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唇の柔軟性って何だろう?

トランペットを練習するために色々な教則本を見てみると、至る所に「唇」という表記が出てくる。「唇の柔軟性がどうしたこうした」なんていう表現は本当に沢山ある。

でも

直径16ミリ程度の大きさのマウスピースで固定されてしまう唇にどのような特殊な柔軟性というのが必要なのだろう?唇はマウスピースの中で、何か特殊な柔軟性というのが要求されるのだろうか?
唇を振動させる為に何か特別な柔軟性が要求されるのだろうか?では唇の柔軟性というのは人によって個体差があるのだろうか?

と、個人的には疑問だらけである。

さて、私の手元にCharles ColinのAdvanced Lip Flexibilitiesというエチュードがある。
直訳すれば、まさに唇の柔軟性についての本である。
が、冒頭の説明を読んでいると、そこに書かれているのは舌の重要性である。
しかもご丁寧に

Lip trilling by flexible arched tongue develops and stabilizes the embouchure.

とある。訳してみると

『柔軟な舌を使ったリップトリルはアンブシュアを強化し、安定させる』

と書いてあるじゃないですか。Lip Flexibilityと言っているのに、冒頭の説明で、LipをStabilizeさせる、安定させる、って書いてあるんですよ。唇のFlexibilityの為に唇をStabilizeさせるというのは矛盾しています。

つまり、この本は唇の柔軟性というタイトルになっていますが、そのココロは舌の柔軟性ではないのでしょうかこの本は古い本で評価も定まっていますが、タイトルを付け間違えたのではないか、とさえ感じられます。

アメリカやヨーロッパでは、音域のことで悩む人はあまりいないと言われます。アメリカにはハイノート吹きなんて掃いて捨てるほどいる、という人までいます。他方、日本では音域で苦労する人が大勢います。私もそうです。が、こうして詳しく読んでみると、こうしたエチュードに書かれていることというのが案外日本での教則本に反映されていない感じがします。我々の先達はこうした資料の入手も大変でしたでしょうし、いちいち細かく読むことをしなかったのかもしれません。結果、奏法についての様々な迷信が増えてしまっているように感じられます。いや、今でもこうしてきちんとエチュードに書かれている文章を読んで使っている人は少ないのではないでしょうか。だって英語圏の人だったらこの説明、苦もなく読めますからね。

こうした注釈をきちんと理解しないでエチュードを使う、というのはきちんと決められたトレーニングの方法を確認しないでやることになり、必ずしも効果が期待できない、もしくは逆にスポイルしてしまうリスクが大きいと思います。処方箋なしで薬を処方するようなものです。日本の楽器奏者の練習する現場ってこういうことが凄く多いんじゃないかな、と思います。エチュードはきちんと説明まで読んで使うべきですね。

大事なのは唇の重要性ではなく、舌の動きです。唇はただの振動体に過ぎません。

横隔膜は動くのか?

楽器をやっていると大抵呼吸の話になる。腹式呼吸とか色々言われるし、「横隔膜」がどうしたこうしたなんてことも良く言われている。空気という見えないもの、呼吸という体内でどういう動きになっているか見えないものであるが故に実に様々な意見が出ているが、私としては「横隔膜を使う」とかいうのはおかしいと思えてならないのです。

そもそも横隔膜って何なんでしょう?腹膜と一緒で、ありていに言ってしまうと内蔵を包んでいる袋の上部ですね。グロテスクな話で恐縮ですが、戦場で腹部を撃たれて腹膜が破れちゃうと内蔵がそこから飛び出してしまうなんていうのを小説で見たことがあります。「膜」であって筋肉ではないですね。つまり、横隔膜は内蔵を安定して配置させておく為の袋であると思われるのです。もしこれを呼吸の為に自由に動かせるのであれば、肝臓とかが圧迫される、とか、食べたばかりだと胃から食べたものが逆流しちゃうとか大変なことになるのではないかと思うわけです。また、この膜を百歩譲って筋肉だと考えたとしても、筋肉には随意筋と不随意筋があり、横隔膜は当然後者なわけです。不随意筋っていうのは自分の意思では動きませんね。だから、横隔膜を使った腹式呼吸みたいな説明をされる方がいらっしゃるのであれば、それは大ウソです。

