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1955年の3枚のジャズのレコード

今週の木曜日に8人編成のバンドでライブをするのですが、奇しくも1955年に書かれたアレンジがたくさんあるのです。メインに据えているのはメジャーのRCAからでたデイブ.ペルのCampus Hop。そして同じくRCAからのジョー.ニューマンのall that I wanna do is swing。面白くなって調べてみたらケニー.ドーハムのAfro Cubanも1955年でした。1950年代前半はベイシーやエリントンが不遇だった時代(50年台後半には復活しますが)だったので、こうした中編成が多かったのかなぁ、と推察するのですが、そもそも50年代前半にブームになったウエストコーストジャズには中編成のものが多いので、その影響があるのかも、という気にもさせられます。デイブ.ペルはウエストの立役者の1人な気がするのですが、レス.ブラウン出身だったので、いわゆるウエストコーストの紳士録から漏れたこと、またレス.ブラウン出身であったためにジャズというよりはダンス音楽の人扱いされたみたいでジャズミュージシャンとしての知名度は低いのです。むしろペル的なアンサンブルが流行ったこととベイシー達が低迷した隙間でこういう編成がでたのかな?と。スタイルではなく時系列で並べてみるとなかなかに面白かったりします。

公共インフラと個人の権利

拙宅からほど近い練馬区大泉辺りで、新目白通りの延伸工事がおこなわれているのですが、お寺の墓地が予定地にあってそこだけ開通していない、という問題があることを知りました。私の実家である流山でも50年前に新規に住宅が分譲された翌年にそこに高速道路を通す計画が持ち上がりました。これは沿線住民の強かで息の長い活動とつくば万博というタイムリミットのおかげで、住民の意見がかなり通ったものとなりました。大泉のお寺の件もあれと似たようなものを感じます。つまり

「国家権力によるインフラ構築に際しては、利害関係者の主権は考慮しない」

というものです。国民主権を憲法で謳っていながら、こうしたケースでは一切無視なのです。常磐道はつくば万博という天佑がありましたが、あれがなけれは消耗線で住民が折れていたでしょう(そうさせた事例はたくさんあるはず)。
推測ですが、もしも大泉の道路拡張に際してお寺の建物だけが当たるのだったら移転に応諾したかもしれません。そうしたことに対する権力側の無配慮が無駄に問題を引き起こしたようにしか見えません。
お寺を悪者にする声もあるようですが、これはお役所の怠慢であるように見えます。アンダーパスか高架にするのが最善の策ではないかなぁ、と。道路拡張に巨額の予算をつけている東京都なのですからその部分を高架にするくらいのコストは見ても良いはずです。

ブラウン=ローチクインテットはウエストコーストジャズだったのではないかという考察。

ブラウン=ローチクインテット。1950年代のジャズ史において燦然とその名を残すバンドです。ただ不思議なことに東海岸とも言われないし、いわゆるブルーノートやプレスティッジ的なハードバップとは一線を画している感じですよね。歴史を辿ると、このバンドはウエストコーストでできたバンドで、1955年前半くらいまでは西海岸で録音されているんです。さらに色々掘り返して行くと、ズート.シムズのセッションにクリフォードが参加したjazz lmmortalでのジャック.モントローズのアレンジのアイディアが後のベイズンストリートに生きてたりするんです。このバンドの録音を聴いていると、音楽を地域でカテゴライズすることの無意味さを痛感します。