竹田城は塩尻の中心部から北西、松本からは南西いずれも10km弱、南西のほうから伸びてきた尾根の末端にある。

戦国時代、天文年間に小笠原長時麾下の竹田氏が居城としていたらしいが、詳しいことは分からないらしい。

 

夏真っ盛りの盆休み、このあたりも最高気温34.8℃(松本)という暑さだったが、脱水と生き物にさえ備えていれば怯むこと無しっ💨

 

というわけで遠征の最初に登城した。

 

この城へは、東側の麓にある「四ッ谷西山公園」から登り始める。

この公園、Googleマップにもちゃんと載っている。

 
横には「四ッ谷の天神様」という説明板。
道を200メートルばかり登ったところに祀られているとのこと。
 
城のことには全く触れられていなかった…
 
登ったところは、ちょっとした園地になっている。
このベンチやテーブルに手入れされた背後の斜面までの、ごくささやかな公園。
 

園地の脇をかすめて登ってゆく。

登り始めの道はちゃんと踏跡が残っていて、ヤブもかぶらず登りやすい。

ただ、最初の方はクモの巣が多め…

 

途中、岩の上に載った山の神があった。

絵馬も奉納されていて、「高校合格」というものがいくつか見えた。

麓に説明板のあった「四ッ谷の天神様」が、これ。

 

この先も、灌木に囲まれながらもしっかりとした道が続いている。

少し上の尾根左側は「入山禁止」の警告があり、スズランテープで規制されている。

道を外さないよう登って行こう。

 

少し上の突き当りは、左へ進む。

 

さらに、周りが杉の植林に変わる尾根に出るところでもう一度突き当たるが、ここは左へ進む。

しかし、右へ曲がった少し先の方にも何となく城郭っぽい尾根が見える…

 

ので、右に入っていった。

 

そこからさらに100メートルばかり進んで、尾根道から左斜め前に入ってゆく道を進むと、左手に…

 

あれか❗

 

右上に小さく見える堀切状に向かって、何となく踏跡が続いているので登ってみる。

その堀切っぽいやつは、幅2メートルぐらいの可愛らしいものだった。

 

しかし、この尾根へ入ってゆくと、城郭らしいものが何もないまま、南へ落ちて終わってしまう。

別に曲輪を付けようにも、主郭より山奥で周囲を見渡せる視界があるわけでもなし…

 
上の方は、見える限りで曲輪のような平らなところが無さそう…
 

ここは、城とは関係なかったか…

 

分岐まで戻って、左に入り直す。

平坦な尾根を少し進むと、すぐに登りになる。

ごく浅いものの何となく堀底状の道…

この登りの上に城があるのか…

登りでは見逃したが、この手前に堀切と土橋がある。ラストで😅

 

そして登りきったところに…

 

あった〜🙌

超分かりにくいな😮‍💨

中央付近、大きな木の手前を水平やや凸に横切っている影がソレ…

 

こんどは、ホンモノだ。

正面に見える土壁に向かって、裾の浅い堀切を土橋で渡っている。

登り道は正面ではなく、土壁の左に見える松の左側から回り込んでいるので注意⚠

 

この堀切は、左側のヤブの中に眠るところがカッコいい✨

細いけどカーブしてる✨

 

右側は、だいぶ埋まってるな…

 

ここは、正面の土壁ではなく、左側から回り込んで登ろう。

大木の左側に、登ってゆくバンドがある。

 

堀切から登ると、削平されてるんだか良く分からない空間が広がっている…

 
そして、すぐ向こうには相当な威圧感をもって、主郭部の切岸が見えている😮
 

そして、裾には堀切…

もともと細いうえに、だいぶ大人しくなってるな…

 

左側は杉林の中に続いていて、キレイに薬研堀している。

ただ、ボコボコ生える杉の木がジャマ…💦

 

右の方は、少し下の方まで崩れたりしながら何となく続いている…

 

この切岸を登る動線は無いらしいので、左から斜めに右へ登ってゆく踏跡を辿るしか無さそう…

 

ここを登った奥にあるのが主郭で、堀切から立ち上がっている斜面の半分は、土塁として盛られたものだった😮

土塁は主郭をぐるりと囲んでいて、堀切に面した西側はカーブしていて見事✨

 

南側も曲輪からの高さが1メートル以上あるゴツいやつだが、曲輪側が🌿🌿で見栄えしないなぁ…

 

道は主郭を取り囲む土塁の南側を歩くように付けられている。

土塁に囲まれた主郭内部は、🌿🌿で様子が良く分からなかった…🥺

 

主郭の虎口は、南の方の土塁に切れ込みを入れて、そこに設けられていたらしい。

しかし、外は灌木のヤブで動線もハッキリ見えず、ちょっと辿るのはムリ…

 

それでも、ムリヤリ郭内に入りこんで、正面から見てみる。

右半分がボサの中に隠れているが、ちゃんと土塁に切れ目は入っていたようす。

 
ついでに、今歩いてきた土塁を横から見てみる。
が、ボサボサやな…

 

主郭は土塁と切岸に囲まれていて、下には帯曲輪があるぐらいとのこと。

南側や東側はヤブが濃く、降りるのはちょっとムリ…

 

引き返して、登城口の方にあった堀切からアプローチ出来るか、やってみるか…

土塁の上から見下ろす堀切、西側

 
中央部
登ってきたときには、このあたりを渡って来た。
 

東の方

少し奥に行くと、ヤブの中に消えている…

 

登るときに底から見たときにはだいぶ薄くなってる印象だったが、俯瞰するとハッキリ見える✨

 

さて、この堀切の西側へ回り、よく探すとヤブの中にひとすじの平場が見えた。

だいぶ微妙だけど、これが帯曲輪だろう…

 
分かりづらい平場を何とか広いながら奥に入ってゆくと、主郭の南の方にあった虎口の下まで行ける。
帯曲輪はここまで続いているが、だいぶ外傾してるな…💦
 

ここから主郭の反対側へ回り込めるかと思って探ってみたが、急斜面だしヤブは濃いぃし、どうにもならなかった…

 

退散っ💨

 

じつは登るときには見過ごしてしまったが、途中には2本の堀切と渡る土橋のセットがあった😅

まずは上の方、城に向けての最後の急登の途中にあるやつ。
土橋のような尾根で登っている。

 
その東側(登るときには左)に、うっすら堀切のようなものが落ちている。
 

続いて下の方は、登り始めの手前、尾根が水平に伸びているところにある。

尾根の東端に土橋状、その西側の裾を道が通っている。

 

その西側(登るときは右)には、浅いけれどハッキリとした堀状…

 

主郭を取り巻く土塁と西側を穿った堀切は作り込まれているが、他は素朴な感じだった。

尾根末端の独立したピークをうまく使って、尾根基部の方に堀切などの防塁を配置して堅城に仕立てたというところなのだろう。

 

★竹田城

長野県東筑摩郡山形村

麓の「四ッ谷西山公園」が登り口だが道の反対側は駐車スペースなのだろうか…

山城(比高120メートル強)

 

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(2024年2月17日 記)