中日春秋
2014年6月20日
 白川静博士の『字通』によれば、実に味わい深いことに、愛という字には「おぼつかなく、ほのか」の意があるそうだ
▼だから日の光がおぼつかなく、かげるさまを、曖(あい)と書く。昧(まい)の字は「夜明け、暗い」の意。曖昧(あいまい)は「かげって暗い」から「ものごとがはっきりしない」との意味で使われるようになったという
▼安倍首相は毅然(きぜん)という言葉を好んで使うが、実は曖昧もお好きなようだ。昨年末に強行採決した特定秘密保護法では、「おそれ」と「その他」という言葉をやたらと使った。おそれが二十カ所、その他が三十カ所余。厳しい罰則のある法律に、どうとでも取れる言葉をあふれさせた
▼そして今度は、海外での武力行使に道を開く集団的自衛権。早々の閣議決定を目指すその原案は、国民の生命や権利が<根底から覆されるおそれ>がある場合、行使を認めうるとの内容だという。「おそれ」という曖昧な言葉が、どんな歯止めになるのだろうか
▼そもそも政府自身がこの半世紀、集団的自衛権の行使は憲法が許さないのだと、明確に述べてきた。であるのに憲法を変えることもなく国会で熟議することもなく、閣議だけで百八十度の方針転換を図ることが許されるのか。それこそ曖昧にしていい問題ではない
▼『日本国語大辞典』で「曖昧」を引けば、「うしろ暗いこと。怪しげな、疑わしいさま」との意味も出てくる。
中日春秋
2014年6月19日
 それほど親しいわけではない人の家へお邪魔した時、その家の本棚や、レコード棚が無性に見たくなる。悪い癖である
▼どんな音楽を聴き、どんな本を読んできたのか。その人の「世界」を確かめたい。本棚にピンク色で花束の絵が描かれた表紙の本を発見する。『アルジャーノンに花束を』。ホッとし、この人との距離が一気に縮まる。「あなたも」
▼一九八〇、九〇年代に青年期を過ごした人間にとって、あの本を読んでいる人ならば信じてもいいという「会員証」のような存在だった気がする。だから人にも薦めたくなる。その米作家ダニエル・キイスさんが亡くなった
▼幼児ほどの知能しか持たないパン屋さんの店員が脳の手術で天才に変わる。これ以上筋は書けぬが、SFの巨匠アシモフが「どうやって思いついたか」と質問したほど、書かれたこと自体が奇跡とも思える物語。キイスさんの答えもいい。「私にも分かりません」。神様がこの世に贈ってくれたのか
▼日本での発行部数は三百二十万部。早川書房で最も売れた本はチャンドラーやクリスティではなく、「アルジャーノン」である。日本での人気は小尾芙佐(おびふさ)さんの名訳のおかげもある。ヒントは放浪画家の山下清さんだったという
▼ついしん。どーかついでがあったら、アルジャーノンのほんをよんでみてください。ついしん。ダニエル・キイスに花束を。
中日春秋
2014年6月18日
 <雪が降る十四歳の私にもすべてを白に戻してほしい>。中学二年生で東日本大震災に遭った宮城の高校生の短歌だ。校庭で親を待っていたあの日、ふわりと舞い落ちてきた雪。今日あったことが無かったことになればいいのに…そんな思いを歌ったという
▼NHKの番組「震災を詠む2013」に寄せられた短歌を編んだ『また巡り来る花の季節は』(講談社)を開く。<ことばなどさして大事でないらしい抱きしめあえる腕さえあれば>。これも宮城の高校生の句。言葉が虚(むな)しくなるような状況を経験したことで彼らは逆に、心と心をつなぎ得るずしりとした言葉を手にしたのだろう
▼それに比べ、この言葉の軽さはどうか。石原伸晃環境相が、福島原発事故で出た汚染土の中間貯蔵施設の建設をめぐって、「最後は金目でしょ」と言ったという
▼先祖代々の汗が染み込んだ地を放射能で汚され、ふるさとを失った人々がどういう痛みを抱えているか。それを思う心があれば、こんな軽い言葉は吐けまい。彼が口にする「金」が、結局は私たちが納めた税金であることが何とも悔しい
▼『また巡り来る…』に、原発事故が起き、基地に土地を奪われ続ける沖縄の人々について深く考えるようになったという福島の女性の歌もある。これもずしりとした三十一文字だ
▼<災いがこの身に落ちてあの人の痛みがわかることの愚かさ>