2014年9月11日
中日春秋
 電話で「一一七」の時報を聞く人は以前に比べ、だいぶ減っているそうだ。そうだとは心もとない言い方だが、実は、NTT東日本も利用件数を把握していないので確かなことはいえない。ただ、印象として減っているのは同社も分かっている
▼理由は説明するまでもない。電話の時報サービスに頼らずとも正確な時間を知る「道具」が増えているせいだ。インターネットや携帯電話の表示。わざわざ電話をかけることもない
▼時報サービスの切ない使い方を歌った曲があった。<ねえ切らないで なにか答えて>。中島みゆきさんの「ダイヤル117」。この女性は何かに傷つき、孤独に耐えかねたのか、時報サービスの声を聞いている。自分の話を誰かに聞いてもらいたい
▼国の補助金で運営する無料相談電話「よりそいホットライン」。東日本大震災で大きな被害が出た岩手、宮城、福島三県向けの専用回線への電話は約五十六万件(二〇一三年度)あったという。このうち、自殺に関する相談はおよそ三割を占める。その数字にこちらの心も痛くなる
▼きょうで震災から三年半になる。「時間が心の傷を癒やす」なんて、被災地以外の人間の思い込みで長引く避難生活は被災者の心の傷を広げ、深くしている
▼被災者の心の痛みに対し、何ができるかを考えていきたい。誰にだって「時報」ぐらいのことはできるはずである。
2014年9月10日
中日春秋
 「テニスとは、絶対的な静寂と暴力的行為の、完璧な組み合わせである」。そんな定義をしたのは、テニスの四大大会シングルスで十二回も優勝した往年の女王、ビリー・ジーン・キングさんだ
▼嵐のような歓声と口笛。それがさぁーっと静まる。強烈なサーブが繰り出され、激しい打ち合いの音。息をのむ時間が続いた後で再びわき起こる歓声と拍手、あるいはため息…その果てしない繰り返し。なるほどテニスは、静と動の鮮やかな組み合わせだ
▼偉大なキングさんの名を冠したテニスセンターで繰り広げられた全米オープン。錦織圭選手は七試合で計十八時間二十分、戦い抜いた。日本人選手としてはこの大会で九十六年ぶりの四強入りを果たして、決勝進出で歴史を切り開いた
▼おとといの金メダルのような満月に、錦織選手の優勝を祈った人もいたかもしれない。残念ながら、日本人初の四大大会シングルス制覇こそは果たせなかった。しかし、「小よく大を制す」戦いぶりを称賛する声は、日本のみならず、欧米でもわき起こった
▼昨年のウィンブルドン選手権の覇者アンディ・マリー選手は、一昨年に英国人選手として七十四年ぶりにウィンブルドンの決勝に進みながら、惜敗した。その時、英紙はこう書いた
▼「彼は試合には負けたが、ついに国民の心を勝ち取った」。まったく同じ言葉を、錦織選手に贈りたい。
2014年9月9日
中日春秋
 憲法制定をめぐる重い事実がある。戦争放棄という人類の理想をうたった新憲法案を議論した帝国議会に、沖縄県選出の議員は一人もいなかったという事実だ
▼終戦の四カ月後、衆議院で沖縄選出の漢那憲和(かんなけんわ)議員は訴えた。「これは、見ようによっては沖縄県に対する主権の放棄」「帝国議会における県民の代表を失うことは、まことに言語に絶する痛恨事であります」
▼批判の矛先は、衆院選挙法の改正案。憲法改正に先立って選挙も男女同権など新時代にかなうものにする。戦後民主主義の第一歩であったが、この改正で沖縄県民は選挙権を停止されてしまった
▼戦争の地獄を見た沖縄県民を「戦後の平和」から切り捨てるのか。漢那の悲痛な思いは昭和天皇にも届いていたろうか。皇太子時代に訪欧した際、お召し艦の艦長として随伴し厚い信頼を得た軍人こそ漢那だった
▼しかし、平和憲法制定と沖縄の基地化は、車の両輪のように進んだ。公表された『昭和天皇実録』にも、米軍による沖縄占領継続こそ日米双方の利となると、天皇が米側に伝えたとの文書が引用された
▼憲法制定史に詳しい古関彰一氏は、労作『「平和国家」日本の再検討』で、新憲法の審議に沖縄の声がきちんと届いていれば、戦争の実相と基地化の現実を踏まえた九条論議ができたのではないだろうかと指摘している。これは今へと続く問い掛けだ。