砦の中心部に登っていきなり現れた巨大堀切にビックリし…
さらに南側にも広大な空間が広がっている事に二度ビックリ…
砦と侮っていたが、見どころ意外と多い。
さて大きな堀切を登れば、もう主郭になる。
登道は無いので、堀切周辺の登りやすいところを探して登る…
最初に登った曲輪から眺めたところから望むと、主郭とは言いながら若干低いようだ。
主郭は東西に細長く、ホントに尾根を削平しただけのような感じ😮
建物を建てるとしても、掘っ立て小屋のようなものが数軒並ぶぐらいの広さ…
それほどの大軍を駐屯させるような城ではないな…
西の端まで行くと、急にストンと落ち込んでいる。
裾には堀切が刻まれているようだ😮
…と思って降りてみるが、
外側の土塁がほとんど消えているじゃんか…😮
両側に落ちる竪堀がわりとハッキリしていて、てっぺんを土橋で渡るやつだったのかな…?
北西側には武者走りのような帯曲輪もある。
よく確かめなかったが西の方への動線だったか?
砦と言うにふさわしい小規模な城郭だが、なかなか凝った縄張りを持っている😮
堀切を越えて主郭を振り返ると、ちょうどシカくんが…😮
堀切の外には、尾根だか曲輪だか分からないような盛り上がりが続いている。
でもてっぺんはわずかに平らになっていて、曲輪だったんだろうな…
主要部の東側に伸びている長い平坦地以外は広い場所がなく、大軍を駐屯させる規模はないが、主郭の東側に深い堀切を抉っているだけでなく南側の裾にある程度の広さを持つ曲輪を設けるなど、全体に凝った縄張りを持った城だった。
築城者も経歴も分からない城だが、武田氏が戦国大名になってゆく過程で衝突した相手の拠点だったか…
武田氏が富士川沿いを掌握する拠点に使っていたか…
妄想は尽きることがなかった。
★最勝寺砦
山梨県南巨摩郡富士川町最勝寺
県道420号の城入口少し下流側に短い旧廃道があり、駐車可能。
山城
(2022年11月22日 記)