昨日記事で矢沢永吉さんの『RUN & RUN』についてほんの少しだけ触れました。
すなわち、1979年9月15日(土・祝)に当時のナゴヤ球場にて行われたコンサートであり、後日その模様が『RUN & RUN』と題されたドキュメンタリー映画に収められました。
惜しむらくは、本編のコンサートの内完録された曲は少なく、インタヴューが被ってぶつ切りになり、当日球場へ足を運べなかったファンが追体験できる、いわゆる記録映画にはなっていないこと。
リハーサル映像とインタヴューの占める比率が高過ぎるのも一因でしょうね。
ただし、このリハーサルでの演奏は決して退屈なものではありません。
メンバー全員にファンクの素養があるのもよくわかったし、相沢行夫さんと木原敏雄さん2人のギター奏者がいずれのパートでソロや目立つフレーズを弾いているのかも確認できました。
『相沢さんのストラトキャスターと木原さんのヤマハSA-2000では出力が違い過ぎるだろう!?』と言われるかもしれませんが、それよりむしろトーンを目安にした方が明解だと思います。
ブライトな音の方がヤマハのセミアコースティック・ギターです。
例えば、“バイ・バイ・サンキュー・ガール”のバッキングでは、細かいリズムを刻んでいる方が木原さん。
最初のソロも木原さんで、途中すぐ相沢さんへソロ・パートが回るから、音色を対比させやすいでしょう。
この傾向は「KISS ME PLEASE」(1979年)のスタジオ・ヴァージョンにもあてはまるはずで、延いてはアルバム全体でも顕著に表われています。
とは言え、スタジオ盤では大村憲司さんもギターを弾いており、相沢さんではないストラトのトーンとなるとどの曲になりましょうか?
一方、相沢さんの演奏で目立つのは、“過ぎてゆくすべてに”のヴォリューム奏法です。
ヴォリューム・ノブの位置関係でストラトキャスターの方が弾きやすいというのもあるでしょうが、曲調から渋いトーンを必要としたのかもしれません。
それにしても相沢さんがナチュラル・フィニッシュのストラト以外の機種を弾いた姿を見たことがない。
木原さんは、私が上で述べている1979年のナゴヤ球場と昨日記事にした京都公演以外はギブソン レス・ポール・カスタムばかりですね。
しかし、私がそう何度もお2人の生演奏を見た訳ではありません。
飽くまで永ちゃんのバックを務めていた時だけの話です。
NOBODYの作品には好きな曲もありましたが、結局ライヴを見られずに終わってしまいました。
面白いことに、木原さんもNOBODYではストラトを弾いている写真ばかり(笑)
リヴァプール・サウンドにギブソン系のギターは似合わない?
リハーサル映像に話を戻すと、“Mr.T.”の演奏も素晴らしかったです。
ここでは木原さんのセミアコもトーンを絞った控え目なサウンドになり、ブラシを用いた(?)ドラム、それから少しだけ歪ませたエレピと、まるでソウル・ミュージックのような出来映えでした。
レコードでは、今までとかけ離れた曲調だったせいか戸惑いましたが、ライヴでは印象が変わります。
こんな曲は、当時のメンバーだからこそライヴでの鑑賞に堪え得たのでは?
あれっ、また前後で書いている内容が矛盾している????
最初、リハーサル映像が長過ぎるから本編のライヴ映像があおりを喰ったと不平を述べていたのに…。
DVD化された時、本編ライヴのみ撮影したボーナス・ディスクの特典を期待した?
勿論!
でも、それは実現しないと思っていました。
DVD化の特典に関してはさて措き、撮影者は見る側のことを殆ど考えていませんね。
普通ソロを演奏していれば、その演奏者をカメラが捉えていなければいけないのに、本作ではその鉄則を見事に無視している。
実は、TV中継された『ワン・ナイト・ショウ』つまり1978年の後楽園ライヴもそうでしたね。
イントロや間奏の間もずっと永ちゃんばかり映しているでしょ?
それらと比べれば『RUN & RUN』のリハーサル・パートは少しマシで、一応各メンバーを映していました。
最後に、私は本来ナゴヤ球場のコンサートへ行くはずでした。
知っている方は知っていることですが、当初は夏休み中の1979年8月7日(火)に開催予定だったのが、大雨によって延期になったのです。
しかも、雨天の際は翌8日(水)に順延と謳われていたにも拘らず、決行日が敬老の日だとは!
なぜ、敬老の日まで延びてしまったのか、どうしても思い出せません。
無論、当時矢沢さんのライヴに一緒に行っていた友人に訊いても『憶えていない』とのこと。
今すぐファンクラブ会報を参照せよと言われても…(苦笑)
でも、私は昔から特設のコンサート会場は大嫌いだったので、さほど残念ではありません。
一番残念なのは、同年10月に行われた梅田コマ劇場での公演に行けなかったこと。
これは本当にその通りで、もし『永ちゃんにまつわる話から最も残念だった出来事は?』と問われたら、もう79年の梅田コマの一件しかないですよ。
ところで、映画で見られるリハーサルは、当然8月の公演を前提としたものですよね?
でないと、話の辻褄が合いません。
しかし、1ヶ月以上延びたとなると勘を取り戻すのが大変だったかもしれません。
レギュラーのバンドはともかく、ゲスト参加のトランペット奏者やサックス奏者は。
なお、不幸中の幸いか、当時のツアー日程を見てみると、9月はさほどライヴの日程が入っていません。
『EXCITING MAGAZINE No.14』のツアーの歴史を参照したところ、1979ね9月は1日から5日まで北海道ツアーがあるのみでした。
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