中日春秋
2014年7月18日
 「貧」の字は「分」と「貝」から成る。この貝は、古代には貨幣として用いられた子安貝のことで、財産の象徴。財を分けて乏しくなることを「貧」というのだと、白川静博士の『常用字解』に教わった
▼限りある財をどう分けるか。富の偏在が過ぎれば、貧に苛(さいな)まれる人が増える。絶望や不満が極端に広まれば、社会が歪(ゆが)み、暴発すら起きかねぬ。歴史は繰り返し、そう教えてきた。政治とは、国の富をうまく分け、貧を抑える術(すべ)ともいえる
▼厚生労働省が先日公表した統計によると、わが国の子どもの貧困率が16・3%と、一九八五年以降で最悪になった。六人に一人の子どもが、貧に陥っていることになる。ひとり親世帯に限れば、貧困率は54・6%と先進国でも最悪の水準だという
▼本来は、政府が税金を取り、それを社会保障などの形で分け直すことで貧困世帯を少なくするのだが、他の先進国と違い、日本では再分配後の方がかえって、子どもの貧困率が高くなる傾向があるという。何とも不可思議な政府である
▼安倍首相は今年の一月、国会でこんなことを言っていた。「立憲主義と平和主義を軽んじ、格差と貧困を放置する人が、私も含めてこの会場に一人として存在するでしょうか。存在するわけはありません」
▼まことに立派な言葉だが、今のままでは「子を安心させる貝」は、乏しくなるばかりではないか。
中日春秋
2014年7月17日
 私たち人類は、なぜ衣服をまとうようになったのか。「火山噴火のため」との説があるらしい
▼七万三千年ほど前に、インドネシアのスマトラ島北部で巨大噴火が起きた。大量に吐き出された粉じんなどが陽光を遮り、地球の平均気温が三~五度も下がり、生態系は破壊された。絶滅に瀕(ひん)した私たちの祖先が生き延びるために発明したのが、衣服という説だ
▼『歴史を変えた火山噴火』(石弘之著)によれば、日本でも文化のありようを変えるほどの噴火が起きている。鹿児島沖の海底火山が噴火し、巨大な火砕流が海上を走り九州南部を襲った。そこで栄えていた南方系の縄文文化は壊滅し、生き延びた人々は東日本まで逃げたという
▼この惨禍が起きたのは七千三百年前。想像を超えるような大昔のことではあるが、原発が出すプルトニウムの半減期は二万四千年。原子の力を使うのならば、長い長い時間軸も「想像の外」とは言えないだろう
▼原子力規制委員会が、川内(せんだい)原発の再稼働に青信号を灯(とも)した。国内有数の火山地帯である九州南部に立つ原発であるのに、電力会社の「火山被害の可能性は十分に小さい」との評価を鵜呑(うの)みにしてのことだ
▼火砕流に襲われれば、電源設備など原発の身を守る「衣服」など吹き飛ぶはずだ。そんな危険をなぜあえて冒すのか。噴火が現実となればまた、「想定外」だと言うのだろうか。
中日春秋
2014年7月16日
 英語のハンマー(hammer)は「槌(つち)」のことだが、動詞として使う時には、意外な意味も持つという。ハンマー・アウト(hammer out)と言えば、「激しく意見が対立する問題を、粘り強い調整で合意に持ち込む」との意になるそうだ
▼確かに国と国の利害が複雑に対立する国際会議では、木槌を手にした議長があちらを叩(たた)き、こちらをへこませ、妥協点を探る。見事に合意に至れば、議長が木槌を誇らしげに打ちたたき、議場は拍手に包まれる
▼二〇一〇年の秋に「名古屋議定書」が生まれた時も、未明までぎりぎりの交渉が続いた生物多様性条約締約国会議の議場に、ハンマーの音が響いた。貴重な生物資源の恵みを、どう分かち合うか。議長国・日本が、先進国と途上国の厳しい対立を超えてまとめ上げた文書は、「歴史的収穫」とも評された
▼名古屋の名を冠したその議定書が、この秋ようやく発効するというのに、日本は産業界などとの調整が遅れて、締結の目途が立っていないという
▼日本は、先進国の温室効果ガスの削減義務を定めた「京都議定書」からも既に離脱している。こちらも産業界との調整を進められず、温暖化問題の主導者どころか、「周回遅れ」と評される始末だ
▼NAGOYAにKYOTO。環境先進国として世界に誇りうる二枚看板が、無策のハンマーで打ち壊されてはいないか。