空間
ウィパーが激しく暴れだす午前3時のラブ・スコール。
これで季節外れの猛暑ともオサラバできるイイチャンス、秋ゆえに、秋らしく、そろそろ本格的な"大きい秋見つけた"といこうじゃないか。
夏のエコーにも、いい加減飽々でございます。
そう、こないだ親友パンサーと久方ぶりにテレホンをし、そして久方ぶりに自然に笑った。
いつもの如く、テレホンショッキング・リレーで、ポニーキャニオンとも話し、そしてまたまた笑った。
なんだろう?普段言葉を選んだり、空気を読んだり、気を使ったりする、限られた空間に存在を置いているせいか、弾むようなリズムで言葉を交わせ、そして何の制限も無いフリーダムな空間を演出する親友共に、ちょっとセンチながらにグッとくるものがありました。
昔昔だったら"当たり前"の空間で共存し合う、それが"仲間"だっ!が言うまでもない"当たり前"の法則だったのだが、個々が社会的階段を登り、いつの間にか枠が狭まり、どことなく四次元空間にも似た、"非現実的な場所"と位置づけてしまう自分に、時よりジレンマが襲った。
しかしこうして仲間と何分しか話してないのに、アッという間に"当たり前の空間"を造り出してしまう、そんなビッグバン現象に、"当たり前"では無く、コイツらが仲間で"ありがたい"とシミジミ思う瞬間。
やはり友達100人出来るかな?的、フランク・イズムに特化したインスタント・フレンドよりも、ガッチリとした、ファミリー的"仲間"の方が、俺には性に合っている。
コッポラの影響は、知らぬ間に四ツ倉にアリかな?(笑)
仏教でいう釈迦は、「月を差す指を見るな、月を見よ」と教えましたが、指を今存在している空間と例えるなら、月は仲間同士笑っている場所と解く。
その心は・・・
美しい“当たり前“の光り・・・
お後がよろしいようで・・・
これで季節外れの猛暑ともオサラバできるイイチャンス、秋ゆえに、秋らしく、そろそろ本格的な"大きい秋見つけた"といこうじゃないか。
夏のエコーにも、いい加減飽々でございます。
そう、こないだ親友パンサーと久方ぶりにテレホンをし、そして久方ぶりに自然に笑った。
いつもの如く、テレホンショッキング・リレーで、ポニーキャニオンとも話し、そしてまたまた笑った。
なんだろう?普段言葉を選んだり、空気を読んだり、気を使ったりする、限られた空間に存在を置いているせいか、弾むようなリズムで言葉を交わせ、そして何の制限も無いフリーダムな空間を演出する親友共に、ちょっとセンチながらにグッとくるものがありました。
昔昔だったら"当たり前"の空間で共存し合う、それが"仲間"だっ!が言うまでもない"当たり前"の法則だったのだが、個々が社会的階段を登り、いつの間にか枠が狭まり、どことなく四次元空間にも似た、"非現実的な場所"と位置づけてしまう自分に、時よりジレンマが襲った。
しかしこうして仲間と何分しか話してないのに、アッという間に"当たり前の空間"を造り出してしまう、そんなビッグバン現象に、"当たり前"では無く、コイツらが仲間で"ありがたい"とシミジミ思う瞬間。
やはり友達100人出来るかな?的、フランク・イズムに特化したインスタント・フレンドよりも、ガッチリとした、ファミリー的"仲間"の方が、俺には性に合っている。
コッポラの影響は、知らぬ間に四ツ倉にアリかな?(笑)
仏教でいう釈迦は、「月を差す指を見るな、月を見よ」と教えましたが、指を今存在している空間と例えるなら、月は仲間同士笑っている場所と解く。
その心は・・・
美しい“当たり前“の光り・・・
お後がよろしいようで・・・
然れど一日
ついてない日曜日・・・
そう、何をやっても裏目に出る一日。
そんな日ってありますよね。
自分の中で呼ぶ、"悪魔がささやく日"でございました。
そうなると、周りがやたら幸せに見え、それもまたフラストレーションに変わってしまう・・・
完全に自分が産み出した負のスパイラル。
理想的には、いつも笑顔で常に水平線の如く、"穏やかで真っ直ぐな精神状態でありたい"が基本的モットーなのですが、やはり人間である以上、バイオリズムの法則は避けて通れないのも現実。
基本信念(現実主義)からなる、信仰心を持たない(無宗教)立場ゆえ、拝めば何でも叶うなど、自我の都合ありきの信仰は、次元を疑うばかりか、ため息が出るほどアンチだが、道徳的人間的哲学という観点でいうなら、宗教から学べる事は多い。
それもまた民主主義国家である証しであり、無宗教のつまみ食いにも似た、イイトコ取りの特権でしょう。
新興宗教は除いて・・・
仏教聖典では、カルマを"業"訳し"自業自得"と解釈する。
良い行為(カルマ)=良い結果
悪い行為(カルマ)=悪い結果
という意味であり、"因果応報"(行為と宿命には原因と結果の関係がある)という古代インドの思想。
