小さいころに考えたことがある。地球には人がいて、人口が増えていったらどうなるんだろう。

住むところがなくなってしまうのかな。と心配していたことがあった。

でも今はこう考えるようになった。

人は本来、子孫繁栄の本能を持っている。だが、ある一定の生活水準になると本能が鈍る。

それが贅沢や楽を覚えた今の先進国。

先進国民は過去には人口は増えていった時期がある。

そのころは人こそが労働力であって、人が働いて金や作物を生むとして考えられていた。

今は違う。自分の分身がいるかのように仕組み(金融)があったり、コンピュータがあって少しの力で

多くのモノを生む力を得た。

人々は次第に子供よりも快楽を選ぶようになり、必要性を偶然性へと変えていった。

この地球はバランスというものをとても大切にしていて釣り合いが取れるように

チカラを働かせているのかもしれない。

所詮、人間は地球という小さな惑星の中で過ごす生き物に過ぎないのかもしれない。
慣れない土地へ来て、頼るものがいなかったときに親切にしてくれる人がいる。

親切にしたほうにとっては小さなことかもしれないが、頼るものがいない人にとっては違うと思う。

たくさん知っている人がいるときの一人と限られた人の中の一人とでは質が違い

感謝の念も違ってくると思う。

本当に困っている人は声にならない声で回りに助けを求めているのかもしれない。

気づく心遣いに、助ける勇気。

少しでも感謝の気持ちを持つ者の輪が伝染していったらいいなあ。
迷うことは多くの場面において存在する。

どっちにしようかな。こっちがいいな。いや、あっちかな。

どれも甲乙つけがたいときには本当に困る。

働くことについても迷いが生じる。

企業のブランド、世間体、給与、仕事内容、休日、福利厚生。

本当に様々な誘惑が多い。

これらの選択肢の中でどれが一番重要かは個人次第。

何が正解で何が不正解かなんてわからない。

ただ、自分で決めたものには責任がある。

自分の物差しで測り、自分の意志で決める。

このことにおいては逃げられない事実であると思う。

学生時代は親に守ってもらっていて何もかも自分でやることなんてほとんどなかった。

これからは違う。何もかも自分の決断でどの方向に進むかが決まる。

自分で決めたことを他人のせいにすることは恥ずかしいことだと考えたい。