空気というのは肺にしか入らないわけなので、お腹というのはあくまでエアを取る為のイメージなんだと思います。数年前にセルゲイ.ナカリャコフの公開レッスンで質問してみたところ、「肺の中に大きな酒の瓶があるとイメージして、それを底の方から一杯にして行くようなイメージ」と彼は答えました。あくまでイメージなのです。

楽器を吹く、というのは、つまるところ、自分の持っている呼吸器官の能力と効率を最大限に活用する、というところに行き当たるわけです。肺活量は関係ありません。だって足りなかったら循環呼吸で凌げるでしょう。エアを効率よく十分なスピードで出す為には腹筋よりも背筋の方が大事でしょう。

横隔膜とかお腹、をイメージする呼吸っていうのは必ずしも正解ではないような気がします。私は近年クラウド.ゴードンのシンプルで明快で説得力のあるな物言いに非常に影響を受けているのですが、日本には(多分世界中でも)、楽器を吹くことについてのよく分からない迷信みたなものが沢山あるように感じられます。「気合いと根性」なんて絶対にウソです。でないとスヌーキー.ヤングが80過ぎても片手でプランジャーミュートを使いながらハイAまで持って行ったこととか、ドク.チーサムが90歳過ぎても現役で吹いて、しかもハイDくらいまでは何の問題もなく使えていたことが説明できないからです。

金管楽器というものは3つのバルブもしくは7つのスライドポジションを使い、倍音を活用しながら演奏するので、ピアノやギターや木管楽器と違い、視覚的に音を捉えることが出来ません。呼吸という体内で行われる見えない行為と相まって、金管楽器というものを演奏する方法については、見えないことを推測で語った結果生まれる(最終的には同じことを言ってたりすることもあるのだが)迷信が多いように思えてなりません。

「横隔膜」はそのなかでも一番誤解されているものだと思いますね(笑)。

アドリブは譜面より簡単だ。

ジャズにアドリブはつきものだが、「難しい」と感じている人が大半だ。
まぁそういう一面はなくもない気がするが、誤解を恐れずに言えば、ジャズにおけるアドリブは譜面より簡単だとも言える。曲という枠の中で自分の吹きたいことを吹けば良いだけのことだからだ。理論に尻込みする人もいるのだろうが、これは調性という大きな枠を前提にして考えれば別にそれほど難解なものではない。これについては、「気を見て森を見ず」な状況に陥りやすく、実際多くの方がそういう感じで物事を考えるから過剰に難しいものになるに過ぎない気がする。

ジャズにおける即興というのは音というメディアを使って会話をするのに似ている、というか、これを習得するプロセスは言語習得のそれと変わらない。習っていない外国の言葉を片言で喋るような現場でも身振り手振りで通じるのと同じように上達すれば良いだけのことだ、理論は後でも構わないし、間違っていても大筋通ればそれで良いし、場数を踏むことで巧くなる。発音なんかネイティウでなくて良い。日本にいると例えば英語はネイティブスピーカーみたいに喋らないと格好良くないみたいなイメージがある。でも国連など、国際会議での非英語圏の人達の英語はそれは聞き取りにくいし、ニューヨークでタクシーを運転している人の多くは非英語圏の人であり、やっぱり聞き取りは相当大変だ。でも、だからこそ我々もカタカナ英語だって構わないわけだ。

ジャズで即興やるのもこれと同じだ。まずは音を出すこと、みんながパーカーやコルトレーンやハバードやマルサリスのようでなくて良いし、サッチモやチェットやスタン.ゲッツやデックスみたいに訥々とした語り口だって良いわけだから。

Donna Leeなんか、ソロよりテーマの方が難しいでしょ。まずは自分の言葉で喋ること、それが第一歩なのです。