スティーブのインタビューをするように言われた時の、周り人たちの表情には少し違和感を覚えました。笑っているような、何か私に言いたくてしょうがないような。彼のチャート(ファイル)を見ると、そこには女性のようにお化粧をして髪をきれいに束ねた人物の写真が載っていました。そして、性別には、トランスジェンダーというところにチェックがついていました。アメリカ、それもNYのような大都市では、トランスジェンダーの人たちに対してもう少し寛容な見方をするものだと思っていたのですが、まだまだ訓練を受けたカウンセラーでさえ偏見を持っている人がいるという事実に少し嫌悪感をおぼえました。

結局、時間の都合により、彼のインタビューは私がすることはできなかったのですが、たまたま他のカウンセラーが対応しているときに居合わせることができました。

彼はお化粧はしてないものの、ブロンドに染めた長い髪をきれいにまとめ、質問にはとても協力的に答えていました。性的虐待を受けたことがあるかと聞かれたときに、彼は素直にあると答えました。それはスティーブが子供の頃に起こったらしいのですが、それに対して彼は自分がいけなかったというのです。というのも、彼は自分が、”gay”であるため、男性の目を引いてしまったからだといい、全ての責任は自分だと言い切って、最後には、性的虐待と言ってしまっていいのかどうなのか...とまで考え始めたのです。

女児に対する性的虐待は、リサーチの対象として多くの学者等が書いていますが、男児に対してのものとなると極端に少なくなります。それは、男女の本来の違いということに大きく関係するようです。しかし、アメリカではいくつかの研究において、男児を対象とした性的虐待は決して希有ではなく、広範囲にとても多くみられるとしています(興味のある方には、"Betrayed as Boys - Richard B. Gartner"という本をお勧めします。ちょっと読んでいて辛くなるかもしれませんが。)。

私が授業で性的虐待について習ったときに、典型的な犠牲者の反応のひとつとして、”自分に非があるからだ”と考える、ということがありました。スティーブもこの例にもれないのだと思うとなんだか悲しくなってきました。

トランスジェンダーとは、なかなかはっきりとした定義というもの自体は難しいようですが、大まかに、自分の持っている性的アイデンティティーと伝統的に受け入れられている肉体的な性的区別とが違っていることをさします。どうしても一般的社会が”norm"として受け入れているのは、肉体的な性というところが圧倒的で、トランスジェンダーの人たちが普通に生活していくことには困難が伴います。スティーブもそのストレスから麻薬へ走り、ニードルをシェアしたことによって、病気まで感染してしまいました。依存症の治療だけでも大変ですが、彼のようにまた別の大きな問題を抱えている人にとっては、これから先いろいろなサポートが必要となってくると思います。

何かが起こるかもしれないという期待もあって、休んでもいいと言われながらクリスマスは仕事をしていました。ところが、スタッフも含めみんなゆったりとして、今のところ何もないままホリデー気分が続いています。

50代後半、身だしなみのきちんとした男性が入ってきました。彼は二つの名前を使い分け、この施設ではジャックと呼ばれているということなので、ここでもジャックとします。

ジャックはアルコール依存症治療のため、この施設にやってきました。アルコール依存症は遺伝的原因も強く、統計によると特に父親ー息子というパターンが一番多くみられます。聞いてみると、ジャックの父親もその父親(ジャックのおじいさん)もそうだったようです。彼は、最初にアルコールを口にした時に何とも言えない幸福感を覚えたといいます。そして、一度口にすると、もう1杯で済ませるなんてことは不可能なくらい止まらないそうです。

アルコール依存症の人に多くみられるのですが、自分はお酒を人より多く飲むだけで、それ自体は大した問題ではないといいます。ジャックも、自分はドラッグもやらない、タバコだって吸わないから、他のクレイジーなドラッグ中毒者と一緒にしてほしくないと強く主張します。確かに、お酒とドラッグとでは、違法かそうではないかという明白な規制的な違いがあるため、お酒に対してゆるい見方をする傾向は一部の人の中にはあります。しかし、その甘さにはたくさんの危険が含まれています。

彼はおかしそうに、酔っぱらった次の日に、ホテルで見た事もない、彼の2倍以上ある大柄な女性と寝ていた話をしてくれました。ふたりは性交渉を持ったそうなのですが、彼は全く覚えていません。しかし、私が危険性を指摘すると、彼も真面目な顔をして、”今まで一度もプロテクションをして性交渉をしたことがないのに、エイズやその他の性病にかかったことがないということは奇跡だと思う”と言い、天を仰ぎました。

