中日春秋
2014年7月2日
 もう十年たつが、忘れられぬ目がある。カミソリと恐れられた政界の重鎮、故・後藤田正晴氏の瞳である。こちらをじっと見据え、しかし自らの感情の動きは読ませない。そんなすごみのある目で氏は語った
▼「(戦争放棄をうたう)九条の一項は変えちゃいかん。あれは人類の理想を目指したものです。(交戦権も認めぬ)二項は変えてよろしい。憲法上の機関として自衛隊を位置付ける。そして<領域外での武力行使は行わず>ときちんと書く。日本は領域外に出ての武力行使は、絶対ダメだ。鉄則です」
▼後藤田氏はきのう創設六十年を迎えた自衛隊の前身・警察予備隊の生みの親の一人として、九条を無視し隊を朝鮮戦争に駆り出そうとした米国と渡り合った
▼米国の求めで戦時下のペルシャ湾に自衛隊の艦船を出そうとした中曽根首相を「自衛では通りません。閣議におかけになるでしょうが、僕は署名はできません」と止めたこともあった
▼そんな後藤田氏の脳裏には、戦地で見た日本兵の残虐行為が焼きついていたという。実際に何を見たのか。「それは言いたくない」と拒みつつ、「ひどいもんだよ」と繰り返した。外交と政治の現実とともに戦争の現実が、あの眼光をつくったのだろう
▼ついに政府は解釈改憲に踏み切った。閣議決定された文書のどこにも<領域外での武力行使は行わず>と明記されてはいない。
中日春秋
2014年7月1日
 <話しつゝおほばこの葉をふんでゆく>星野立子(たつこ)。踏まれてもたくましく…というのが雑草の生き様にしても、道端で散々踏み付けられるオオバコの姿は痛ましいほどだ
▼だが、踏まれることこそがあの草の生き残り戦術だと、静岡大学で雑草生態学を研究する稲垣栄洋教授に教わった。オオバコの種には濡(ぬ)れるとベタベタするゼリーのような物質がある。人や動物に踏まれると、その足の裏にくっついていって、新天地へと根付くそうだ
▼踏まれても生きるというより、踏まれないと生き残れない。オオバコの学名プランターゴは「足の裏で運ぶ」との意味だというから、そのたくましさに恐れ入る
▼さて<踏んでも蹴ってもついてくる下駄(げた)の雪>と揶揄(やゆ)されているのは、連立与党の公明党だ。あれほど集団的自衛権の行使容認は筋が通らないと政府・自民党に言っていたのに聞き入れられなかった
▼ここまで踏み付けられては、さすがに堪忍袋の緒が…と思いきや、きのう結局、行使容認に踏み切った。公明党の結党の理念は「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」。まさに雑草魂なのだが、踏み付けにされてついていった先に、どんな新天地があるのか
▼ドイツでオオバコは「道の見張り」と呼ばれるそうだ。筋を曲げてまで閣議決定での解釈改憲を許すのは「政道の見張り役」としてどうだろう。
中日春秋
2014年6月30日
 ドーリットルという英語姓はなぜか日本と因縁がある。悲しい歴史、楽しい話。いずれにもこの名が絡む
▼一九四二年、日本本土に初めて爆弾が投下された「ドーリットル空襲」。ジミー・ドーリットル米中佐が指揮した
▼時代は下がって、六四年に日本公開されヒットした、米映画「マイ・フェア・レディ」。オードリー・ヘプバーンの演じた、粗野な花売り娘は「イライザ・ドーリットル」。中佐も花売り娘もスペルは「DOOLITTLE」
▼もう一人はスペルの「O」が一つ足らぬが、日本の子どもに最も愛された「ドーリットル」さん。ドリトル先生。動物と話す獣医の物語。翻訳した作家井伏鱒二が親しみやすく、「ドリトル」とした
▼百年前の七月に開戦した第一次世界大戦。作者のロフティングは過酷な西部戦線にアイルランド将校として送られた。戦地から子どもに手紙を送りたいが、戦争のむごたらしさを書く気にはならなかった。動物も含めた生命の大切さ。それを思い、描いて郵送したのが、ドリトル先生の物語。あの楽しい話は戦場で生まれた。石井桃子さんの本にあった
▼戦争を知る者は平和を求め、戦争を知らぬ者は平和のありがたさを忘れてしまう。「平和を守るのは戦争よりもずっと骨が折れる」。「マイ・フェア・レディ」の原作『ピグマリオン』を書いたバーナード・ショーの言葉である。