ようするに、"原因=行為"ということに繋がる。
そう考えると、悪魔のしわざだとか負のオーラなどでは無く、全ての原因は自分の行為(行い)にある。
確かに・・・
気がつかない所で自分を正当化し、そして現実から目をそらし、他人やモノのせいにしている自分、非常に恥ずかしくなります。
日頃の精神状態、或いは波打つバイオノリズムも、全ては自分の自発的行為から発生するものであり、大事なのは自分を直視した上での反省・・・
たかが一日、然れど一日ですよね。
そう、何をやっても裏目に出る一日。
そんな日ってありますよね。
自分の中で呼ぶ、"悪魔がささやく日"でございました。
そうなると、周りがやたら幸せに見え、それもまたフラストレーションに変わってしまう・・・
完全に自分が産み出した負のスパイラル。
理想的には、いつも笑顔で常に水平線の如く、"穏やかで真っ直ぐな精神状態でありたい"が基本的モットーなのですが、やはり人間である以上、バイオリズムの法則は避けて通れないのも現実。
基本信念(現実主義)からなる、信仰心を持たない(無宗教)立場ゆえ、拝めば何でも叶うなど、自我の都合ありきの信仰は、次元を疑うばかりか、ため息が出るほどアンチだが、道徳的人間的哲学という観点でいうなら、宗教から学べる事は多い。
それもまた民主主義国家である証しであり、無宗教のつまみ食いにも似た、イイトコ取りの特権でしょう。
新興宗教は除いて・・・
仏教聖典では、カルマを"業"訳し"自業自得"と解釈する。
良い行為(カルマ)=良い結果
悪い行為(カルマ)=悪い結果
という意味であり、"因果応報"(行為と宿命には原因と結果の関係がある)という古代インドの思想。
ようするに、"原因=行為"ということに繋がる。
そう考えると、悪魔のしわざだとか負のオーラなどでは無く、全ての原因は自分の行為(行い)にある。
確かに・・・
気がつかない所で自分を正当化し、そして現実から目をそらし、他人やモノのせいにしている自分、非常に恥ずかしくなります。
日頃の精神状態、或いは波打つバイオノリズムも、全ては自分の自発的行為から発生するものであり、大事なのは自分を直視した上での反省・・・
たかが一日、然れど一日ですよね。
日常の贅沢
トーキョー・シティーは風だらけ。
そして気が付けば10月突入。
どうりでホットコーヒーが恋しくなるハズです。
そろそろキンモクセイも香る頃。
寒くも無く暑くもない気温のバランスは、限りなく寒い季節に傾く時季。
ドンヨリ台風の空の元、変拍子に雨が降ったり止んだりする中、ここからは徐々にアウターの支度にでも取り掛かろう。
なんだかワクワクします。
秋といえば、食欲の秋ともいいますが、近年自分の食スタイルの変化があり、通常食として出来るだけ肉を避け、玄米、味噌汁、納豆、豆腐、そして青魚と、日本人らしい食の文化にチェンジしております。
もっと率直に言うと、納豆さえあれば何も要らない!が的確な回答。
周りからはつまらない食とか、生きてて楽しい?などと様々な意見が飛び交う中、個人は最高の贅沢だと感じております。
長生き健康ナンチャラなど全くもって考えてはいないが、やはり化学調味料にドップリ浸かる食文化より、素材のウマさを堪能したい・・・
ただそれだけです。
丁寧な腕さえあればウマイし、お金もかからないという一石二鳥の法則。
最高の贅沢です。
秋味を満喫した後、モダンなメロディーに酔しれる・・・
オシャレと名のつくお店なんかより、極上の癒しを満喫できるひととき・・・
ん~秋ですねぇ~。
そして気が付けば10月突入。
どうりでホットコーヒーが恋しくなるハズです。
そろそろキンモクセイも香る頃。
寒くも無く暑くもない気温のバランスは、限りなく寒い季節に傾く時季。
ドンヨリ台風の空の元、変拍子に雨が降ったり止んだりする中、ここからは徐々にアウターの支度にでも取り掛かろう。
なんだかワクワクします。
秋といえば、食欲の秋ともいいますが、近年自分の食スタイルの変化があり、通常食として出来るだけ肉を避け、玄米、味噌汁、納豆、豆腐、そして青魚と、日本人らしい食の文化にチェンジしております。
もっと率直に言うと、納豆さえあれば何も要らない!が的確な回答。
周りからはつまらない食とか、生きてて楽しい?などと様々な意見が飛び交う中、個人は最高の贅沢だと感じております。
長生き健康ナンチャラなど全くもって考えてはいないが、やはり化学調味料にドップリ浸かる食文化より、素材のウマさを堪能したい・・・
ただそれだけです。
丁寧な腕さえあればウマイし、お金もかからないという一石二鳥の法則。
最高の贅沢です。
秋味を満喫した後、モダンなメロディーに酔しれる・・・
オシャレと名のつくお店なんかより、極上の癒しを満喫できるひととき・・・
ん~秋ですねぇ~。


