メガネの三城~CMの歌
メガネの三城のCMの曲が変わっていました。
今まで最後の歌のところ、「メガネの~三城♪」の部分は
「ミレ#ミファ#・ド#ラ」(上段)という旋律でした。
「メガネ~の~パリ、三城♪」と「パリ」が入り、
「ミレ#ミミ#ファ#ド#・ド#ラ」の時もありました。
しかし今では「メガネの三城♪」で「ミレ#ミミ#ド#ラ」(下段)です。
どうも気になります。
問題は「三拍子で、終わりの音が小節の頭に来ない」ことと、
「ミ#がファ#に行かない」ことの二点です。
今までの曲と比較してしまうので、余計に不自然さが目立ってしまいます。
CMの時間の関係なのでしょうか、こうも不自然にカットするのも勇気がいると思いますが。
今まで最後の歌のところ、「メガネの~三城♪」の部分は
「ミレ#ミファ#・ド#ラ」(上段)という旋律でした。
「メガネ~の~パリ、三城♪」と「パリ」が入り、
「ミレ#ミミ#ファ#ド#・ド#ラ」の時もありました。
しかし今では「メガネの三城♪」で「ミレ#ミミ#ド#ラ」(下段)です。
どうも気になります。
問題は「三拍子で、終わりの音が小節の頭に来ない」ことと、
「ミ#がファ#に行かない」ことの二点です。
今までの曲と比較してしまうので、余計に不自然さが目立ってしまいます。
CMの時間の関係なのでしょうか、こうも不自然にカットするのも勇気がいると思いますが。
「ふじっこ煮」という商品があります。
このCMの曲も気になったことがあります。
これは「ふじっこふじっこふじっこ煮♪」という歌なのですが、
最初は「ミソソミソソミソソラ」(上段)という旋律でした。
最後ドに行かないのがどうも気になりましたから
いっそ抗議の電話でもかけようかと思っていたのですが、
そうするまでもなく曲が変わってしまいました。
変わった後は「ミソソミソソミソソド」(下段)でしたので、
「ああ、同じようなことを考えて文句を言った人でもいたのかな」と思いましたが、今度はリズムが気になります。
今まで四拍子で、二小節目の頭の拍で終わっていた曲が一小節目の四拍目で終わるようになったのです。
ああ、せっかく望みが叶ってドで終わるようになったのに、どうしてリズムを変えてしまったのでしょう…。
まあ最初から三拍子だったと思えば、最後のドが小節の頭になるので構いませんが。
このCMの曲も気になったことがあります。
これは「ふじっこふじっこふじっこ煮♪」という歌なのですが、
最初は「ミソソミソソミソソラ」(上段)という旋律でした。
最後ドに行かないのがどうも気になりましたから
いっそ抗議の電話でもかけようかと思っていたのですが、
そうするまでもなく曲が変わってしまいました。
変わった後は「ミソソミソソミソソド」(下段)でしたので、
「ああ、同じようなことを考えて文句を言った人でもいたのかな」と思いましたが、今度はリズムが気になります。
今まで四拍子で、二小節目の頭の拍で終わっていた曲が一小節目の四拍目で終わるようになったのです。
ああ、せっかく望みが叶ってドで終わるようになったのに、どうしてリズムを変えてしまったのでしょう…。
まあ最初から三拍子だったと思えば、最後のドが小節の頭になるので構いませんが。
ふじっこ煮 ミネラルバランス
[フジッコ株式会社]
やはりCM曲と言えばたらこです。最近では「合唱篇」で新しいアレンジが披露されました。
各社ともキユーピーを見習ってCM音楽に力を入れてください。
キユーピーあえるパスタソース「合唱」篇
[キユーピー]
道を間違う
「誰にでも間違えはある」と聞いて違和感を覚えました。そこは「間違い」なのでは。
「間違い」と「間違え」は似ています。元の動詞は「間違う」と「間違える」ですね。
ではこの二つはどう使い分けるべきなのでしょうか?
まちが・う ―ちがふ 3 【間違う】
(1)正しくない状態になる。誤っている。違う。
(2)「間違える(1)」に同じ。
(3)「間違える(2)」に同じ。
(4)行き違う。かけ違う。
まちが・える ―ちがへる 4 3 【間違える】
(1)誤りをする。やりそこなう。
(2)他のものと取り違える。
〔「間違う」に対する他動詞〕
なんだか「間違う」≒「間違える」のように見えます。
しかし「間違える」は「間違う」に対する他動詞です。
「違う」と「違える」には自動詞と他動詞という大きな違いがあります。
同じように「開く(あく)」と「開ける(あける)」も自動詞と他動詞のコンビです。
例えば「ドアが開く」は「ドアを開ける」と言い換えることが出来ます。
同じように「道が違う」と「道を違える」も可能でしょう。
では「間違う」は?「答えを間違える」はいいとして「答えが間違う」はないでしょう。
むしろ自然なのは「答えを間違う」です。勿論、「答えを間違える」が最も自然ですが。
しかし何故このような不自然さが出てくるのでしょう。
どうやら「間違う」は他動詞として使われています。自動詞として使う方が不自然です。
「彼が道を間違った」と言えば「間違う」のは「彼」ですし、「違う」のは「道」です。
どうも「間違う」「間違える」は「違う」「違える」と同じように考えてはいけないようです。
では結局何が違うのでしょうか。
間違う? 間違える?
