2014年8月21日
中日春秋
 古代にあって、自然を切り開くことは、荒ぶる神と相対することだったという。常陸の国には、角のある蛇「夜刀(やと)の神」がいて、その姿を見たものは呪われたという
▼箭括(やはず)の氏麻多智(うじまたち)という者が葦(あし)原を開墾し田にしたところ、夜刀の神が現れて耕作を妨げた。勇敢な麻多智は山際まで追い詰めてから、こう言った。「ここから上は神の地として認めよう。だがここから下は人の田とする。以後、私が祭祀(さいし)者となって、お前を祭るから、どうか祟(たた)ったり怨(うら)んだりしないでくれ」(田中聡著『妖怪と怨霊の日本史』)
▼開発には思わぬ危険が伴う。切り開きつつも、自然への畏れを持ち続ける。古代の怪異な話の底には、そうした先人の思いが潜んでいるのか
▼きのうの未明、多くの命をのみ込んだ広島市の豪雨災害。土石流に襲われた住宅地は、もろい地盤の山間部を開発し造成されたという。十五年前にも土砂災害で多くの犠牲者を出した。それを教訓に土砂災害を防ぐための法律も作られたが、悲劇は繰り返された
▼生き埋めになった近所の幼児を救おうと爪をはがしながら素手で土砂と格闘し、「(子どもの)体はまだ温かかった」と話す男性の無念の声。住民を救おうとして命を落とした消防署員ら。胸が苦しくなる
▼同じような危険地帯は全国に数十万カ所もあるという。足元に魔は潜んでいないか。目を凝らす必要がある。
2014年8月20日
中日春秋
 四百トンの氷。そう聞いてもぴんと来ないが、一辺が一メートルの氷の立方体を積み重ねていけば、高さ四百メートルもの巨大な氷柱となる。そんな想像をするだけで涼感を覚えるほど膨大な氷だ。それほどの氷が使われた現場がある。福島第一原発だ
▼今、かの原発では三百二十億円もの税金を投じて工事が進む。1~4号機の周りに千五百五十本の鋼管を地下三十メートルまで打ち込み、零下三〇度の液体を循環させ凍土の壁を地下に築く。そうすれば地下水流入も汚染水漏れも封じ込められる
▼だが、この驚くべき大事業を成功させるには、地下トンネルにたまった高濃度の汚染水を取り除かねばならない。この水も凍らせて取り出す作戦に出たが、うまくいかない
▼先月末からおとといまでに投入された氷は四百十トンほど。炎天下、防護服を着た作業員が昼夜兼行で取り組んできたものの、汚染水は凍らず、汗まみれで格闘する作業員の被ばく量だけが増えていく
▼巨額の税金と作業員の労苦が、炎天下の氷柱のごとく消えていく。涼感どころか薄ら寒さすら覚えるような現実が、そこにはある
▼安倍首相は東京五輪の招致演説で「(汚染水の)状況はコントロールされている」と熱っぽく宣言した。しかし、それから一年近くたっても汚染水の制御はままならぬ。現実を冷静に見据えるため頭を冷やすのに、そう多くの氷は必要ないはずだが。
2014年8月19日
中日春秋
 ジャン、ザン、ヨナタマ…。沖縄の人々は昔から、ジュゴンをさまざまな名で呼んできた。漁師さんたちの間では、「アカングヮーイュー」とも呼ばれるそうだ。アカングヮーは赤ちゃんで、イューは魚という意味だという
▼同じ海の哺乳類でもイルカの乳首は下半身にあるが、ジュゴンの乳首は前ひれの付け根、人間で言えば脇の下にある。だから授乳をしている姿がちょうど、お母さんが赤ちゃんを抱いているようにも見える
▼そんなジュゴン母子の姿を見て、海の男たちも目を細めたのだろう。「赤ちゃん魚」という呼び名には、ともに海に生きる生命をいとおしむ心がにじむかのようだ
▼だが、アカングヮーイューという優しい言葉も死語になってしまうかもしれない。ジュゴンの数少ない生息域である沖縄県名護市の辺野古沖で政府はきのう、米軍用の滑走路建設に向けた海底掘削調査を始めた
▼埋め立てて造られるV字形の滑走路は、長さが一・八キロで水面からの高さは十メートル。滑走路というより巨大なコンクリートの箱が、コバルトの海に置かれるようなものだ。どう考えても辺野古の海は大きく損なわれるはずだが、政府は詳しい調査もせぬまま「ジュゴンへの影響は少ない」として着工した
▼ジュゴンの寿命は七十年ともいわれる。果たして今回の政府の判断は、七十年後の評価にも耐えられるようなものなのか。