#分ちあいたい幸せ その2 | 愛は限りなく ~DIO, COME TI AMO~

愛は限りなく ~DIO, COME TI AMO~

一粒の雨にさえ心揺れることもある。いつもどんな時も心閉ざさずに…。

去る5月11日(土)付記事『#分かちあいたい幸せ』にて、何故モーリスのギターを友人に推さなかったか書きませんでした。

あれは結論をぼかした訳でも何でもなく、本当に思い出せなかったのです。

同記事公開後、必死で『何かあるはずだ』と思い起こしたけれど、どうしても出てこない…。

昔の話とは言え、幼少期ではなく大学時代の出来事ですからね。

何故にモーリスが好みでなかったのか、未だ謎です。

 

あまりに個人的なお話のため、皆さんを退屈させたら申し訳ありません。

モリダイラ楽器にはいかなる予備知識もなかったのに。

ところで、あの記事を書き上げた直後にネットで、モーリスからギブソン・ハミングバードのコピー・モデルが間違いなく出ていたかを調べました。

そこは記憶の通り、ちゃんと出ていました。

これも変な習慣ですが、本来なら記事を書く前(公開前)にネットで下調べすべきところ、私はどうしてもそれには抵抗があり、自分の記憶か手持ちの資料を参照するようにしています。

つまらない“矜持”とでも言おうか。

無論、モリダイラ楽器のカタログは持っておらず、現物資料には頼ることはできませんでした。

 

アコースティック・ギターは弾かないので、カタログを取り寄せなかったというのもあります。

でもね、C.F.マーティンとギブソンはいくつか所有しているのですよ(笑)

それに古いカタログを持っておけば、参照するか否かにかかわらず、目の保養にもなるでしょ?

あと、お店で確認してわかったことですが、ヤマハはコピー・モデルを作っておらず、これには感心しました。

無論、現在はモーリスもヤマハ同様コピー機種は生産していないようです。

時代の変化でしょうか。

 

モーリスに対する印象がどうあれ、そりゃ本物のハミングバードやJ-160Eの方が良いに決まっています。

J-160Eが矢沢永吉さんの弾いていたモデルと同型でなかったにせよ。

高いギターを買った方が上達するとの説に私は賛成です。

とても俗っぽい理由ですが、高価なギターを購入して弾けない、弾かないでは勿体ないでしょ?

そこまで極端にならずとも、本物のギブソン・ギターを手に入れたら所有欲が満たされ、弾きたい気持ちで溢れるはず。

少なくとも、次善の策として買ったモデルとは比較できない満足感が絶対あります。

 

まとまらない文章になってしまいましたが、どこもギブソンA.ギターのコピーや類似機種を作っていない時代に、モリダイラ楽器は良いところに目を付けたと思います。

当時ギブソンのA.ギターを狙っていて、金銭的な事情や廃番で手に入れられないファンにとっては、注目されたメーカーだったでしょう。

 

ちなみに1970年代の矢沢永吉さんと言うと、J-160Eやハミングバードの印象が強いですが、ドキュメンタリー映画『Run & Run』(1980年公開)ではマーティン・ギターを持って渡米している姿が確認できます。

きれいなブルーのギター・ケースがマーティン社のものです。

C.F.マーティンのどのモデルを旅に連れて行ったのかな?

 

 

 

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Ibaraqui, le 31 mai 2024