[NHK放送文化研究所]
「間違う」を自動詞として、「間違える」を他動詞として使ってもらえるとすっきりするのですが。
それはあまりに安っぽい考えでしょうか。
「間違い」と「間違え」は似ています。元の動詞は「間違う」と「間違える」ですね。
ではこの二つはどう使い分けるべきなのでしょうか?
まちが・う ―ちがふ 3 【間違う】
(1)正しくない状態になる。誤っている。違う。
(2)「間違える(1)」に同じ。
(3)「間違える(2)」に同じ。
(4)行き違う。かけ違う。
まちが・える ―ちがへる 4 3 【間違える】
(1)誤りをする。やりそこなう。
(2)他のものと取り違える。
〔「間違う」に対する他動詞〕
なんだか「間違う」≒「間違える」のように見えます。
しかし「間違える」は「間違う」に対する他動詞です。
「違う」と「違える」には自動詞と他動詞という大きな違いがあります。
同じように「開く(あく)」と「開ける(あける)」も自動詞と他動詞のコンビです。
例えば「ドアが開く」は「ドアを開ける」と言い換えることが出来ます。
同じように「道が違う」と「道を違える」も可能でしょう。
では「間違う」は?「答えを間違える」はいいとして「答えが間違う」はないでしょう。
むしろ自然なのは「答えを間違う」です。勿論、「答えを間違える」が最も自然ですが。
しかし何故このような不自然さが出てくるのでしょう。
どうやら「間違う」は他動詞として使われています。自動詞として使う方が不自然です。
「彼が道を間違った」と言えば「間違う」のは「彼」ですし、「違う」のは「道」です。
どうも「間違う」「間違える」は「違う」「違える」と同じように考えてはいけないようです。
では結局何が違うのでしょうか。
間違う? 間違える?
[NHK放送文化研究所]
「間違う」を自動詞として、「間違える」を他動詞として使ってもらえるとすっきりするのですが。
それはあまりに安っぽい考えでしょうか。
混だ電車
久々に乗った電車が大変混んでいました。
混んでいる、と思って考えてみると「混」は音読みでも「コン」です。
ああ、「混(コン)でいる」で「混んでいる」だな、と考えました。
だからどうということもない、と思いましたが敢えて調べました。
大辞林では「混む」の項目は見つかりませんでした。
説明文から検索すると出てきました、「込む 」。
こ・む 1 【込む】
(動マ五[四])
(1)(「混む」とも書く)人・物などがその場所いっぱいに集まる。混雑する。
⇔すく
「ラッシュアワーで電車が―・む」「枝の―・んだ所を切る」「道路が―・む」(以下略)
同じ三省堂の漢字辞典には「混」の音訓に「こ-む」とあるのですが。
混んでいる、と思って考えてみると「混」は音読みでも「コン」です。
ああ、「混(コン)でいる」で「混んでいる」だな、と考えました。
だからどうということもない、と思いましたが敢えて調べました。
大辞林では「混む」の項目は見つかりませんでした。
説明文から検索すると出てきました、「込む 」。
こ・む 1 【込む】
(動マ五[四])
(1)(「混む」とも書く)人・物などがその場所いっぱいに集まる。混雑する。
⇔すく
「ラッシュアワーで電車が―・む」「枝の―・んだ所を切る」「道路が―・む」(以下略)
同じ三省堂の漢字辞典には「混」の音訓に「こ-む」とあるのですが。
駄目ですか。
一方、広辞苑には「込む・混む」と両方で見出しがありました。
どちらかというと「混雑する」の意味で使われる場合には
一方、広辞苑には「込む・混む」と両方で見出しがありました。
どちらかというと「混雑する」の意味で使われる場合には
「混む」の表記が一般的、という感じがします。
思えば「込む」なんて「落ち込む」「差し込む」「入り込む」等の
思えば「込む」なんて「落ち込む」「差し込む」「入り込む」等の
複合動詞でしか目にしません。
Googleに「電車が混んで」「電車が込んで」を尋ねました。
電車が混んで の検索結果 約 14,800 件
電車が込んで の検索結果 約 243 件
「込む」はやはり少数派です。
Googleに「電車が混んで」「電車が込んで」を尋ねました。
電車が混んで の検索結果 約 14,800 件
電車が込んで の検索結果 約 243 件
「込む」はやはり少数派です。
ところで「電車が込んで」で検索して一番上に出ました。
電車が込んで
[緩螺絲のあおいひかり]
なるほど、確かに「込む」の方が意味としては正しい気がしてきます。
むしろ「混む」の表記がとても悪いように思えてきました。
音読みがコンだから、という理由だけで「こむ」の項にこっそり居るのです。
それはずるいと思います。
(あくまでも「そう思えてきた」だけです。)
「込」と「混」をどう使い分けるかは、まだ決めないことにします。
電車が込んで
[緩螺絲のあおいひかり]
なるほど、確かに「込む」の方が意味としては正しい気がしてきます。
むしろ「混む」の表記がとても悪いように思えてきました。
音読みがコンだから、という理由だけで「こむ」の項にこっそり居るのです。
それはずるいと思います。
(あくまでも「そう思えてきた」だけです。)
「込」と「混」をどう使い分けるかは、まだ決めないことにします。
