「夢見る黄金地球儀」 海堂尊 | 映画物語(栄華物語のもじり)

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「映画好き」ではない人間が綴る映画ブログ。
読書の方が好き。
満点は★5。
茶平工業製記念メダルの図鑑完成を目指す果てしなき旅路。




★★★

 町工場の息子が、市役所の管財課課長にハメられて莫大な損害賠償を請求されそうになったもんで、金でできた地球儀の中身を盗もうと計画するという、もう公務員なんてキライ、大キライという話。


 『チーム・バチスタの栄光』シリーズでお馴染み、海堂尊の初めての医療小説ではない小説(ただし舞台は同じ街)。きっと医療小説以外にも挑戦したかったんだろうな~という感じが作品全体から滲み出ている。その結果、医療の代わりに物理学とか機械工作学とかに特化した小説となり、文学部国文学科卒という文系中の文系の私には、登場した機械の姿が一ミリも想像できず、物語の場面が全く思い浮かばないまま終わった。まだ医学分野の方がイメージをしやすい。きっと作者は、根っからの理系人間なのだろう。医療の次に得意分野なのが工学であり、その知識の深さはかなりマニアックで、女子に得意げに話したら確実に白けるタイプのものである。文章は読みやすくて素晴らしいけどね!

 バチスタシリーズにも言えることだが、作者はとにかくお役人が嫌いである。これでもかこれでもかと官庁、役所、お役人批判が噴出していて、これを読んで何も感じない公務員はいないだろう(教員は別かもしれないが)。はっきりいって、言ってることはまあ大体当たってるんだけどねー。当たっているからこそ腹が立つのであるが、同時に「そういうやつらばっかりじゃない」という思いをもつ公務員もいるだろう。それもまた然り。

 私の感覚では、公務員の持つ固さ、融通の利かなさ、ケチくささは、公務員だからというよりも、公務員を取り巻く制度の方に根があると考える。例えば、作者は本著の中で「役所は民間企業からは安く買い叩き、自分たちには大盤振る舞いをする」みたいなことを書いていたが、この「民間企業から安く買い叩く」というのは、値段交渉の担当者がそうするというよりも、制度がそういう制度になっていて、それを適用しているだけだと思うのである。例えば、道路工事から事務用品のシャーペン一本に至るまで適用されている「入札制度」というものがあるのだが、通常のオークションとは真逆で「安さを競わせる」というのは、本当に上からものを見た制度だと個人的には思う。ただこの制度は、闇カルテルなどを結ばれない限り、理屈のうえでは最大限の安さを引き出すことができる制度である。しかし、この制度の利点は今述べたように「安さ」であるが、反対にデメリットとしては、何を買うにも時間がかかるという点であり、多くの一般職員は正直「めんどくせー」と思っているのではないか。この制度の下では、たとえ隣に電気屋があったとしても、乾電池1個を買うのにその店では買えず、入札を経なければならない。安さを探求した究極の制度だが、それを大歓迎している公務員をあまり見たことはない。

むしろ公務員は財政面ではルーズであり、商売の交渉もヘタである。というか、値引きしようとか安く済ませようとかいった考えは皆無で、予算内で収まるならそれでいいとしか考えていないように思うのだが。極端なことを言えば、「経費を削減する」というよりも「予算を遣い切る」みたいな考え方で財政を捉えていて、経費を削減しようとするのは、「あっ、やべ。このままじゃ金が足りん」ということに気づいてからだ。

 一言で言おう。公務員はケチではない。だからこそ、制度をケチにしたのである。

頑固さ融通の利かなさもそれに通ずるものがあり、制度が決して柔軟さをゆるさないのである。俗に言う「お役所仕事」という言葉は、まあ場面場面で色々な意味として使われるが、「融通の利かなさ」という点においては、制度面の固さに原因がある。

本著の内容からだいぶ話がズレたが、作者は現役の医者だけあって、とにかく頭がいい。それにともなって、主人公も異様なくらい頭がいいし、登場人物たちも軒並み水準以上の知能の持ち主である。この小説には知的な会話が溢れている。主人公たちの思いつきや行動も知的であるし、それを説明されて瞬時に理解する脇役たちの頭脳も明晰だ。

 海堂尊の小説に足りないものは、ミステリーではなく、「おバカ」ではなかろうか。

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