北条義時:「鎌倉の為に」の『鎌倉』 | 安濃爾鱒のノート

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 先日最終回を迎えた「鎌倉殿の13人」を見ていて思ったこと、北条義時らがよく言う「鎌倉の為に」「鎌倉を守る為に」の『鎌倉』という言い方について。

 英語のニュースを読んでいると、Tokyo という言葉で日本政府を表しているものによく出会います。同様に、Washington という言葉で 米国(連邦)政府 を、London で 英国政府 を、Paris で 仏政府 を表す、という言い方をよく見かけます。

 これは、フランス語・スペイン語でも同様です。

 おそらく、多くの欧州の言葉で同様だと思います。


 で、これを見る度、「こういう言い方は、欧米では普通でも、日本人はしないような・・・」と思って来たのですが、義時らがよく言う「鎌倉の為に」の『鎌倉』は、将にこれですね。

 

 洋の東西を問わず、人間は、同じような発想をする、ということでしょうか?