中日春秋
2014年6月17日
 世の中のさまざまな出来事を簡潔かつ的確に伝えるために、新聞記者が徹底的に仕込まれるのが、いつ・どこで・だれが・何を・なぜ・どのように…の5W1Hを押さえて書く技術だ
▼これが本当に苦労する。いろいろ工夫して覚えていくのだが、実は料理本が参考になる。どんな材料をどのくらい用意するか、どのタイミングで、どのくらい火を通すのか。なぜそういう手順なのか…
▼5W1Hがきちんと頭に入っていないと、レシピは書けない。子細に書きすぎると読む側は辟易(へきえき)するし、省きすぎれば、わけが分からなくなる。この辺の微妙なさじ加減が難しい
▼全国の書店主らが「料理レシピ本大賞」を創設し、秋に第一回受賞作を発表するそうだ。料理本だから文のおもしろさ分かりやすさだけでなく、何よりおいしくなくてはならない。どんな本が選ばれるか、料理本好きとして楽しみにしている
▼ちなみに、私が推したい一冊を挙げれば、平松洋子さんの『忙しい日でも、おなかは空く。』(文春文庫)。例えば「梅干しごはん」のレシピは、<(1)米2カップを洗ってザルに上げておく(2)鍋に米を入れ、梅干し2個と4センチ角の昆布1枚を埋めるようにして入れ、水を注ぐ(3)ふつうの火加減で炊く>
▼炊飯器で作ってもおいしく、夏バテ気味の体に優しい。レシピが俳句を思わせるほどシンプルなところにまた、味がある。
中日春秋
2014年6月16日
 銭湯から人が消えるという逸話が昔はたくさんあった。テレビやラジオの人気番組を自分の家で見たり聞いたりしなければならないので、その時間帯は外出しない、銭湯に行きたがらない
▼有名なのはラジオの「君の名は」やテレビの「月光仮面」か。高機能のレコーダーがあり、まして銭湯も消えていく時代にあってはこんな現象は起こらない
▼日曜日の午前中、町中を歩く人はめっきりと減っていた。サッカー・ワールドカップブラジル大会の日本対コートジボワール戦を観戦していたのだろう。隣近所の開け放たれた窓からテレビ中継の音声や「おお」という声が聞こえてくるのは実に楽しい。あの家でも、この家でも。町がかつての遠慮のない「長屋」に変わっていく
▼世の中、価値観が複雑に分かれ、いいたくはないが、「格差」なんかもあって幸せの分量を上手に分け合えない。心通わせにくい、ばらばらな日本にあって同じ楽しみを共有し、同じ方角に顔を向けられる機会がいとおしい。懐かしい
▼普段、何をし、何を考えているのか分からぬ人たちの「いいえ、あなたと同じ人間ですよ」という声。同じ時代、場所で呼吸をし、似たような悩みを抱えた人間同士であることを再認識する
▼試合結果は仕方あるまい。世界の壁は厚い。それにコートジボワールの街角でも心を重ねた市民の大声援があったに違いない。
中日春秋
2014年6月15日
 「私は夕焼の空に無数に交錯するキャッチボールを見た」。劇作家の寺山修司さんが戦後の「キャッチボール」について書いている。「それはどんなに素晴らしい会話よりももっともっと雄弁に見えたし、どんなに長い握手よりももっともっと手をしびれさせたものであった」
▼サッカー一色の日に野球で書き出す無粋をお許し願いたい。それでも「父の日」に似合うのは野球やキャッチボールではないか
▼米大リーグの黒人選手が減っている。二〇一三年開幕時の出場選手登録に占める黒人の割合は8・3%。一九八四年の18・4%から、大きく後退している
▼理由は黒人の貧困問題にも関係している。バスケットボールに比べて野球にはカネがかかる。フットボールやバスケットボールの方が高額な大学奨学金を得やすい
▼「父親不在」。こんな理由もある。米研究者によると都市部の黒人の子に野球を教えるはずの父親がいないという。離婚率の高さ。子とボールを投げ合う人間がいない。野球へのとば口がない
▼気のせいならばいいが、日本でもキャッチボールをする父と子を昔ほど見掛けぬ。投げ合って学ぶのは野球の技術だけではなかろう。捕りやすいように。ほらこれは捕れるかい。へえ、ずいぶんと力がついたじゃないか。投げ合うのは気持ち。「夕焼の空に無数に交錯するキャッチボール」。無性に見たくなる。