マックがこの頃のびているが、日本人はパン食が増えているらしいな~~!
嘆かわしいとは言わないが、海外の食文化に毒されているんジャマイカ(゚ー゚;

戦後の欧米の戦略である事に気がついている人間はすくないかもorz。
すき家がびているけど、欧米の戦略だと気がつく香具師はいないだろうな~~。

マックとすき家、この共通点は牛肉だよ~~。
戦後の主区分化を変え自分の国の牛肉を輸入させる市場として調教されて
きた事を君は自覚しているのかな┐( ̄ヘ ̄)┌

食料自給率が1960年代の80%から現在では40%程度まで下がってきている
んだって(カロリーべース)。

又、食料の食べ残しがの25%あるというのだから、マタマタ日本という国は
贅沢になったんだね~~、なったんだよ~~もう中風。

これだけ、不景気なのに食べ残しがそんなにあるなんて信じられないのは
僕だけかな

もっと、食について考えてみようよ。

21日に父親の49日にあたり納骨に行った。
私は無宗教だと自負してはいるが、形式的な日本的宗教儀式
まで無視するほど徹底はしていないし、いわゆる中途半端な無宗教
であると思っている。

父の死にあたり、現在大きく伸びてきている何とかセレモニー屋
が群がってくる。

料金は昨今の葬式不要論をうけてかどうか知らないが、ピンキリで
ある。儀式を安く上げるためには神式がパフォーマンスが良いとの
事であった。

結局我が家はお別れ会という宗教色の無い、質素な葬儀を行った。
葬儀屋セレモニー屋さんにとっては不本意な付加価値の低いセレモニー
であったかも知れないが、少人数で落ち着いた葬儀であったと思う。

母親は10年以上前に送ったが、会社関係、宴席関係入り乱れて、お通夜
は宴会状態であったし、喪主サイドとしては、出席者、お坊さん
その他気を使うことが多すぎて、故人とゆっくりお別れの感傷に
浸る間も無かった。

現在の葬儀は、宗教色の無い、見栄のお祭りとかしている感がする。
飲み屋の話をここで出すのは不遜かも知れないが、飲み放題のコース
料理と同じレベルではないかと思う。

3000円コース:コース料理5品つき、4500円コース料理7品つき+銘酒
飲み放題というやつだ。

葬儀屋のビジネスモデルは以前より格段に進化している、オプションに
キッチリと値段がついているし、戒名も仮戒名から本戒名まで明朗会計だ。

どっかのボッタクリバーとは大違いではあるが、人の死という厳粛な
儀式を喪主側の見栄をくすぐる事により、値段を目標額まで吊り上げる手法
はもっと悪質かも知れない。ボッタクリバーだったら、金がなければ
有るだけ置いていけ、値切り倒す等ができるが、争議のオプションを
負けてくれという急進増なやからはそうそう居ないのではないか。
弱みに付け込む点では同じだが、その狡猾さは知的なものがある。

なんとも、人の弱点をつくビジネスモデルを作ったものだと感心すること
しきりである。

やまとなでしこは何処へ行った。
キョンキョンの歌ではないが、現在のやまとなでしこは七変化どころか妖怪ですな^。
すっぴんと化粧顔、その上の整形も当たり前ときた日にゃ、こちとらはどのように
対応したら言いか、おじさん困っちゃう。
整形のBEFORE、AFTERで別人28号が誕生した日にゃ、知らずに結婚して生まれた
子供がかわいそ過ぎるてなもんです。
過去の整形は、怪我、病気により世の中に出られない人々を救済する為の施術だったはず
が、技術の進歩とともに、骨を削ったり、シリコンを注入したり、別人を製造してしまうんですな~~~。フラケンシュタインが現代に蘇ったらイケ面改造は朝飯前だろう。
街でつけ睫毛の長いアイシャドウの濃い女性?をみると気持ちが悪くなるのは、あちきだけなのだろうか?三つ指ついて、お帰りなさいまし・・・なんてのたまう女性までは期待
しないが、せめて、常識を持った女性が増えて欲しい。そんな事考えるあなたは非常識と言われる?私は社会適応性に欠けているのかとも思ってしまうhideでした。


今年は例年より、極端に暑い~~~。
転変地異の前触れか~、はたまた地球温暖化による地球の反撃が始まったのか。
東京湾の深水には熱帯魚が生息しているという噂もある。噂というよりも本当らしい。
原因はタンカーが熱帯地方へ積荷を運んだ帰りに、熱帯の海水を船の安定を確保する為バラスト水として積み込み、到着した東京湾で排水するという所業の成れの果てが
生態系を崩している。船会社の方では、指摘されるまで気がつかなかったと思うが、
外来種の生物が日本の生態系を変化させている事は確かである。
草花では、日本タンポポが駆逐されつつあり、アメリカタンポポの独壇場になりつつある。
気候と生命力の違いのなせる業といえる。
さかなの世界でも、琵琶湖のブルーギル、ブラックバス等が本来の漁業に壊滅的
打撃を加えているようだ。皇居のお堀にも外来魚を放流する輩がいるようであり、
日本の象徴たる天皇の住まいの境界から外来種に攻め込まれている事になる。
逆のケースとして、カナダでは(地方は忘れたが)日本の鯉が異常繁殖して、地元では顰蹙を買っているとの記事を数年前読んだ記憶がある。環境が整えば、生命は息を吹き返す例とも言える。(鯉の洗い食べたい~~~)
翻って、人間にこの理論を当てはめてみると、韓国人、中国人・・・等の自己主張の強い
人種は日本に移住した場合、日本の本来の良さを崩壊させる可能性を持っている事にも通じると思う。悪貨は良貨を駆逐するという言葉を思い出す。決して中国、韓国人を否定するものではないが、日本人のように、外的文化侵攻に耐性の無い国民にとっては、外人の
数が増えるという事は文化的、人種的な種の保存という意味からも危機感を感じるのはあちきだけなのであろうか。
海外に出かけると、日本人は集団で群れる傾向がある。他国語が出来ないというのも一因だが、もっと
大きな要因として教育の弊害があると思う。日本人は教育課程の中で、他人と同じ事をすることが学校生活を通じて集団生活に最も大切な事項と教育される。ちょっと逸脱すると、学校から、教師を通じて
おたくのお子さんは協調性が足りないというクレームがつく。果たして、他人と同じ行動をする事が教育にとって良いのだろうか?他人と同じ行動をする事は、羊飼いの羊と同じくある程度成長するまでは
育てる方には便利だから、との一因も隠せない。ただ、全員が全員奇矯な行動をとったら、教えるほうはたまったものではない。しかし、特殊な場合を除いてめったにそういうケースはありえない。
と言う事は、日本人は個性を殺していきていく事を美徳としてきている。ある意味、武士道と秋穂通じるものがある。

しかし、武士道と圧倒的なボリュームと精神性の違いは、命を原点として、行動を説いているところである。