんな悲惨なことをされたら、
子どもの盲従する傾向はますます強まるでしょう。
人は軽度の抑圧なら反抗できますが、
強度の抑圧に対しては、それに対する盲従傾向が強まります。
つまり、奴隷みたいな精神になってしまう。
これは、教育ではなくて、虐待と言った方が良いと思います。
約束を破ったら、よくないとはいうが、
それならそれで、母親も子どもに対して約束を破ったら、
その瞬間、親の大切にしているものを、例えばバイオリンを目の前でバキバキにする権利が与えられます。
そういう論理を自ら認めているに等しいが、良いのでしょうか。
うちの塾としては、何より自主性を大切にしています。
というのも、目の前の子どもたちをどうにかするのではなく、
家に帰って一人になったらどうするか、の方が大切だと考えているのです。
子どもたちの行動を全てコントロールできるわけではありません。
むしろ、子どもたちが自由な行動を許される中で、
私ではなく子どもたちがが自分の行動をコントロールできるように仕向ける、
それが教育において大切なことだと考えます。
親と教師が先に死んでも一人で生きていけるようにする、それが教育なのです。
ゲームを壊して解決、と考えるのではなく、
ゲームがあっても、勉強を選ぶようにできるよう誘導してあげるのが、
うちの塾の方針です。
また、極論かもしれませんが、
例えば、これがゲームではなく犬だとして、
犬の散歩に毎日行くことになっていたのに行かなかった、
犬のキライなお母さんが子どもが大切にしている犬を絞殺しました、というニュースだとして、
「約束は守らなければいけません」
といって犬を殺すのだろうか。
お母さんにとって、犬はゲーム機同様、全くいらないし、価値もないものならば、
殺すことは許されるのだろうか。
犬は命だから、殺してはいけないのか。
ゲーム機は命ではないから、壊していいのか。
大切にしているもの、という点では私にとっては、同じだと思います。
つまり、絶対に奪ってはならないのです。
これは、ゲームが壊れたどころか、
大切な心が壊れたことの方がマズイということを親は知るべきですね。
教育に関しては、答えはないかもしれません。
しかし、私は、上の記事に全く賛同できません。
子どもに対する同情しかありません。
同時に、うちの両親がこんな人でなくて、心からよかったと思えました。