数cmから1万kmの恋 -2ページ目

0cm「愛に行く」(24)

思ったよりも早く帰宅したジョンに連れられ、軽く外食をすませてまたアパートへと戻ってきた。

明日から通常通り授業が始まることもあり、早々と歯磨きをしてパジャマに着替えて就寝の準備に取り掛かる。

しかし何故かジョンだけはパジャマに着替えることが無く、Tシャツだけ替えてあとはジーンズのままだった。

小さな疑問ではあったが、私もあえて聞かないまま”そういう人もいるんだ”と思って流した。

最初にジョンにスプーンされてからというもの、彼と一緒にベッドに潜り込むことが密かな楽しみとなっていた。

一緒に歩くよりも、手をつなぐよりも、確実にずっと彼の近くにいて、彼の鼓動を聞いて、彼の腕に包まれる。

心地よくて、暖かくて、そして甘い空間に身も心も満たされていく至福の時。

それに加えてベッドの中で抱き合っている時だけは、この先待ち受けている皆目見当もつかない現実から逃避する事を許してくれた。

いつどんな時でも優しくしてくれるジョンを見ていると、彼も多かれ少なかれ私と同じ気持ちではないかと思った。

いや、そうであってほしと願った。

ベッドカバーを持ち上げ、薄らひんやりとしたベッドとの隙間に身をうずめていく。

すでに用意されているジョンの腕枕に首をゆっくりと休めていった。

「ベッド冷たい。寒い、寒い。」

少し身を震えさせながら私は言った。

「もっと抱きしめていいよ。そしたら温かくなるから。」

横向きになったまま、私はジョンの上半身に大きく腕を回し、片足をジョンの足に絡ませるようにした。

寒冷地で生まれ育った冷え性の私の手は、室内にもかかわらず氷のように冷たかった。

その手をジョンは握りしめて口元へと持っていき、息を吹きかけて暖かくしてくれた。

「ジョンの体、温かくて気持ちいいね。」

「やっとベッドの中も暖かくなってきたね。黄菜、眠い?」

「ん~。実はあまり眠くないかも。昼寝したからかもね。」

「じゃぁ、何かまた話す?それとも何か言いたいことでもある?」

「…うん。」

これまで自分の意見や気持ちは十分とまでは行かないものの、だいぶジョンに伝えてきたような気になっていた。

しかし一つだけ確実にまだ伝えていない言葉が残っている。

それは一見単純だが、簡単に発せるほど軽いものではない。

特に今の私とジョンの関係では。

「何?言ってみて。」

「…。」

「何でも大丈夫だよ。教えて。」

「う~ん…。」

血液が心臓からドクドクと体を駆け巡る。

恥ずかしいわけではない。

この言葉を言う事によってどんな反応が返ってくるか一抹の不安を抱いたため、喉につっかえてしまった。

今まで誰にも言った事がない言葉。

わざと聞こえない位の声量でか細く囁いた。

「…I love you, John」

これだけはどうしても伝えておきたかった。

何よりも私が日本に帰る前に伝える必要があると思った。

何故ならこれが自分の彼に対する率直な気持ちであり、他のどんな言葉よりもパワーを持った言葉だと思ったからだ。

「Oh 黄菜。こっちに来て。」

そう言って、私の体を引き寄せてきつく抱きしめながら、悲しそうに私の名前を何度も呼ぶジョン。

その大きな手で優しく私の背中を撫でていく。

まるで怪我でもした子供を慰めるように。

しかしジョンは決して私が言った言葉を私に言い返すことはなかった。

その代わりに彼の大きな体から”ごめん。”というメッセージだけが聞こえてくるようだった。

言ってもらえるわけがないとわかっていながらも、微かな期待を抱いている自分、どこかでまだこの状況が変わるのではないかと思っている自分。

ジョンと時間を過ごせば過ごすほど、益々彼が好きになり、益々自分が求めている人はこの人なのだと信じて疑わなかった。

数分ジョンにきつく抱きしめられて、いつの間にか顔が火照っていた。

照明を消していたおかげで、頬を伝う涙に気が付かれることはなかった。

気持ちが少し落ち着いてから私は続けた。

「ジョン、それからもう一つ言いたい事があるの。」

”I love you”と勇気を振り絞って言った事で小さな壁を乗り越え、この流れに乗って更にもう一回り大きな壁に立ち向かうことにした。

それはジョンだけに頼める願いであり、それに応えてくれる人もジョンであるべきだと信じてやまない。

「OK。言いたい事言ってもいいよ。」

「あのね…。言いづらいんだけど…。」

「うん。」

どうしてほしいかははっきりとわかっていたが、それをどう伝えていいか、頭の中で言葉を選んで悩んだ。

ジョンに催促の言葉をかけられながら、悩んで、悩んで、そして悩んで、自分が納得のいく言葉がようやく思い浮かんだ。

何度か大きく深呼吸して、タイミングを見て、私はこう切り出した。

「私…。ジョンに私の最初の人になってもらいたいの。」