彼がこの施設に来た理由は、ホームレスで寝るところが必要だったからだそうです。NYの冬はとても寒く、外で寝ていたらそのまま凍死しかねません。そういうわけなので、特にアルコール依存を治そうなんて思っていないと私の前ではっきりと言い切りました。このままいられるだけ施設にいたら、後は、また外に出てすぐに飲み始めるそうです。ところが、ジャックの家族構成を聞いている時に、少し彼の態度が変わりました。彼には、4人くらい子供がいるらしいのです。くらいというのは、彼は全く子供に会った事がないからです。いつもお酒を飲んでは知らない人と性交渉を持ち、何人かの女性が妊娠し、彼が反対したにもかかわらず産んだらしい人もいるというのです。その話の時に、ジャックはちょっと寂しそうな顔をして、”僕自身を面倒みきれないのに、どうやって子供を世話できるんだよね”と沈んだトーンで言いました。

インタビューの最初の方は明るい笑顔で、とても強気に自分は飲む事を止めないと言っていましたが、最後にはぼつりと”止める事は簡単ではないけれど、止めるためには、まず仕事を見つけて自分自身を他の事にも集中させないとだめだから、そういうところから少しずつ始めて行きたい。僕ももう60だしね。”と言いました。

率直に言うと、彼の治る見込み(prognosis)はとても低いです。飲み始めた年齢(彼の場合は12才)と現在の年齢を考えると、もうアルコールと共に長い間生きてきているので、それが生活のパターンになっていると考えられるからです。motivationは治療する上で大切な要素の一つですが、ジャックにはそれがありません。悲しいことですが、スーパーバイザーに、全ての依存症患者を治すことはできないという現実も知る事が大切だと言われたことを思い出します。
ピアーズは、見た目は多少怖いものの、インタビューも協力的で、時にはジョークも交えながら答えてくれました。彼は、30代前半の男性で、特に気になるような履歴もありません。

しばらくして、彼が別のカウンセラーのところへ次のリハビリの件で相談に訪れました。大抵の患者は、どこのリハビリのプログラムが楽でいいとか、場所が便利だとか、結構情報を持っているので、具体的にどこへ行きたいとはっきり言ってくる事が多くあります。ところが、私たちの施設から他の施設へ患者を送るときには、それなりの条件もありますし、また条件をクリアしたからといっても受け入れ場所が定員一杯で無理ということも少なくありません。ピアーズの行きたいリハビリ施設もまた定員に達しており、カウンセラーがそこは無理だと伝えた時から、彼はイライラした態度を見せ始めました。

何度もカウンセラーが無理だから他の方法を考えようと言っているのに、ピアーズはききません。カウンセラーが彼をなだめようとして、いろいろ話をしているうちに、たまたま彼の家族の話になりました。彼には離婚した奥さんがいるのですが(インタビューの時にはただ独身とだけしか言っていませんでした)、どうやらその奥さんに暴力を振るったため、刑務所へ入り、子供の親権も失ったそうです。たったここまで聞き出す間に、カウンセラーはピアーズに何度も、”おまえの知った事じゃない”と威嚇されていました。

刑務所に入っていたという事実も私には隠していたので、私も少しカチンときました。しかし、それ以上に呆れ返ったのは、彼があまりにも自分自身が見えていないということでした。家庭内暴力→子供の親権喪失→刑務所という経過をたどったことを、彼はとても言いにくそうで、バレてしまった後はもう言い訳に走り始めました。”僕は、子供には一度も暴力を振るったことはないし、妻だって向こうが先にしかけてきたんだ。僕は、本当にいい父親だし、いい人間なんだ。”と一生懸命周りにいるカウンセラー達に説得しているのです。ところが、家庭内暴力にしては長く刑務所にいた彼に、カウンセラーが何気なく、”あなた刑務所で何かしたの?”と言うと、”ただ、人を殺しただけだよ。でも相手だって刑務所に来るくらいだから悪い人間だし、たまたま喧嘩になって殴ったら、向こうが起き上がらなくなったんだ。結局彼はそのまま死んじゃっただけで、僕は何も悪いことをしていない!”と言い張るのです。

家庭内暴力を起こしても、自分の責任ではない。人殺しをしても、相手が勝手に死んだだけ。そういえば、彼にインタビューした時に、どうして前に施設に来てクリーンになったのに、また薬に手を出したのかと聞いたら、”だって、周りの友人が使ってて勧められたし、その時は仕事もなくてイライラしてたから...”と言っていたのを覚えています。結局、悪い結果に結びついたことは、みんな他人のせいなのです。施設の精神科医が、どうしてまた薬やアルコールに戻ったのか聞いたときに、患者が、”全ては自分がいけない”という人は、望みがあるけれど、そうではない人はまず無理だと言っていました。まず自分自身を見つめ直し、人を責める事をやめることから始まるのだと思います。そして、それは薬物・アルコール中毒者に限らず、私も含め一般の中毒者でない人にも共通することだと痛感しました。