中日春秋
2014年7月9日
 ぐっしゃぐっしゃ、ずしゃずしゃ、たっこらたっこら、どーどー…。これらはすべて、雨が激しく降るさまを表す日本各地の方言だ。さすがは雨の恵みに潤う瑞穂(みずほ)の国。雨をめぐる言葉の豊かさも格別だ
▼中でも沖縄の言葉には目を見開かされる。例えば、クカルアマーミ。方言辞典によれば「夏に降る、一年のうちで最も塩辛くない雨」をこう呼ぶそうだ。雨を味で区別するとは何と味わい深いことか
▼にわか雨は、モラッタアミ。天からもらった恵みの雨を、歓声を上げながら受け止める人々。そんな情景が浮かぶ滋味溢(じみあふ)れる方言だ
▼沖縄には台風の時に吹く強い南風を、ンマヌパカジと呼ぶ地方もあるという。過ぎ去った後に東北の方角から吹き返す風はトゥラヌパカジ。東西南北を十二支で表せば、南は午(うま)で東北東は寅(とら)。馬のように疾走し、虎のごとく襲いかかる台風の暴風を言い当てているかのようだ
▼その沖縄を、気象庁が「七月としては、過去最強クラス」と警戒する台風8号が襲った。その進む先には梅雨前線がある。台風がまだ接近していない所でも大雨の恐れがあるというから、油断は禁物である
▼そらみず、おのんき、あおぐも、でかいてんき…。これは晴天を表す各地の方言。「そらみず」は、雨の心配がないから「空を見ず」なのか。ここは空模様を注視して用心を重ねつつ、台風一過の青空を待ちたい。
中日春秋
2014年7月8日
 九条、九条と言っていたら、どうも憲法九九条も怪しくなってきたようだ。こんな条文である。<天皇又(また)は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ>
▼国民から公の力を使うことを託された人は、憲法をきちんと守らなければなりません-という、しごく当たり前の条文である。改憲論者の安倍首相も国会で「憲法が改正されていない時点においては、時の行政府は当然、憲法を遵守(じゅんしゅ)していく、憲法を尊重する義務が課せられているわけであります。これは当たり前のこと…」と答弁している
▼それでは、これはどうだろう。さいたま市の公民館が、地元の俳句サークルが選んだ句を「公民館だより」の俳句欄に載せることを拒んだという。<梅雨空に『九条守れ』の女性デモ>。そんな句である
▼市の言い分は「集団的自衛権をめぐる句と受け取られる可能性もあり、世論が大きく二つに分かれるような問題で、一方に偏った意見を載せるのはふさわしくない」
▼なるほど集団的自衛権の行使容認は、世論を分ける問題だ。しかし「憲法を守る義務」がある公共機関が、「憲法を守れ」という句の掲載を拒むのは、筋が通るのか。そもそも、この句を詠んだ人の表現の自由は守る価値もないのか
▼憲法が公務員に課した義務をないがしろにして、何を守ろうというのだろう。
中日春秋
2014年7月6日
 七十年前の七月十八日、一通の手紙が新聞に転載された。福井に住む四十八歳の母が、陸軍に入った長男に続き、海軍の飛行機乗りに志願した息子に宛てたものという
▼<たつた三人の男の子のうち二人を空へ、そして一人を陸軍へ送つた母は誇らかな気持でいつぱいです。母はいまやつと貴男(あなた)たちをお国へ返しそして空へ送りだしたのです。いま母の願ひは一日も早く貴男が第一線へ飛び出して、あのサイパン島の憎い敵をサンザン叩(たた)いてもらひたいのです>
▼このお母さんは翌十九日の新聞を手に、どんな思いを抱いたろう。こんな見出しが躍っていたのだ。<サイパン軍民全員戦死 皇国の勝利を確信 大義に生くるを悦(よろこ)ぶ>。わが子に目指せと言った太平洋の島は既に、米軍の手に落ちていたのだ
▼米軍の攻勢で追い詰められたおよそ三千人の日本軍は七月七日に玉砕攻撃を仕掛け、壊滅した。それだけではない。島内にいたおよそ二万の民間人のうち、半数近くが死んだ。多くの母子があるいは戦闘に巻き込まれ、あるいは絶壁から身を投げ命を散らせた
▼母の手紙は<訓練の邪魔になるといけないから母は一切面会には行きませんが、必ず必ずこの温い愛情で遠くから貴男を護つています>と続いている
▼果たして三人の息子さんたちは、戦後を迎えることができたのか。お母さんは、どんな戦後を送ったのだろうか。